◆−The Celestial Visitant 〜天の御使(みつかい)〜−水晶さな(10/31-00:46)No.4821
 ┣ごめんなさいっ!−ゆっちぃ(10/31-02:27)No.4822
 ┃┗とんでもないっ!−水晶さな(11/1-00:34)No.4828
 ┣うえ〜ん超感動ですっ!!−雫石彼方(10/31-03:16)No.4823
 ┃┗あっ有り難うございますっ(泣)−水晶さな(11/1-00:48)No.4829
 ┣Re:The Celestial Visitant 〜天の御使(みつかい)〜−早坂未森(10/31-13:17)No.4827
 ┃┗初めまして〜。−水晶さな(11/1-00:56)No.4830
 ┗さなさんのお話大好きです。−桐生あきや(11/1-00:58)No.4831
  ┗ああ・・・溶けそうです(爆)。−水晶さな(11/1-22:38)No.4833


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4821The Celestial Visitant 〜天の御使(みつかい)〜水晶さな E-mail 10/31-00:46



 前回の「LITTLE MERMAID」が結構さっぱり系だったので、今回はちょっと重めなしっとり系です(笑)。ほぼアメリア主人公で、時々他の人が・・・。
 ちょっと読む人によっては好き嫌いの二極端に分かれるような気がするんですが・・・とりあえずどうぞ。

=====================================

 【この背に翼が生えたなら、貴方の元へ飛んで行くのに】
 【重過ぎる足などいらない、ただこの心を飛ばしたい】
  『永(なが)き虚(うつ)ろに夢見て』 リラ・アンゲル著
  
 周囲を歩く人々の速度が、いやに速く感じられる。
 視点は一般人の腰ぐらい。空が高く遠く、建物が恐いと思う。
 手の皮は擦り剥けて、何度も血豆を作った。
 どんなに厚い手袋も、三日もすれば穴が開いた。
 肩の筋力は大分ついた。けれど精神は弱くなった気がする。
 自分の足が使えないというのは、こんなにも辛く苦しいものか。
 いつかは使う時が来るだろうとは思っていたが、まさかこんなにも早く体験する事になろうとは。
 木陰に入り、黒髪に蒼い瞳の少女―アメリアはやっと息をついた。
 ストッパーをかけ、車輪が勝手に動き出さないように止める。
 最初は止め方すらもわからなかったのが、今は場所を確認せずとも止められる。
 車椅子での生活は、一ヶ月になろうとしていた。

 事の起こりは、大陸全土に広まった熱病だった。
 治療薬がいまだ完成せぬまま、セイルーン王女アメリアがその症状を起こしたのが二ヶ月前。
 医師達の懸命な治療で一命は取りとめたが、一ヶ月も高熱は続き寝たきり状態。
 熱の引いた頃彼女の足は、立って歩く事もできないほど衰弱していた。
 彼女の身を案じた父は侍女を一人だけ付け、内密に薬湯(やくとう)で有名なファリマ・アウンロード施療院へと入院させた。

「アメリア様、そろそろ日が傾きますので、帰路につかれては?」
 5m後方を歩いていたアメリアの侍女、エトルが近寄って声をかけてきた。
 焦茶色の一本で束ねた髪に、優しい薄い水色の瞳。アメリアより5歳年上なだけだが、昔から彼女の世話をしていただけあり、母親代わりともいえる存在になっていた。実際恰幅(かっぷく)がいいので、はたから見ると親子に見えないでもないだろう。
 アメリアの車椅子を押さず、後方からついて歩いていたのはアメリアのリハビリを邪魔しない為である。
「・・・そうですね。今日はちょっと疲れました」
 穴の開きかけた手袋を見やる。一昨日新品に替えたばかりだ。
 エトルが車椅子の取っ手をつかむとストッパーを外し、押して歩き始めた。
 自分で車輪を回すよりも早いスピード。歩く人々と同じ速度。
 それがたまらなく悲しくて、アメリアは気付かれないように目をぬぐった。

「アメリア様、薬湯(やくとう)のお時間ですよ」
 エトルが薬湯と言う時は、入浴という意味ではない。
 少し深い桶一杯に張られた緑色の湯に、椅子に座ったアメリアの痩せ細った足を浸す。
 薬草を調合したものをこの地方の温泉に溶かしたものである。アメリアには特別に、弱った身体機能に効果があるように作ってある。
 足先から血行が良くなり、じんわりとした熱が足から体へと登って行く。
 頬に程よい温かさを感じ、アメリアがほうと息を吐いた。
 一ヶ月ぶりに見た痩せた足は、自分のものとは思えない程。
 最初は見るのも嫌で、なるべく見ないように目をそむけていた。
 けれどそんな様子にいち早く気付いたエトルには叱られた。
『どんな容貌になろうともアメリア様の御足には変わりないんです! 御自分の体から目をそむけるおつもりですか!』
「・・・私も、弱くなっちゃいましたね」
「はい?」
 アメリアの足を柔らかいスポンジでマッサージしていた為、エトルが聞こえなかったのだろう顔を上げる。
「何でも無いです。いつもありがとう」
「あらあら、素直なアメリア様がいつもに増して素直になりました事」
 エトルが困ったような笑みを浮かべ、再びマッサージを始める。
 血行を良くし、少しでも足が自分の意のままに動かせるように。
 今この限られた閉鎖空間の領域の中で、彼女だけが自分の支え。
 アメリアは、自分でも涙もろくなった事を痛感した。

「アメリア様、リラ=アンゲルという詩人をご存知ですか?」
「え?」
 入院患者共同利用の居間で、雑誌を何の気なしにめくっていたアメリアが顔を上げた。
 洗濯を終えて戻ってきたエトルが、不意に問いかけてきたのだ。
「・・・一度、その人の詩集を読んだ覚えが・・・『天空の謳(うた)』だったかしら・・・」
 確かあれは皆と度をしていた頃、ゼルガディスについて行って図書館に入った時、新書コーナーにあったのを気まぐれに手に取った。
 変わった詩を書いているなとは思ったが、内容までは覚えていない。
「何でも最近売れ始めたらしいんですが、今その詩人が故郷のこの町に帰ってきているらしいんですよ」
「リラ=アンゲルが? それにしても変な名前ね、確か男の人でしょう?」
「それはペンネームですよ。本名は・・・エルクローデ=アンシャス。ともかく、アメリア様のリハビリコースからちょっと行くだけですぐ着けるんですよ。たまには目的地を設定されてもいいのでは?」
「でも、売れているのなら多忙なんでしょう? 突然おしかけたって向こうにも迷惑・・・」
「その点は大丈夫。実は私の古い友人でして、ちょっとコネが」
 エトルがおどけたように笑ってみせた。

 リハビリコースの最後の難関、ほんのわずかな坂道。
 途中で気を抜くと車輪がバックしてしまう。
 周囲の人々が何気なく過ぎて行くその坂を、アメリアがやっとの思いで乗り越えた。
「・・・こっち?」
「ええ」
 指差すと、後方をついてきたエトルが答える。
 家並みを少し進んだ所にある、結構裕福ではないかと思える程の邸宅。
 何の気なしにその屋根を見上げたアメリアが、眉根にしわを寄せた。
 屋根にはいつくばるように、白く大きな鳥。
 いやあれは、鳥ではなく―
「アメリア様?」
 はたと我に返り、アメリアが振り返る。
「どうかなさいました?」
「今・・・あそこに」
 もう一度屋根を見上げる。何もいない。
「誰かいました?」
「・・・何でもないわ」
 きっと見間違いだろう。そうでなければ―
 ・・・足のない天使が見えたなんて。
「・・・疲れてるんだわ」
 アメリアが溜息をついた。

「久しぶりエトル。会うのは1年ぶりかな?」
「エルクも変わってないわね」
 玄関まで出迎えてくれた青年が、人懐っこい笑みを浮かべた。
 肩にぎりぎり擦れるか擦れないかの金髪に、透き通った青い瞳。美形で物腰は優雅だが、どことなく虚弱体質に見えなくもない。
 詩人にありがちな風貌だと思って観察していると、不意に視線が合った。
「初めまして、貴女が・・・」
「えっあっ、ハイ。初めまして、アメリアです!」
 アメリアが我に返り、慌てて返事をした為に声が上ずる。
 青年がベレー帽を取って軽く会釈をした。
「エルクローデ=アンシャス、長いのでエルクで結構です。世間ではリラ=アンゲルの名で通っています」
「は・・・はい、御本を読んだ事があります」
「それは光栄。ではつまらないですが書斎やアトリエでもご覧になりますか? 絵画があるので暇潰しにはなると思いますが」
 行きかけたアメリアに、エトルが少し頭を下げながら告げる。
「アメリア様、私は買い物に行かなければならないので、申し訳ありませんが少しお時間を頂けませんか? 夕刻までにはお迎えに上がります」
「申し訳ないだなんて、私の言う言葉。ゆっくり行ってきて、急ぐ必要はないから」
「はい」
 エトルが笑みを浮かべると、エルクローデに後を頼むと出て行った。
「すみません、子供のおもりと変わらなくて」
 車椅子を押してくれたエルクローデに、アメリアが小さな声で言う。
「いえいえ、滅多にないお客だから、僕も嬉しいんですよ」

「・・・わ・・・あ」
 アトリエを見回したアメリアが声を上げる。
「詩人さんの部屋は、本が一杯なのかと思ってました」
 素直に感想を述べると、エルクローデが苦笑する。
 壁の2面が大きなガラス窓になっており、日の光が充分差し込む明るい部屋。
 簡素な机が一つ、それ以外の部屋の面積は、油彩画の描かれたキャンパスが埋め尽くしていた。
「これ、エルクさんが描いたんですか?」
 この問いには、意外にもエルクローデは首を横に振った。
「僕の母の忘れ形見。リラ=アンゲルという名前も、母が使っていた名前だったんだよ」
「・・・お母様の」
 アメリアが絵画を見たままで答える。何故か引き付けられる。
「見ているといいよ。お茶でも用意してくるね」
 エルクローデがアトリエを出て行く。アメリアが近寄って一枚一枚絵を鑑賞する。
 ほとんどの油彩画は、天使の肖像画だった。
 白い衣(ころも)を身にまとった、大きな翼を背に持つ天使。
 その天使の全ては、膝から下が描(えが)かれていない。
 飛び続けるしかない天使。
「お待たせして」
 エルクローデがトレイにティーセットを乗せて戻ってくる。
 絵画に没頭していて気付かなかったアメリアが、ティーカップを渡されて初めて気付き、慌てて礼を述べる。
「この天使が気に入った?」
 隣に立ち、エルクローデも絵画を眺める。
「どうして・・・皆足がないんですか?」
「この絵の隅・・・文字が書いてあるんだけど、見えるかい?」
 エルクローデが指差した絵画の端、背景の色に紛(まぎ)れてしまっているが確かに文字が書いてある。
「・・・いざり、鳥?」
「『いざり』は、足が使えなくて手で這いずって進む人を現わした言葉。足のない天使を、いざり鳥だと形容した母の造語だよ」
「そんな天使っているんですか?」
「神話の一種にはね、天使は翼がある代わりに足が使えないっていう説があるんだよ。地上に嫌気がさし飛び続けている内に歩き方を忘れてしまったとか・・・飛んでいると足が重くてしょうがないから自ら捨てたとか・・・母はそういうのを描くのが好きだったみたいだ」
「・・・じゃあ、ずっと飛び続けるしかないんですね・・・」
 絵を眺めていたアメリアが、ふと気付いたようにエルクローデを振り返った。
 キャンバスを支えるイーゼルは全て、アメリアの目の高さに固定されている。
「あの・・・もしかしてエルクさんのお母様って・・・」
「・・・母も、車椅子だったんだよ。『いざり』だったんだ」
 答えたエルクローデの表情には、どことなく影が差していた。

「ほらアメリア様、もうちょっと頑張って!!」
 割り当てられた部屋の一室で、エトルの励ます声とアメリアが気合いを入れる声が混じる。
「んんんんんっうぐうううう!!!!」
「ほらまだまだ届きませんよ!!」
「んんんんんんんんんううううううううううう!!!!!!」
 椅子に座り体を固定し、台座を手でつかんで足を90度に持ち上げる。ただそれだけの事。
 ただそれだけの事も、彼女の足は苦労を要した。
 痩せ細り筋肉の衰えた両足は、自らを持ち上げる事もできない。
 90度の高さに手を出しているエトルに、足は全然届かない。
「うううううううううううんんんん〜!!!!!!」
 べぎゃあ。
 嫌な音をたてて木製の椅子の台座が砕けた。
 あまりにも強く握り締めていたせいである。
「はあうっ!?」
 体重を支える板がその役目を放棄し、アメリアが床に尻餅をついた。
「あらあらあら、何脚目ですかぁ」
 エトルがアメリアを抱え起こし、ベッドの上まで運ぶ。
「・・・腕の力は衰えてないのに・・・」
 手を閉じたり開いたりしながら、アメリアが寂しげに手の平を見つめた。

 【歩く事を放棄した私の足、枷(かせ)にしか過ぎぬなら今いっそ切り捨てて】
 【あの大空を舞いたい、そして貴方の元へ・・・今すぐ】
  『永(なが)き虚(うつ)ろに夢見て』 リラ・アンゲル著

 満月の綺麗な夜更け。
 ベッドに横たわり、窓越しに月を見上げていたアメリアは、月に影が差したのを見て跳ね起きた。
 ・・・あの、シルエットは。
 ぞわり、と背中を寒気が伝う。
 アメリアはすぐさま窓を押し開け、夜空に向かって飛び出した。
「レイ・ウイング!!」
 足が使えなくなってから、使う事を自ら禁じていた浮遊魔法。
 頼ってはいけないから。
 自らが『いざり鳥』にならぬよう。
 足の自由がきかぬ為、コントロールは難しいが飛べない事はない。
 先ほど見かけた影は、まっすぐにエルクローデの家へ向かっていた。
 ・・・一体何の用で?
 アメリアが内心怯えながらも、エルクローデの屋根の煙突にしがみついて止まる。
 魔法をレビテーションに切り替え、影が入ったのと同じ窓から静かに家の中へ入った。
 ・・・これって不法侵入?
 自分の正義心とかち合い、うなりながらも影を追う事を優先させる。
 昼間居たアトリエ、窓が大きいので月明かりが充分差し込んで屋内がほのかに照らされる。
 その薄暗闇の部屋の中に、月明かりとは違う発光体があった。
 イーゼルに乗っていない、まとめて詰まれたキャンバスの中の一つ。
 抜き出すと、膝から下の足がない天使が、空を飛んでいる絵。
 休む事もできず。
 ほのかに光る絵と対峙して、アメリアは心が揺れるのを感じた。
 母の遺した絵画を見て、詩を書いたというエルクローデ。
 『絵が呟く言葉を、文字にしただけなんだ』
「絵が・・・」
 無表情な天使の顔を見つめていると、アメリアの唇が無意識的に動いた。
「・・・白き光に包まれし、眩(まばゆ)きかなその姿・・・」
 強くひかれる。誘われる。
「・・・夢と現(うつつ)を去来する、幻(まほろば)よりも儚(はかな)き御方・・・」
 心の根底にある願いが、本当は欲しかった自由が、出口を求めてさまよいだす。
「いざり鳥よ願わくば、その強き羽を私の背に・・・」
 もどかしい。もう使えぬ足なら、いっそ切り捨てて。
「この足と引き換えに、鎖を解き放ち・・・」
「そこまでにしてもらえますか?」
 首筋に冷たい感触を感じて、アメリアが我に返った。
 ばっと振り返ると、さきほどまで自分が追いかけていた影の主。
「ゼロス・・・さん」
 思わず後ずさる。
「まさか・・・こんな所で会いますとはねぇ」
 ゼロスが杖を引いて頭を掻いた。先ほどアメリアの首筋にあてたのは杖らしい。
「とにかく、その絵から手を放して下さい。又操られますよ」
「・・・操られる?」
 ゼロスがアメリアからなかば力づくで絵画を取り上げる。
 さきほどまで淡い光を放っていた絵画が、ぴきりと音をたてた。
「・・・?」
「嫌がってるんですよ。折角引き込めると思った獲物が逃げたんですから」
「あの・・・この絵画は一体・・・」
「わかりやすく言いますと、魔物です」
「魔・・・」
 アメリアが絶句した。
「今アメリアさんが唱えようとしていたのは、契約の言葉です」
「・・・」
「足を差し出す代わりに、翼を・・・」
「・・・私・・・」
 アメリアが自分で自分を抱き締める。
「健常者には何も及ぼさないんですけどね・・・引き込めそうな『獲物』がいると姿を現わすんですよ」
 ゼロスが絵画に杖の先をあてた。
 ぎし、と音をたてて絵画に縦に亀裂が走る。
「さっさと帰って下さいな。ここは貴方のテリトリー外なんですから」
 びきびきときしむような音をたてると、絵の割れ目からどす黒い霧が吹き出した。
 羽虫の集合のようなその塊は、あえぐようにうごめくと開いた窓から逃げ去っていく。
「・・・」
「勤勉な貴女なら知っているかもしれません・・・遠方の地の神話では、悪魔に名前が付いているそうですよ・・・サタン、ベルゼブブなど・・・」
 アメリアが眉をひそめると、ゼロスが薄く目を開けた。
 凍えるような紫水晶の瞳。
「その中で、天使でありながら天界から追放された者がいるそうです。白い翼が黒に染まった・・・」
「・・・堕天使・・・ルキフェル・・・」
 アメリアが続けると、ゼロスがわずかに笑みを浮かべる。正解のようだ。
「まぁ人間の心を弄(もてあそ)んだりするなど僕らと似たような所もありますが・・・いかんせんテリトリー領域の逸脱は我らの王が怒りますからね・・・ちょっと喋り過ぎましたか」
 絵画を手の中で消滅させると、ゼロスが杖を振り上げた。
「・・・待って」
 姿を消す前に、アメリアが呼びとめる。
「帰る前に・・・貴方ならできる筈です・・・エルクローデさんから、今消した絵画の記憶を消して」
「・・・僕にお願いしてるんですか?」
「ええ」
 言い切り、アメリアが続ける。
「たとえ悪魔が宿っていたとしても、エルクローデさんには大切な母の形見・・・一枚だって失いたくはない筈です」
 じっとアメリアの瞳を見つめていたゼロスが、ふっと視線を落とした。
「まぁ・・・いいでしょう。特に急ぐ用事はありませんしね・・・」
「ありがとうございます」
 アメリアの言葉に、即座にゼロスが表情を冷たく変える。
「ただし、このような甘えがいつも聞き届けられるとは思わないで頂きたい」
「・・・わかってます」
 アメリアがうなずくのを見て取ると、ゼロスが背中を向けた。エルクローデの部屋へ行くらしい。
「貴女はもうお帰りなさい。今宵の事は忘れた方が懸命です」
 それだけを言うと、アメリアの返事も待たずに姿を消した。
 翌朝。アメリアはゼロスがちゃんと言う事を聞き届けたかどうかが気になり、再びエルクローデの家を訪問した。
「やぁ、いらっしゃい」
 変わらない笑顔で迎えるエルクローデ。
「すみません度々、又絵画を見せて頂けますか?」
 断る理由もなく、昨日と同じようにアトリエに上がる。
 絵画が一枚失せた事など、エルクローデは全く気付いていないようだ。
 少なくともゼロスは嘘は付かない。
「・・・アメリア、エトルから聞いたんだけど、君って巫女さんなんだって?」
「・・・え? ええ、そうです」
 王族であるという事をバラさない為に、エトルが先手を打っておいたのだろう。
「もし時間があったら、でいいんだけど、町外れの母の墓に供養の祈りをして欲しい」
「・・・お母様に?」
「・・・僕の母はね・・・」
 エルクローデが少し間を置いた後、アメリアの方を見ずに続ける。
「この家の屋根から飛び降りて・・・亡くなったんだ」

 【私を包む青空は、凍えるほどに冷たくて】
 【歪(ゆが)んでいく翼、もうあの時に戻れない】
  『天空の謳(うた)』 リラ・アンゲル著

 少し小高い場所な為か、風が少し吹いただけで髪が舞い上がる。
 うっとうしいその髪の毛を払いのけながら、アメリアが車椅子で一つの墓の前まで辿り着いた。
『シャフェルナ=アンシャス ここに眠る』
 エルクローデの、母の名前。
 ―ルキフェルに、足を渡してしまった・・・―
 彼女の夫は出稼ぎの為遠い地方へ行っており、彼女が足を失った時連絡もとれぬ場所にいた。
 それでも幼い子供を一人で育てなければならず、日に日に疲労は溜まっていき、
 歩けぬ悔しさと支えとなる人に会いに行けないもどかしさと、疲労困憊の状態が全て原因となって。
 悪魔の誘(いざな)いに、抗(あらが)う事ができなかった。
 ―翼があればあの人の所へ行ける―
 ただそれだけを望んで。そして裏切られて。
 悪魔の力は闇の力。たとえ素晴らしい力を与えられてももう人には戻れない。
 魔の者として生きるしか。そしてそれは人の心を残した者には耐えられない。
(・・・私、も、もしかしたらそうなってた・・・)
 鎮魂の祈りを捧げながら、アメリアの頬には涙が幾筋も伝っていた。
 誰の為に泣いているのかわからなかったが、それでも涙は止まらなかった。


「ほらアメリア様! もうちょっとですよ!!」
 エトルが自分よりも必死の形相で呼びかけてくる。
 手摺りから手を放し、自分の二本の足だけで地面を踏みしめる。
 ふらつく上半身、足は自分の体重を支えるだけで悲鳴を上げる。
 みしみしと。
(言う事を聞きなさい! 私の足なのよ!!)
 心中で毒づき、3メートル離れた場所で手を叩いているエトルを見やる。
 たったあれだけの距離。あそこまで行きさえすればいい。
 あそこまで行って、エトルの手をつかめば、良くやったと抱き締めてくれる。
「・・・・・・っ!」
 一歩踏み出しただけでよろける。けれど手摺りはつかまずに持ちこたえる。
 負けない。負けたくない。もう甘い言葉には惑わされない。
「アメリア様・・・あと少し!」
 エトルが手を差し出す。
 アメリアが手を伸ばしかけた瞬間、廊下の端・・・建物の受付口に一人の男が姿を現わした。
「今は面会可能時間か?」
 伸ばしかけた手が止まる。
 受付の担当員に話しかけているその姿。見間違える筈もない。
「・・・ゼ」
 エトルが後ろを振り向いた。すぐさま事態を察知し、出していた手を引っ込める。
「アメリア様、今日はもうちょっと頑張りましょうね」
 そう言って、道を開ける。
「ゼルガディスさああああああああんんっ!!!!」
 呼ばれて振り返ったゼルガディスは、直後に胸元にタックルをくらい思わず後方に倒れそうになった。
 何とか気合いを入れて踏みとどまり、胸元にひっついている娘をはがして顔を確認する。
「・・・アメリア、まだ歩けないと聞いたが・・・」
「・・・へ?」
 我に返った途端、足から力が抜けかくんと膝から折り曲がる。
 慌ててゼルガディスがアメリアの両脇に手を入れ、倒れないように支えた。
「・・・お前、今、走ってたよな・・・」
「・・・え、えへへ・・・走っちゃいました・・・けどもうダメです・・・」
 しがみついてくるアメリアに、仕方なく抱え上げて前方で車椅子を用意して待っているエトルの元へ向かう。
「リハビリ1週間目で走れれば大したもんです」
 ゼルガディスの事を教えた為事情を知っているエトルが、ゼルガディスを見てからアメリアにささやく。
「・・・あはは」
「さ、お部屋に戻って、お茶でも入れましょうね」
 エトルが車椅子を押し、ゼルガディスはアメリアと並んで歩く。
 アメリアがちらりとゼルガディスを見上げてから、手を差し出した。
「・・・」
 返事はないものの、ゼルガディスの手がアメリアの手をつかむ。
 冷たいけれど温かいその手が、何よりも誰よりも彼女の心を癒した。

 つなぎとめて下さい。この地上に。
 空に飛び立たないよう。いざり鳥にならぬよう。
 大丈夫、会いたい人はここにいるから。
 つないでいるこの手が、私を支えてくれる温かい鎖。


 【貴方私を愛してくれた? 翼がなければ愛してくれた?】
 【あの空に、焦(こ)がれたのは私】
 【・・・この足を、捨てたのも私】 
  シャフェルナ=アンシャス、最後の手記より

=====================================
 長いのに御苦労様でした(苦笑)。

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4822ごめんなさいっ!ゆっちぃ E-mail 10/31-02:27
記事番号4821へのコメント


さなさんごめんなさいっ!時間ないので感想手抜きになっちゃいましたぁっ(汗)
――お久し振りです、ゆっちぃです。

いえね、私がこぉぉんな夜中まで起きてPCやってるのがいけないんですがι
明日学校あるのに何やってんだか私(汗)

んでもって感想ですv
いやもー、あいっかわらずオリキャラ光ってますね!素敵です♪エルクローデさん、何気にかっこいいっぽいですしv
設定とかもう凄過ぎますよぅvvv奥の深い、良い作品拝ませていただきありがとうございました(ぺこり)
まぢで感想短くってごめんなさいι
ゆっちぃでした☆


追伸:魔剣士さんにタックルかます姫がよかったです♪
   何故か全力疾走してる姫がとってもらしくてナイスでした〜〜

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4828とんでもないっ!水晶さな E-mail 11/1-00:34
記事番号4822へのコメント


>さなさんごめんなさいっ!時間ないので感想手抜きになっちゃいましたぁっ(汗)
>――お久し振りです、ゆっちぃです。
>いえね、私がこぉぉんな夜中まで起きてPCやってるのがいけないんですがι
>明日学校あるのに何やってんだか私(汗)

 こんばんささなですー。夜中まで御苦労様です(苦笑)。
 というか私も夜にUPしてしまったから・・・今度から少し気を付けよう。
 読んでいただけるだけでも嬉しいんですから、感想も無理しないで下さいネ(^_^)


>んでもって感想ですv
>いやもー、あいっかわらずオリキャラ光ってますね!素敵です♪エルクローデさん、何気にかっこいいっぽいですしv
>設定とかもう凄過ぎますよぅvvv奥の深い、良い作品拝ませていただきありがとうございました(ぺこり)
>まぢで感想短くってごめんなさいι
>ゆっちぃでした☆

 エルクローデさん設定当初より影が薄くなってしまいました・・・もうちょっと詩人にありがちな個性の強い人物になる筈だったのに・・・シリアス一本でまとめたからどうしても彼の我が出ると邪魔になるので削っちゃいました(汗)。
 こちらこそ有り難い感想頂いていつも感謝ですvv


>追伸:魔剣士さんにタックルかます姫がよかったです♪
>   何故か全力疾走してる姫がとってもらしくてナイスでした〜〜

 支えがあれば人は負けないっての書きたかったんですよ〜。
 やはり姫には魔剣士さんがいれば気力倍増(笑)。

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4823うえ〜ん超感動ですっ!!雫石彼方 E-mail 10/31-03:16
記事番号4821へのコメント


こんにちは。また読ませていただきました。
さなさんお話書くの早いですね!こんなに早く新作が読めるとは思わなかったので嬉しかったです。
そしてそして!!今更ながらですが、私さなさんの超ファンですよ!!もう素敵過ぎですvvvこういうしっとりとした話、凄く好きなんですよぅ!所々に入る詩が凄く綺麗で切なくてよかったです。最後の方でアメリアが頑張って歩こうとしてるところで、一緒になって頑張れ〜!!って思って、ゼルが出てきたところで泣きました。今まで立つのさえやっとだったアメリアが走っちゃうくらい、二人の愛は偉大なのね!!と感激しつつ(笑)ゼルがいてくれれば、あっという間に歩けるようになっちゃいそうですね(^^)オリキャラのお二人もちゃんとキャラがたってて、すんなり入ってきました。あ〜、マジ感動でした!どうもありがとうございましたー(><)

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4829あっ有り難うございますっ(泣)水晶さな E-mail 11/1-00:48
記事番号4823へのコメント


>こんにちは。また読ませていただきました。
>さなさんお話書くの早いですね!こんなに早く新作が読めるとは思わなかったので嬉しかったです。

 こんばんは〜さなです。
 ネタを思い付くのは遅いんですが、構想がわいてしまうと止まらないんですよ(笑)。キーボードを打つのが無駄に早いのもありますが・・・(漢字変換が追い付かないんですよ←やり過ぎ)。


>そしてそして!!今更ながらですが、私さなさんの超ファンですよ!!もう素敵過ぎですvvvこういうしっとりとした話、凄く好きなんですよぅ!所々に入る詩が凄く綺麗で切なくてよかったです。最後の方でアメリアが頑張って歩こうとしてるところで、一緒になって頑張れ〜!!って思って、ゼルが出てきたところで泣きました。今まで立つのさえやっとだったアメリアが走っちゃうくらい、二人の愛は偉大なのね!!と感激しつつ(笑)ゼルがいてくれれば、あっという間に歩けるようになっちゃいそうですね(^^)オリキャラのお二人もちゃんとキャラがたってて、すんなり入ってきました。あ〜、マジ感動でした!どうもありがとうございましたー(><)

 ファ、ファン!?(滝汗) そ、そんな事言われたの初めてなんでかなり今汗が・・・あんまり誉めると溶けてしまうのでほどほどにしてやって下さい(笑)。
 アメリアのリハビリシーンはエセっぽくならないよう頑張ってみました。でも健常者には本当の理解ってのは出来ないから難しいですよね・・・。
 ・・・って彼方サンを泣かせてしまった!?(汗) 私は「感動しました」って言ってもらえた事に感動ですよマジで!! ああ涙出てくる・・・(爆)。
 いつも有り難い感想本当にありがとうございます。彼方サンも連載頑張って下さいね。そちらのアメリアも(何か変な言い方になってしまう)頑張って欲しいです。

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4827Re:The Celestial Visitant 〜天の御使(みつかい)〜早坂未森 E-mail URL10/31-13:17
記事番号4821へのコメント

はじめまして!
読ませて頂きました…感動ですぅぅぅぅ!!!!!!!
アメリア嬢が病にかかるとは…ちょっと信じ難いですが、ゼル君見た途端走り出すなんてさすがですねぇ(笑
愛は偉大です、うんうん。
はぁ、いい話です。
それではまたいいお話書いてくださいね♪
短くてすみませんです。

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4830初めまして〜。水晶さな E-mail 11/1-00:56
記事番号4827へのコメント


 初めまして水晶さなです。感想ありがとうございますv 

>はじめまして!
>読ませて頂きました…感動ですぅぅぅぅ!!!!!!!
>アメリア嬢が病にかかるとは…ちょっと信じ難いですが、ゼル君見た途端走り出すなんてさすがですねぇ(笑)
>愛は偉大です、うんうん。
>はぁ、いい話です。
>それではまたいいお話書いてくださいね♪
>短くてすみませんです。

 この話のアメリアは確かにちょっと偽者ちっくですね(苦笑)。
 実際車椅子の方が熊に追いかけられて、逃げようと必死になったら走っていた・・・っていう事あったそうですからね(笑)。いかん、シリアスだったのが一気に崩れた(汗)。
 いい話だなんて言って頂けるとホント書いて良かったなーって気分になれます。短くてもその一言が嬉しいので、宜しければ又見てやって下さいね。
 それではさなでした。

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4831さなさんのお話大好きです。桐生あきや 11/1-00:58
記事番号4821へのコメント

 こんなに早く、またさなさんのお話を読めて幸せです。もうすっごいファンなんですよう! さなさんのお話大好きです。
 ゼルガディスが来て、アメリアが走ってタックルするくだりが、もう嬉しくて。ゼルがいると不可能も可能にするんですよね、この子は。
 エトルさんとエルクローデさんもすごく気に入ってます。足のない天使、という発想と、そこから展開されるお話に、すごく感動しました。さなさんはホントにすごいです。
 またさなさんのお話が読めることを願いつつ、それでは、また。

 桐生あきや 拝
 

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4833ああ・・・溶けそうです(爆)。水晶さな E-mail 11/1-22:38
記事番号4831へのコメント


> こんなに早く、またさなさんのお話を読めて幸せです。もうすっごいファンなんですよう! さなさんのお話大好きです。

 げふぅ、いやマジでお恥ずかしいです。でも嬉しいですぅう(>_<)


> ゼルガディスが来て、アメリアが走ってタックルするくだりが、もう嬉しくて。ゼルがいると不可能も可能にするんですよね、この子は。
> エトルさんとエルクローデさんもすごく気に入ってます。足のない天使、という発想と、そこから展開されるお話に、すごく感動しました。さなさんはホントにすごいです。
> またさなさんのお話が読めることを願いつつ、それでは、また。

 元々ある神話とか伝説とかを引っかき回すのが好きでして・・・(笑)。
 絶対ゼルガディスがそばにいるのといないのとでは、アメリアのやる気に差が出るでしょうからねぇ。魔剣士さんにはおいしい所だけさらっていってもらいました(笑)。
 実はもう次のネタが浮かんだので書き始めてるんですが、どうやら又しっとり系になりそうです。
 宜しければ又お付き合い下さいませ(^_^) ご感想有り難うございましたv

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