◆−Grand Finale−水晶さな (2005/1/27 22:06:29) No.16956
 ┣Chapter12:War of the south side−水晶さな (2005/1/27 22:14:28) No.16957
 ┣Chapter13:War of the north side−水晶さな (2005/2/6 20:10:17) No.16962
 ┣Chapter14:War of the headquarters−水晶さな (2005/2/19 15:36:28) No.16973
 ┣Chapter15:Ancient nightmare−水晶さな (2005/3/4 18:33:46) No.16977
 ┣Chapter16:The forgotten song−水晶さな (2005/3/12 22:22:00) No.16983
 ┣Chapter17:Amazing grace−水晶さな (2005/3/18 20:29:22) No.16997
 ┣Epilogue:Grand Finale−水晶さな (2005/3/18 21:29:08) No.16998
 ┗Grand Finale [Extra]−水晶さな (2005/3/18 21:51:58) No.16999
  ┣こ、こっそりと。−魚の口 (2005/3/19 10:01:12) No.17000
  ┃┗有り難うございます。−水晶さな (2005/3/20 23:50:02) No.17003
  ┗読み終わりました。−R.オーナーシェフ (2005/4/9 16:56:53) No.17024
   ┗お疲れ様でした。−水晶さな (2005/4/12 00:14:50) No.17025


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16956Grand Finale水晶さな URL2005/1/27 22:06:29



 ツリー落ちましたので、続きから上げさせて頂きます。

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16957Chapter12:War of the south side水晶さな URL2005/1/27 22:14:28
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【Chapter12:War of the south side(南方戦)】 Fis & Meltena & Velvet

 光沢のある黒布地に、縁取りはビビッドピンク。
 布地と同色で丹念に刺繍された装束は、体型を損なうことなく仕立てられている。
 戦闘には不向きにも見える衣装で、彼女達は戦場に立った。
 大きく開いたスリットから惜しげもなく腿を覗かせながら、ベルベットが朱塗りの棒を肩に担ぐ。
 その長さは長身の彼女と同じ丈。
 妖艶なベルベットとは対照的に、小柄な娘が隣に並ぶ。
 衣装の配色は同じだが、メルテナは裾の短い上着に、裾に膨らみのある下履き。
 長い黒髪は結い上げ、側頭部にピンクのリボンで束ねている。
「ベル、あれ誰だっけ?」
 三本の同じ長さの棍を鎖で繋いだ武器――三節棍の末端を持って人影を指す。
「紹介してもらったじゃないの。フィスさんよぅ」
 声が届いたのか、青年が端正な顔をこちらに向け目礼した。
 既に前線では戦闘の始まっているさなか、やけにゆったりと彼は歩き出す。
 顔を動かさず、瞳だけを左右に走らせ。
 色の悪いレッサーデーモンの群れに混じって、黒光りする甲殻を持つ虫が複眼をこちらに向けた。
 体格ではデーモンと変わりないのだが、その防御力故か兵士達も攻めあぐねている。
「お手並み、拝見してみましょうか?」
 呑気に言うベルベット達の声が後ろに響く。
 別段それを気にとめる事もなく、太股の両脇に縫い付けられたポケットから剣を抜いた。
 服に収めている時でさえその違和感を覚えさせない程、薄い刃。
 打撃力は無く、あくまで殺傷力だけを追求した形状。
 二刀を持ち、独特の構えで急激に接近する敵を見据え、腰を落とす。
 視覚で計る距離と、
 無数の脚が土を穿(うが)つ音と、
 迫る殺気の気配と――
 全てを読み取って、振り上げられた脚の隙間を、
 舞うように走り抜けた。
 空気抵抗のない薄い刃は己の特性を最大に発揮し、
 虫の片側に生えた脚を連結部から切り落とす。
 傾きかけた体躯を、既に背後に回ったフィスは無造作に片足で蹴った。
 疾走していた勢いと、蹴り出された力とが加わって、
 その軌道上で観戦を決め込んでいたメルテナが悲鳴をあげた。
 割り込むように前に出たベルベットが肩に担いでいた棒を下ろし、
 真正面から突っ込んできた敵の頭部に振り下ろした。
「っ!」
 不快な破壊音にメルテナが耳を塞ぐと、
 巻き起こった土埃が身を包んだ。
「・・・ふぅ」
 石畳の下までひしゃげた残骸から棒を持ち上げたベルベットが、
 首だけをこちらに向けているフィスに視線を移す。
「助力、感謝する」
 わざと軌道をこちらに向けた上での発言はふてぶてしい事この上ないが、
 ストレートな皮肉は返って小気味良かった。
「なかなかイイ男じゃない?」
「そう? アズリーと似たようなもんじゃない」
 衣装に付着した土埃を払いながら、メルテナが不満そうに答える。
「さ、観戦気分は終わりよ。私達も働かなきゃ」
 棒をもう一度肩に担ぎ上げると、ベルベットが優雅に歩み出した。
「ベル」
 その足を、メルテナの声が抑制する。
 声色は、異質なものへの恐怖を含んでいた。
 声が届かなかった筈のフィスまで振り返る。
 それは、地から湧き出るように姿を現した。
 遠目から見れば、女性の銅像が己の意思を持って動き出したようにでも見えただろう。
 鋼鉄の肌はこちらの姿を映すほど滑らかで、
 垂れた髪は合成繊維のような眩(まばゆ)さを持っていた。
 上半身まで伸び上がると、手を地に付けて一気に下部を抜き出した。
 その足が2本に分かれる事は無く、一本の槍のような形状。
 槍先は地に擦れず、距離を置いて浮遊姿勢を保つ。
 少女にも似たあどけない顔で、「彼女」は微笑んだ。
「ブリューナク」
 輝く髪が絡まり、幾重にも束ねられ、何本もの槍の形状を作り上げる。
「光槍ブリューナク、アシュタロト様の御為に」


 同時に伸びた複数の槍を寸前で避け、フィスは一歩踏み込んだ。
 微笑を浮かべたままの少女の顔が後退する。
 速い。
 本能的に悟る。
 メルテナが三節棍を投げたが、既に退いた後の地面に突き刺さった。
「メル、体力を無駄にしないで」 
 ベルベットに叱咤され、メルテナが不機嫌な顔で睨み返した。
「どうしろっていうのよ」
「フィスさんも速いけど、あの敵はもっと速いのよ」
 腕で制されて、メルテナが不承不承突撃を諦めた。
 再びフィスとブリューナクが対峙する。
 踏み出す爪先。
 相手はまだ動かない。
 息を少し吐き、唐突に詰めた。
 相手の予想を上回る速度で自分の間合いにもっていく。
 戦闘を重ね、己の戦法として確立していたもの。
 間合いにさえ入れば、その一撃が外れる事は無い。
 髪が複雑に絡まりながら槍を形取る。
 蠢(うごめ)く槍の群れは無視して、踏み込んだ。
 射程領域に入ったのか、槍先が一斉にこちらを向く。
 横から風を凪ぐ音が聞こえ、
 回り込んだベティがフィスに向かう槍を棒先で弾く。
「詰めて!」
 ベルベットの言葉に、双剣を構えた。
 笑みを浮かべたままの顔が――
 遠ざかった。
 槍が退いた訳ではない、
 髪が伸び、結果的に体が離れただけの事。
 それは己の間合いを外れ、
 敵の間合いに踏み込んだ事を意味する。
 横、背後。
 伸びた槍が一斉に的を捉える。
 避ける空間は――無い。
「ハイッ!」
 メルテナの気を込めた声が響いて――
 投げられた鉄扇が、槍の一本の軌道を弾いて変えさせた。
 身を縮こまらせ、隙間から這い出るように飛び出す。
 耳の脇を通り過ぎた槍が、風を切った。
 地面。
 片足を付いて、そのまま跳ぶ。
 投扇した姿勢のままのメルテナを突き飛ばし、抱え込むように地に倒れる。
 メルテナの眼前を槍が通り過ぎ、息を飲んだ。
 追撃には余りにも速過ぎる。
 額に血が滴る感触を覚え、今更ながら悲鳴をあげた。
 ベルベットの朱塗りの棒が応戦する音が聞こえ、
 フィスは後方を振り返りながら身を起こした。
 その腕に赤い液体が伝う。
「き…傷」
 メルテナが青ざめると、彼は眉を少し動かしただけで裂傷を指先で押さえた。
 皮膚が蠢き、血管が脈動し、
 新しい皮を形成して傷を塞ぐ。
「・・・・・・」
 呆然としたままのメルテナを立たせ、
 肩を掴んで向きを変えさせた。
「ミルを」
「え?」
 己の名前と間違えてメルテナが聞き返す。
「ミルファレナを。城の救護室に居る」
 述語は省略されていたが、「連れて来い」と解釈して間違いはないだろう。
「頼む」
 背を押され、
 釈然としないまま、メルテナが城に向かって駆け出した。
 向きを変えたフィスが、防戦を強いられているベルベットの元に足を踏み出す。
 握り締めた柄に力を込める。
 凄烈。
 迅疾。
 風を斬る、感触。
 全力で踏み込んだにも関わらず、
 ブリューナクの微笑みは遠くに在った。
 唐突に失せた槍に、棒を構えたままのベルベットが目をしばたたかせた。
「速い」
 感触のままに呟く。
「困ったわね。ワタシもメルも素早さ主体の攻めは苦手なのよ」 
 アズリーが居れば。
 一瞬考えて、打ち消した。
 早さだけで考えるならアズリーもフィスも似たようなものだ。
 人が変わったとて、ブリューナクを上回るとは思えない。
「作戦でもあって?」
 走り去るメルテナに気付いて、ベルベットが付け加える。
「援軍?」
「そう呼ぶのなら」
 遠くのブリューナクが前傾姿勢を取った。
 今度は攻める気らしい相手に、ベルベットが身構える。
 ブリューナクの上半身が一度のけ反って――
 眼前に在った。
「――」
 咄嗟に突き出した棒先が槍を弾き、
 衝撃で後方に吹き飛んだ。
 追い討ちに移るブリューナクの真横から、フィスが地を蹴った。
 腕を振るうより早く、ブリューナクの姿が遠ざかる。
 呼吸を止めたまま更に踏み込んだ。
 槍が一斉にこちらを向く。
 推測が当たった。
 あの槍は同時に複数の相手を狙えない。
 腕を振るおうとしたフィスに、ブリューナクが檻の形に槍を伸ばした。
 背後に回り込んだベルベットが同じように踏み込む。
 ブリューナクの表情から初めて笑みが消えた。
 眼前から消える姿。
 足元に落ちる影。
 頭上を振り仰ぐ事も無く、
 フィスとベルベットは、同時に武器を振り上げた。
 豪雨のように落下する槍の穂先を弾き、
 追撃を加えようとした瞬間、相手の姿は消えていた。
 2人から離れた位置に降下し、ブリューナクが再び浮遊姿勢を取る。
 その下半身の槍が振り子のように揺れたのを確認して、フィスは視線を移した。
 瞠若する。
 ベルベットが目の前で膝を折った。
「・・・ごめんなさい」
 避け切れなかった悔しさからか、ベルベットが血に塗れた片足を見下ろして歯噛みする。
「退避を」
 告げて、駆け出す。
 同じ場所に留まっていれば、間違いなくベルベットが狙われる。
 再び微笑んだブリューナクの、髪が攻撃体勢になり、
 真正面から仕掛けた。
 包み込もうと伸びる槍を避ける事無く、肉薄する。
 ブリューナクの顔が、引き攣った。
 逡巡した挙句、退く。
 但し――前方、フィスの来た方向へと。
「――!」
 踵で己の進行を止めても、
 その間にブリューナクはベルベットの位置まで詰めていた。
 立ち上がる事を諦めたベルベットが、棒を構える。
 ブリューナクの笑みが、酷薄なそれへと変わった。


「――エルメキア・フレイム!」
 蒼い焔が、ブリューナクの進行を阻害した。
 動きを止めた瞬間に焔も消え、
 その奥に現れたメルテナが、ベルベットを引きずって後退する。
 服を裂いて止血を始めたベルベットの前に、牽制のつもりかメルテナが仁王立ちした。
 そして――
 上空には、翼を生やした獅子に騎乗した娘。
 逆光の為顔までは確認出来ないが、メルテナに頼んだ人物に間違いはなかった。
「ミル」
 振り仰ぐことはせず、用件だけを告げる。
「ロゾを使いたい」
「・・・言うと思ってましたわよ」
 嘆息混じりの声が聞こえ、騎乗のミルファレナが包みを放った。
 気配だけで受け取り、包装紙を破る。
 包まれていた錠剤を噛み砕いた。
 フィスをより人間的な身体能力に近付ける為に、ミルファレナが調合した薬剤。
 その中で逆に、近付けるどころか能力を飛躍的に強化させてしまうものがあった。
 ロゾ。
 使用を禁じられた劇薬。
「・・・・・・」
 筋が収縮と弛緩を繰り返す。
 血が燃える。
 研ぎ澄まされる神経。
 開ける視界。
 痙攣を抑え込むように、彼は手の平に血が滲むまで柄を握り締めた。
 異常な気配を発し始めた相手に、ブリューナクが視線を移す。
 槍が蠢く。
 その揺らめきすら見てとれる。
 地を、蹴った。
 一瞬仰け反ったブリューナクが、前傾姿勢になり槍を伸ばす。
 弾く動作も必要無い。
 身を低く、
 爪先だけで走り込み、
 穂先が鼻を掠める瞬間、右前方に身を投げ出した。
 左腕だけは、伸ばしたままで。
「――アアアアアッ!」
 金属音のような絶叫。
 脇腹を裂かれたブリューナクが身を捩(よじ)った。
「槍の硬度は恐ろしく高い、その代わりに身体が脆(もろ)い」
 片膝を付いた姿勢で止まり、フィスが両手の剣を重ね合わせた。
 柄から刃までが一体となった独特なその剣は、重ね合わせても凹凸を生じない。
 両の手で握り、一本の剣にして、
「下半身の槍は、速度を調節する為の『錘(おもり)』」
 ――叩き、つけた。
 硝子が砕けるように、粉砕され、飛散する。
 立ち上がりざまに蹴り付ける。
 衝撃で吹き飛ぶブリューナクの眼前に、
 得物を構えた2人の娘が立っているのが見えて。
「メル、外さないでね」
「こんないい所で外すもんですか!」
「「――せーの!」」
 ブリューナクの悲鳴と、
 朱塗りの棒と三節棍が振り下ろされるのは同時だった。
 騎乗のミルファレナが耳を塞ぐ。
 ――が、獅子はそんなミルファレナに構いもせず降下して着地した。
 降りるよう促して、残骸を片付ける気なのか歩き去っていく。
 振り返ると――フィスが仰向けに倒れるのが見えた。
「フィス!」
 肩を掴んで、揺さぶる。
「あなた薬に頼って無呼吸で戦いましたわね! 息を吸いなさい息を!」
 鳩尾に手の平を重ね合わせて、押し込んだ。
 見えない何かを吐き出すような仕草をして、咽(むせ)る。
 荒い呼吸を繰り返す彼の背中をさすっていると、後方からも悲鳴が聞こえた。
 見やると、倒れたらしいベルベットをメルテナが支えてもたついている。
「ブルーフェリオス!」
 叱咤を含んだ声で呼ぶと、獅子の背が跳ね上がった。
「城に戻りますわよ! まったくわたくしの仕事ばかり増やして!」
「・・・4人は無理なんだけど」
「この非常時に定員オーバーだなんて言い分は通用しませんわ!」
「・・・飛べないし」
「走りなさい!」
「・・・・・・はい」
 有無を言わせぬミルファレナの気迫に、ブルーフェリオスが諦めてうな垂れた。

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16962Chapter13:War of the north side水晶さな URL2005/2/6 20:10:17
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【Chapter13:War of the north side(北方戦)】 Ameria & Zelgadiss & Sergeant Major Elleba

 ウルド曹長は童顔ながら生真面目な性質が傍目からでも見て取れ、
 エレバ曹長はその逆だった。
 下がり気味な目尻といい、緩みがちな口許といい、頬に刀傷がある事以外、その辺りの優男と大差無く見える。
 アメリアに対しても一応の敬語は用いているが、取って付けたようなものに近い。
「レッサーデーモン以上の魔物に、少数であたらないように」
「姫様こそ突っ込まないで下さいよ」
 軽口を叩くと、騎士剣ではなく刀身の長いサーベルを抜き放つ。
 騎士剣が通常武器として流通している中、本人は敢えてサーベルを用いているらしい。
 エレバの視線に、旗持ちの兵が紋章入りの旗を高々と掲げた。
「撃て!」
 城壁から玉が――但し大砲が一発だけ撃たれ、魔物どころか市街地の景観まで破壊する。
 轟音と衝撃に一瞬怯んだ魔物に、エレバが声もあげずに突っ込んだ。
「突撃!」
 走り出してから叫ぶ。
 その声に弾かれたように兵達が走り出した。
 一見適当な方向に走っているように見えて、敵前に到着する時には部隊が揃っている。
「狩れ!」
 一斉に突き出された長槍に足を貫かれ、レッサーデーモンが転倒する。
 槍兵が退き、涌き出るように現れた大鎚部隊が容赦なく倒れた敵を打ち据えた。
 兵は自らの役目だけを終えると、とどまる事なく次の敵へと向かって行く。
「・・・エレバは兵に一つの命令しか与えません」
 呆然と見ているゼルガディスにアメリアが呟いた。
「斬るか退くか。セイルーンには珍しい好戦家です」
 それでもウルドと共に、曹長に任命したいと推挙したのはフォルティス曹長だった。
「安穏とした軍隊に火種は必要だと」
「火種・・・か」
 容赦の無い攻撃を繰り返して兵の中に、わずかに乱れが浮いた。
 三人程が吹き飛ばされて地を転がる。
 エレバが剣を掲げ、退却の指示を出した。
 退く兵により視界が開けた時、アメリアはそれを目にした。
 首より上のない鎧が、こちらを向いて立っていることを。


 鎧騎士の携える剣にゼルガディスが眉をひそめた。
 古めかしい装飾の施された、刀身の太い正統派な騎士剣。
 それは四本の腕の一本に握られていたのと同じもの。
「・・・マステマの、いや、アシュタロトの手下か。残してやがったな」
「あの・・・四種類の武器が?」
 アメリアが反射的に振り返る。
「・・・不敗の剣、クラウ・ソナス」
 頭部の無い鎧から、重低音が響いた。
 己の首こそ持っていないが、不気味な姿は死霊騎士(デュラハン)とよく似ている。
「亡霊の宴は開かれし。アシュタロト様の御為に」


 斬撃に風圧が巻き起こる。
 石畳の破片が飛散する。
 まともに受けては折られるだろう剣は鞘に収めたまま、ゼルガディスが脇を走り抜けた。
「ダグ・ハウト!」
 後方に抜けると同時に解き放つ。
 隆起した地が鎧を突き上げたが、
 振り下ろされる剣に砕かれた。
 硬度の恐ろしく高い刀身は、斬るというよりも粉砕する。
 アレンジを加えたダグ・ハウトをもう一度地に叩き付け、
 クラウ・ソナスの足下を陥没させた。
 足を掬われバランスを崩した所に、逃さずアメリアが走り込む。
 ヴィスファランクの光をまとわせた足が鎧の胸元を狙い、
 触れる前に足首を掴まれた。
「!」
 数秒後に物凄い勢いで放られる。
 迫る壁に足の裏を合わせる事が精一杯で、
 衝撃が頭まで突き抜け、抗う余力も無く地に落ちた。
「ファイアー・ボール!」
 ゼルガディスの声が響き、視界が炎で遮蔽される。
 クラウ・ソナスとアメリアとの間。
 火が届かない限界地点に火球が落とされ、二人の間を遮断した。
 クラウ・ソナスが向きを変える足音が聞こえる。
 今の内に立たなければならないことは分かっていたが、手足が痺れるだけで動こうとしない。
「・・・っ!」
 歯を食いしばり、指先に力を込める。
 激痛に呻いた時、両脇に手が差し込まれた。
 驚きに声をあげる間も無く、壁に背を預ける形に座らされる。
「リタイアですか姫様」
 飄々とした声色は聞き知ったもの。
「・・・エレバ」
 負傷したのか、裂いた布を頭に巻き付けている。
 返り血を浴びた凄まじい形相ではあったが、気の抜けたような態度は普段と変わりなかった。
 アメリアが呻いたのに気付き、エレバが左足のブーツを引き下ろす。
「・・・なんつぅ馬鹿力だ」
 掴まれた足首がどす黒く変色していた。
「救護――」
「無用です、エレバ曹長」
 抱え上げようとした手を制し、アメリアがリザレクションを唱え始める。
 エレバが肩を竦めながらも、退避する気配の無いアメリアを見て諦めたように立ち上がった。
「戦況を」
「押され気味です。あの鎧がいると周りの雑魚まで強くなる」
「・・・分かりました。行きなさい、私はもう平気です」
 早口に言い、ブーツを履き直す。
「持ち堪えて下さい。あの鎧は私とゼルガディスさんで倒します」
「期待してますよ」
 腑抜けたような笑みで、エレバがあっさりと背を向ける。
 戦陣の中に怯(ひる)む様子もなく戻っていく背中を見送って、アメリアが歯噛みした。
 ――普段通りに見える。でも・・・
 彼がいないからこそエレバは、命を惜しまない戦い方をするのか。
 好戦的で協調性の低いエレバを文字通り叩き伏せ、曹長にまで出世させたのは、
 今不在のフォルティス曹長だった。
 ――エレバもウルドも間違いなく強い、でも貴方の指揮の無い戦闘は初めての筈
 願わずにいられなかった。
 ――フォルティス、貴方が居てくれたら
 頭(かぶり)を振ると、自らも戦陣へと駆け出した。


 歩調は早い方ではないが、火の為に緩められたりはしない。
 時折衝撃波が放たれては、鎧の表面を撫ぜるだけで消えていった。
「ブラム・ブレイザー!」
 向きを変えかけたクラウ・ソナスに、自らの場所を教えるように魔法を放つ。
 他の兵から目を反らさせ引きつけるだけが精一杯で、こちらから攻撃を仕掛ける余裕が無かった。
「・・・・・・」
 逃げ回るゼルガディスに痺れをきらしたのか、やおらクラウ・ソナスが地に剣を突き立てる。
 轟音と同時に衝撃が走った。
「!」
 震動する大地に足を取られ、ゼルガディスが転倒する。
 転がりながら位置を確認し、次の攻撃を予期して立ち上がった。
 開けた視界。
 クラウ・ソナスは近付くどころか、己に背を向けていた。
 足下に叩き折られた大鎚。
 視線の先に、エレバの姿があった。
「やめろ!」 
 振り上げられた剣に、ゼルガディスが悲鳴に近い声をあげる。
 エレバが逃げる余裕は無いと判断したのかサーベルを構える。
 それが呆気なく砕かれるだろう事は容易に想像しえた。
 揺らめく視界。
 サーベルを構えたままのエレバが、
 死の淵の間際で、
 笑った。
「――ウィング!」
 疾風が走り抜けて、
 風によって断絶された呪文の切れ端が聞こえた。
 クラウ・ソナスの剣が大地を砕く。
 その下にエレバの姿は無く、
 離れた場所にエレバを抱えたアメリアが転がった。
 即座に立ち上がり、エレバに下がるよう促す。
「言った筈です、あの鎧は私とゼルガディスさんで倒すと」
「ちっと格好良い所見せたかっただけじゃないすか」
「フォルティスに勝ちたいなら」
 突き刺すように告げる。
「生きて勝ちなさい」
 アメリアの言葉に、エレバの表情が強張った。
 それ以上声をかけることもなく、アメリアがクラウ・ソナスと対峙する。
 火中を歩いていた鎧の表面は、溶けはしないものの黒ずみ始めた。
 アメリアの目が一瞬ゼルガディスを捉えた。
 そして叫ぶ。
「バースト・フレア!」
 最大限の力を込めて、
 クラウ・ソナスの腹部に放たれたそれは、物理的な衝撃を与える事なく全身を包み込んだ。
 灼熱の業火が金属の鎧を舐め尽くす。
 クラウ・ソナスが意に介した風もなく歩き出し、
「ヴァン・レイル!」
 ゼルガディスが放った氷状の蔦に足下から絡め取られた。
「デモナ・クリスタル!」
 振り返った後に響く、アメリアの呪文。
 火焔すらそのままの形で凍り付かせる程の氷刃。
 灼熱の後の急冷。
 金属の鎧は、
 温度差に耐え切れず亀裂を走らせる。
「――アルティカル・クロス!」 
 ゼルガディスが渾身の力を込めて投げ放った剣は、
 胸部を狙ったものの、クラウ・ソナスが伸ばした左腕に阻まれた。
 握り締め、刀身は砕け、左腕自体も崩れ落ちる。
 ――だが、崩壊はそれ以上進まない。
「あと一撃・・・!」
「アメリア、近付くな!」
 ゼルガディスの声も制止に至らない。
 拳を固めて数歩駆け出した時、
 轟いたのは銃声だった。
 鎧の中心を貫いた銃弾は、
 地面へと突き抜け、亀裂を決定的な崩壊へと導く。
 剣を握る指先にまでそれは到達し――
 クラウ・ソナスは、ゆっくりと崩れ落ちた。
「・・・・・・」
 アメリアが城を振り返る。
「・・・ビストさん!」
 城壁に足を掛け、据銃姿勢のままの砲撃手が其処に居た。
 今にも落ちそうなその体躯に巻きついたロープを、後方からベティが掴んで支えている。
 肩から小銃を下ろしたビストが、こちらに親指を立てたのが見えた。
「さっさと戻りなさいヨこのデブ! 重いのよアンタ!!」
「カマならこんぐらい耐えろや」
「本気で落とすわヨ!」
 相変わらずの掛け合いに、アメリアが今しがた戦っていた事も忘れて吹き出した。


 遠くから爆発音が響いたのは、その直後の事だった。

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16973Chapter14:War of the headquarters水晶さな URL2005/2/19 15:36:28
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【Chapter14:War of the headquarters(本陣)】 Salamandira and...

 爆発音が響いて、
 それが何処から聞こえたものかアメリアが首を巡らせた時、
 目線の先に第二撃が弾けた。
 セイルーンの――外壁。
「いやあぁっ!!」
 青ざめたアメリアが駆け出そうとするのを、半ば無理やり掴んで止めさせる。
「放して!」
 いつになく取り乱す姿に、ゼルガディスが眉をひそめる。
「あそこには・・・あそこには父さんが!」
「何!?」
 戦闘開始からその姿を見せなかったフィリオネル。
 それが捕縛詰界を担う場所に居てもおかしくはなかった。
 アメリアの代わりに駆け出そうとしたゼルガディスが、頭上を横切る影に気付いた。
 見上げる。
 攻撃の方向に飛翔する獅子と、
 その背に乗る――サラマンディラ。
 片腕を、制するように上げていた。
「・・・任せよう、アメリア。俺もお前もここを離れる訳にはいかん」
「・・・・・・」
 拳を握り締めたアメリアが、やがて息を吐いて、頷いた。
 ゼルガディスが後方を振り返り、
 やや隊列の乱れた兵の動きに気付いた。
 そこに居た筈の指揮官の姿が、消えていた。
「・・・・・・エレバは」
「え?」
「いや、何でもない」
 アメリアの肩を掴んで向きを変えさせながら、
 胸中を占める不吉な予感を振り払うように己の足を進めた。  



 吹き付ける風に、法衣の裾がはためいた。
「来た?」
「違う」
 問い掛けてくる獅子に、冷静に答えを返す。
「黒竜・・・アポクリファ。エヴェレーンに出たのよりも体躯のケタが違う」
「デカいだけでしょ」
 ブルーフェリオスの軽口に、サラマンディラが苦笑した。
「そうね」
 応えた瞬間、その姿が眼下に見えて、
 思わず表情を凍りつかせた。
 セイルーンの外壁に喰らい付くように、
 アポクリファはその体躯を半分程壁に埋めていた。
 その瓦礫の下に見える――人間の手足。
 息を呑んだ瞬間、反撃の魔術がアポクリファの顎を突き上げる。
 それは、捕縛結界の維持よりも、
 反撃を優先した事を意味する。
「結界を――」
 焦りに呟いた言葉が終わらぬ内に、
 肌にひりつくような感触を覚えた。
 紡ぎ手の失せた捕縛結界が、
 その編み上げた糸をほつれさすように足元から失せていく。
 サラマンディラが両腕を振り上げた。
 紡ぐ言霊に、その腕に炎がまとわりつく。
「ヴァンダル・フレア!」
 頭上に渦を巻いた火焔が鞭のようにしなり、アポクリファの体躯に食い込んだ。
 熱量に耐え切れず苦悶の唸りをあげ、アポクリファが首をもたげる。
 それでも壁から離れなかった手を、壁内から吹き上げた光が撃った。
 前脚が壁から離れ、半身が仰け反る。
 だが振動した羽根がバランスを取り、仰向けに倒れるには至らなかった。
 壁の穴が剥き出しになり、城へと向かっていた筈の魔物が目敏く向きを変えて殺到する。
「ブラム・ブレイザー!」
 聞き覚えのある声が響き、近寄ろうとしたレッサーデーモンが吹き飛ばされる。
 白い法衣の男が姿を見せ、先程の衝撃で負傷した魔導士達を収容するよう周囲に指示を出した。
「フィリオネル!」
 呼びかけに気付いて、フィリオネルが空を仰ぐ。
「サラ殿! 結界はすぐに紡ぎ直す! ここを頼みたい!」
 視線が交差し、
 眼差しで答えた。
 アポクリファの唸りが聞こえ、サラマンディラが指先に魔力を集中させた。
「フェルザレード!」
 片腕を振るい、放たれた光球が幾重にも分かたれてアポクリファの体躯に命中するが、
 硬い鱗を軽く焦がしたに過ぎなかった。
 攻撃対象を完全にサラマンディラへと移したアポクリファが口を開けた。
 その奥に火の色が灯る寸前に、鞘からアルカトラズを抜き放った。
 短剣の筈のそれは、鞘から露出すると同時に自らの形状を変える。
 サラマンディラの体格に合う刀身の長さ。
 戒めから開放され、真白く輝いて大気を鳴動させた。
 アポクリファの口腔から吐かれた炎に剣を向けて、
 切っ先が火に触れた瞬間に、手繰るように振り上げた。
 刀身に絡め取られた炎が霧散する。
「遊んでる暇はないの」
 呟き、続けざまに呪文を紡ぐ。
「パニシング・ヴォルト!」
 剣先から放たれた雷撃が、アポクリファの後脚を穿つ。
 体勢を崩し、アポクリファが足をよろめかせた。
 獅子の背を蹴り、サラマンディラが宙に舞う。
「――右手に慈悲を、左手に慈愛を」
 迫る敵を見据え、
「我らが聖母の祈りもて、愚者の戦乱に終焉を!」
 全身に力を迸らせ、叫ぶ。
「マグダ・クレイドル!」
 手から柄へ。
 柄から刀身へ。
 切っ先まで達した力は、そこから更に己を拡大した。
 天を突き上げんばかりに伸ばした刀身がアポクリファの背骨とおぼしき部位を捉える。
 一閃。
 地に触れたブーツの底が、砂利を巻き上げて耳障りな音を立てる。
 サラマンディラが顔をしかめて舌打ちした。
 アポクリファの足下に見えた人間の腕。
 それが既に動かない事は理解していたが、ためらいが目測を誤らせた。
 後脚を裂かれた痛みに、アポクリファが体躯を震わせて咆哮する。
 大気が激震し、
 何の前触れも無く、口腔に火が灯った。
 吐かれた火焔を、アルカトラズで喰らう。
 間合いの為に一歩下がると、背後から獣の唸りが聞こえた。
「・・・・・・」
 振り返る時間すら惜しい。
 サラマンディラが剣を逆手に持ち替えるのと、空を切る音が聞こえたのは同時だった。
 一瞬の内に降下する銀獅子。
 それは飛び掛かる寸前のレッサーデーモンを前脚で踏み潰した。
 周囲の魔物に威嚇の為の咆哮を浴びせ、サラマンディラの背を庇うように立ち塞がる。
 呼吸を、一つ。
 剣を構えると、息を詰めて地を蹴った。
 アポクリファの火焔を身を翻してかわし、熱波を堪えながら懐に滑り込む。
 口腔がこちらを向く瞬間に、アルカトラズの切っ先を顎の下から突き込んだ。
 鱗に覆われた体躯も、喉には隙間が存在する。
 絶叫と共に風が吹いた。
 背の羽を振動させ、地煙を巻き起こして巨躯が浮き上がる。
 影が辺りを包み込むように落ちた。
 竜の形をした、影。
 振り仰ぐ真似はせず、サラマンディラは優雅とも見える挙措で剣先を真上に向けた。
 聖詞を連ね、
 溢れる力をただ一点に収束させる。
「マグダ・クレイドル!」
 切っ先から発した光が己を拡大し、
 刀身を伸ばした剣は、アポクリファの腹から背中を刺し貫いた。
「教えてあげる。アルカトラズはこうやって使うのよ」
 片方の掌を柄の端に押し当て、
 狙いを定めて、
 王なる「核」の言葉を呟く。
 刀身に微細な亀裂が走り、その隙間から光が溢れた。
 亀裂が崩壊を導く寸前に、彼女は唱えた。
「アルカトラ・スプレッド!」
 微粒子となったアルカトラザイトが、
 結合解除の膨大な熱を孕みながら拡散する。
 アポクリファの体内で発芽するように、それは血肉を突き破りながら飛散した。
 断末魔の悲鳴を漏らす暇もなく。
 肉塊が降る中を、サラマンディラが姿勢を崩さぬまま腕を下ろした。
「破を紡ぎ滅を誘(いざな)う、深奥に眠り抱(いだ)くもの、従いて定めの地へ!」
 空中に浮遊していた光が集束し、剣の形状を象った。
 顔を上げたサラマンディラが見たものは、
 地に落ちたアポクリファの首の、
 その喉の奥に灯った火の色だった。
 最後の悪足掻きのように、
 口腔を城壁の崩れた穴に向けていた。
「――!」
 剣先の向きを変える。
 それでも言霊は、
 放たれる火炎には間に合わない。
「――レイ・ウイング!」
 サラマンディラが凍り付いた時声が響き、
 穴から突出した男が風を舞わせ、首を抱えたまま壁から離れるように飛行する。
 城の方角――魔物の群れの中へと。
「フィリオネル!」
 その姿を視界に捉えた時には、
 彼の姿は抱えた首諸共、魔物の群れにうずもれた。
 火炎が空中に放出され、
 残り火が宙を漂った後、静寂が残る。
「フィリオネル!」
 絶叫に近い声が響き渡る。
 剣を振り回しても、
 波のように押し寄せる魔物が前進を阻む。
 戦慄を覚える。
 同じだった。
 これではまるで、
 レディスを失った時と――
「――っ!」
 言葉にならない悲鳴をあげた。
 尚も進もうとするサラマンディラを、獅子が体躯で阻むように前を塞ぐ。
「邪魔をしないで!」
 言葉による説得が通じないのは分かっている。
 だからこそ――力ずくで。
『駄目』
 レディスの泣き声が聞こえた。
『駄目・・・マスター!』
 呼ぶ声が届かない事は分かっていても。
 獅子は、無言で主人を突き飛ばした。
 転がったサラマンディラが身を起こし、
 再び駆け出そうとした時に動きを止めた。
 気付く。
 ブルーフェリオスが、戦いの最中だというのにあさっての方向に首を向けている。
 震動。
 地を揺るがす鳴動。
「――これは」
 幾重にも重なり合う、
 馬蹄の音だった。


 開け放たれた正門から、馬群が国内へ躍り込む。
 先頭に立つ初老の騎士が激を飛ばした。
「進め! 我らが聖地を踏み荒らすものに鉄槌を!」
 槍を脇に抱えたまま、
 巨大な一頭の獣のように、それは犇く魔物の群れを突き進んだ。
 フィリオネルが馬上に引き上げられる姿が見えて、
 迫る魔物に目もくれず、本陣へと駆け抜けた。
「・・・・・・あ」
「マスター、急いで」
 ブルーフェリオスに促され、サラマンディラが我に返るとすぐに背によじ登った。 


 魔物の群れを両断するように突き抜け、
 負傷したものの、大事には至らなかったフィリオネルが救護班に引き渡された。
 アメリアの前に下馬した初老の騎士が、兜を脇に抱えて片膝を付く。
「我ら家族の国外退避に付き添っていた聖騎兵一同、只今帰還致しました。遅参の責はこのフォルティスが――」
 皆まで言わせぬ内に、
 小柄な少女が胸に飛び込んだ。
「フォルティス!」
「姫様、決め台詞は最後まで聞くものですぞ」
 笑いながら、
 待ち人はアメリアを軽々と抱き上げた。
「・・・貴方が居てくれたらと、思ってました」
 泣く子供をあやすように、大きな掌が頭を撫ぜる。
「エレバにも言ってやって下され」
「え?」
 ようやくエレバの不在に気付いたアメリアが振り返ると、
 何台目かの担架が微動だにしないエレバを搬送していた。
「エレバ!?」
 アメリアの肩を掴み、諭すように告げる。
「エレバが正門を開け、我らを中へ誘導したのです」
 その為に城前から外壁まで、魔物の群れの中を単身で駆け抜けた。
「満身創痍のまま戦い続けようとしたので、殴り倒しましたが」
 アメリアを地に下ろし、
「姫様に『生きて勝て』と言われたと、こぼしてましたな」
「――あ」
 口元を押さえる。
「死を賭けた勝利を超える事などできませぬ」

『フォルティスに勝ちたいなら』
『生きて勝ちなさい』

「エレバに正門を開けるよう命じたのは私です。戦功にはやるエレバが素直に従うかどうかは賭けでしたが」
「・・・フォルティス、謀りましたね」
 アメリアが唐突に告げる。
「問題児のエレバを押さえ付けられるのは私か殿下しかいません。同じ隊に含まれる事も、私が功にはやるエレバを叱咤するであろうことも――」
 最後まで言わぬ内に、フォルティスが悪戯のばれた子供のような笑みを浮かべた。
「フォルティス! 許しませんよ!!」
 肩をわななかせたアメリアが叫ぶ。
「この戦いが終結するまで、貴方には曹長の任を与えません。総帥を務めてもらいます!」
 それは、
 態度とは裏腹に、昇格以外の何物でもなかった。
 フォルティスが笑いを堪えながら頭(こうべ)を垂れる。
「姫様の仰せのままに」


 アメリアが再び戦闘配置に戻って来た時、後方に騎乗兵を一人従えていた。
 気配で分かる練達した腕前と威儀。
「フォルティス曹長・・・か?」
 ゼルガディスが問うと、彼は屈託の無い笑みを浮かべた。
「僣越ながら、たった今総帥の任を命じられたばかりです」
 騎乗のまま進むと、フォルティスの姿に気付いた兵達が歓声をあげた。
 取り巻いた部下に指示を与え始める総帥を見送って、
 ゼルガディスが満面の笑みを浮かべているアメリアに気付いた。
 見られている事に気付いたアメリアが、慌てて頬を引き締める。
「ご機嫌だな?」
 咳払いを一つ挟み、
「仕方無いじゃないですか」
「何が」
 冷静に告げてみる。
「初恋の人なんですから」
 予想通り。
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる彼に、「5歳の時ですよ」と付け加えた。
 ――あまり、効果は無かった。


 一通りの指示を終えたフォルティスの前に降り立ったのは、銀獅子の背に乗る娘だった。
「・・・サラマンディラ様、ですかな」
 頷くのを確かめて、
 彼は深々と頭を下げた。
「フォルティス=アンバーウッドと申します」
 その声も、
 佇まいも、
 優しげな笑みも、
「貴方の祖先、パリス=アンバーウッドは私の研究を支えてくれた」
 全てがただ、懐かしい。
「感謝しています」
「勿体なきお言葉」
 恭しく礼をして、
「昔話をお伺いしたい、この戦が終結を迎えたら」
 戦況を見る為に身を翻した背中を見送って。
 サラマンディラは遠い日を懐かしむように目を細めた。

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16977Chapter15:Ancient nightmare水晶さな URL2005/3/4 18:33:46
記事番号16956へのコメント

【Chapter15:Ancient nightmare(エヴェレーンの悪夢)】

 捕縛詰界が再び紡がれ始めたのを見て、アメリアが安堵に胸を撫で下ろした。
「でも、詰界の維持は数人欠けただけでも難しいと…」
 首を傾げた所に、隊列を編成し直したのかウルド曹長が走り寄ってきた。
 距離をおいて立ち止まり、敬礼する。
「姫様、壁外で高笑いしながら入れなくてウロウロしていた女性を見つけましたので、壁内に放り込んでおきました!」
「・・・よくやりました、ウルド。あの人なら数人分の代わりは可能でしょう」
 半ば脱力しながらも、何とか答えた。
 魔導士の補充にはどうやら事足りた。
 あとは――
「・・・・・・?」
 歩みかけていた足を止める。
 体表温度が明らか数度低下した。
 振り返ると、ゼルガディスも訝しげに周囲を見回している。
 国内に出現した魔物の殲滅も時間の問題。
 ――それなのに、妖気は反比例するように急激に膨れ上がっている。
「・・・痛い」
 アメリアが自分で自分を抱き締める。
「妖気が刺すような・・・」
 湿度が上がる。
 酸素が希薄になる。
 微弱な震動。
 足下から這い上がる不快感。
 この感覚には覚えがある。
 憤怨、憎悪、慨嘆、苦楚の全てが綯(な)い交ぜになった、
 負の凝塊――
「・・・・・・」
 答えが弾き出されて、
 視界が白くぼやけた。
 2、3歩後ずさってよろめいたアメリアの肩をゼルガディスが咄嗟に掴む。
「アメリア!」
 青ざめた少女の肩は震えて、
「・・・白夜」
 呟きが吐息のように漏れた。
「白夜?」
「この戦いは、倒した魔物は・・・全て下準備に過ぎない」
「何だと!?」
「白夜と同じ状況を作る為・・・死霊術を使う為!」
 眼前に、
 倒れた魔物の合間に、
 炭と化した魔族から、
 それは――二本足で立ち上がった。
 まばらに肉片のこびりついた、人骨。
 煤けた布からは、僅かに紋章が見えて、
「・・・そんな」
 それが見知ったものであると認識した瞬間、誰もが言葉を失った。
「・・・・・・・・・エヴェレーン・・・」 
 絶望に満ちた呟きは、
 吹く風に解け消えた。



 死者の群れが緩慢に歩みを進める。
 サラマンディラが立ち尽くした。
「これは・・・悪夢?」
 呟きに答えるのは、
『宴の始まりだ』
 探していた、声――
「・・・アシュタロトォォ!!!!」
 肺腑を絞るように叫んでも、
 響くのは嘲笑のみ。
『再会を喜ぶがいい』
 包囲網は徐々に狭まり、
 戦意を喪失した生者達が、為す術も無く後退する。
「マスター!」
 ブルーフェリオスの呼び掛けも届かず。
 当の本人は後ずさる事もなく膝を折った。
『マスタァァァァ!!』
 レディスの号叫だけが聴覚を支配する。
 サラマンディラの視線の先には、
 真正面に立つ男の姿があった。
 焦げた衣服は、辛うじて白衣であった事が判別できる。
「・・・・・・・・・・・・・・・パリス」
 懐かしさを覚えたばかりの相手の名を、
 嗚咽混じりに呼んだ。
 微笑みを絶やさなかった顔は、
 頬の下の骨を剥き出しにして。
 歩み寄り、地面にへたりこんだサラマンディラへとその手が伸ばされても、
 他人事のように眺める事しかできなかった。
 自責と悔恨に、抗う力さえ奪われる。
 指先の感触を咽喉に感じた時、
 絶叫と共に風が走り抜けた。
 腰に下げていた鞘から、剣が抜かれる。
 肩を押されて、姿勢が仰向けに反る。
 肘で倒れるのを支えた時、
 抜き身のアルカトラズを構えた使い魔が、
 かつては臣下だった骸の胸に、剣先を突き立てていた。
「――アアアアアアアアアアアァ!!」
 恐怖を打ち払うかのように叫び、
 押し込んだ剣を引き抜き、
 サラマンディラの足元へと放り投げた。
 その顔は、
 金の目の主の少女だった。
「・・・レディ・・・ス」
 ブルーフェリオスの一部になる事で己の消失を防いだ娘が、
 アルカトラズの力を借りずに己を表出させるのは、
 ――その命を削る行為。
『マスター、ここで貴女が諦めたら』
 唇が開いても、空気を振動させる声は発せられない。
 それでも言葉は、脳に届いた。
『全てが潰(つい)えてしまう。それだけは忘れないで』
 微笑が淡く滲み、
 再び獅子の姿へ変じると、力を失ったように崩れ落ちた。
「――レディス!!」
 剣を掴んで、
 膝で這いずって、
 その頭を抱え起こす。
 開いた瞳は、金と蒼の色に戻って。
 唐突に体を使われた衝撃か、不規則になった息を整えながら、
 ブルーフェリオスが身を起こした。
「・・・マスター」
 言いかけた言葉を制して、
 サラマンディラが立ち上がった。
 剣を携えて、
 前を見据えて。
 背を見上げたブルーフェリオスが告げる。
「・・・今だから言うよ」
「何を」
「嘘、ついてた。エヴェレーンが燃えた時、何も覚えていないって言ったけど」
 希望をいだかせる事が、救いになると錯覚して。
「見たのね。誰も助からなかった事を、その目で」
「・・・・・・」
 耳を澄まさなければ聞こえない程の呟きで、謝辞が告げられ。
「・・・おかげで吹っ切れた」



「時間を稼いで」
 ブルーフェリオスに告げ、剣を目線の高さで水平に保つ。
 念と共に、徐々に満ちる力。
 その波動は、アメリアが破界決勝を砕いた時と同じ。
 空気の流れが変じたのを感じ、ブルーフェリオスが振り返らずに尋ねた。
「――足りるの?」
「やってみなきゃ分からないでしょう」
 集中を途切れさせないよう、唇の端だけを開いて答える。
「言霊は?」
 呪文とは違った対象を指す言葉に、サラマンディラの表情が強張った。
「――あれは、幻。」
「嘘だ。本当なら皆持つ力。使い方を忘れてしまっただけだって、院長が言ってた」
 火焔が骸を焼滅させる。
「持ってたって――使えなければ意味がないのよ!」
 声を荒げる。
 集まりかけていた力が霧散する。
 慌てて再集中を試みた瞬間、横から伸びた骨の手が腕を掴んだ。
「――!」
 振り払いかけ――迂闊にも相手の顔を見てしまった。
 見覚えのある姿。
 抗う手から、一瞬力が失せる。
 それでも。
「あああぁっ!」
 歯を食いしばって、
 その顔を見据えて、
 手にした剣を――振った。
 骸が仰向けに倒れる。
 ――が、それを踏み越えて後続が押し寄せた。
「――」
 いつの間にか戦線が更に後退している。
 数が多過ぎ、ブルーフェリオスもサラマンディラを庇う余裕がない。
「時間が――」
 言いさして、唇を噛む。
 詠唱を諦め、剣の切っ先を外に向けた。
「・・・諦めない。最後まで抗ってやる」
 無数の手が伸びる。
 振り払い、叩き潰す。
 視界が滲む暇も無い。
 腐臭と血の臭いが充満する。
 獣の悲鳴が聞こえて、振り向いた。
「ブルス!」
 騎士の姿をした骸が、ブルーフェリオスの脚に斬りつけていた。
「来るな!」
 獅子が吼えた。
 エヴェレーンの住民達に混じって、鎧騎士の姿が増えていく。
 風を切る音が聞こえ、
 咄嗟に転がると、地面を剣先が穿った。
 立ち上がる瞬間に、別方向から突き出された槍に足をとられる。
 転倒する。
 膝を付いて、顔を上げて、
 振り下ろされる剣先が、頭上に見えた。
「――」
 その先に、サラマンディラの頭上に、
 もう一本の腕が突き出て、刀身を素手で掴む。
 ――その腕も、骸だった。
 衝撃に耐え切れず手首から砕けても、
 『彼』は、サラマンディラを守るように立ち塞がった。
 全身を甲冑に包んだ、大柄な騎士。
「――ああ」
 一番会いたくて、
 一番会いたくなかった。
 視界が滲む。
 頭部を完全に覆う兜で、顔が見えない事だけが救いだった。
「・・・・・・アルヴァント・・・」

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16983Chapter16:The forgotten song水晶さな URL2005/3/12 22:22:00
記事番号16956へのコメント

【Chapter16:The forgotten song(言霊)】

『いい歌だな』

 かつて褒められた歌は、
 あの日、国が燃えると共に涸れた。
 英雄にはなれないと思い知らされ、
 「力」も、守るべきものも失った。

 あれから、気が遠くなる程の年月が過ぎたというのに――



――・・・た・・・を・・・

 掠れた吐息が言葉を為し、サラマンディラの耳に届いた。
 狂騒の坩堝(るつぼ)と化した戦場で、何故聴覚がその声を捉えるのか不思議ではあったが。
 そんな事を考える余裕もなく、彼女は動揺していた。
 耳を塞ぎたくなる衝動にかられる。
 それでも体は動かず。
 食らいつく骸達を構いもせずに佇む彼を、見つめる事しか出来なかった。

――・・・うた・・・を・・・

「やめて・・・私は」
 あの日、朱に染まるエヴェレーンを目の当たりにした時から。
「私は・・・もう歌えない!!」
 既に亀裂が走っていた兜は、
 頭部を防護する役目を放棄して呆気なく崩れ落ちた。
 サラマンディラが息を飲む。
 予想通り黒く焦げた顔の、骨が露出した頬が震えた。
 もう、姿勢を保つ事すら難しいのに。
 それでも、
 残った筋を労苦して、

――・・・歌を・・・

 彼は、微笑んだ。

――聴かせて・・・


 呟きですらない吐息が、
 何故か鼓膜を突く。
 脳に染み込む。
 呼び起こす。
 ――歌、を。


                『歌って』
                                                 『マスター、もう1回』
      『歌う時だけは別人だな』
                                         『姫様の歌に救われました』
           『聴かせて』
                                   『心に染み透るの』
                  『ねぇ、お願い』
                                                     『そなたの言霊は』


 こじ開けられる。
 閉じ込めてきた心が。
 押し込めていた記憶が。
 自身で封じていた力が。


『――いい歌だな』


 立ち上がった。
 突如解放された熱が全身を駆け巡って、
 己のものだというのに違和感を覚えて。
 息を、吸った。
 肺腑が膨張し、引き攣るような痛みを引き起こす。
 咽喉に手を当てる。
 「歌」は目覚めた。
 ――ならば後は、解き放つだけ。
 唇を開いて、喉を震わすだけ。

 目を閉じて、
 彼女は紡いだ。
 ――歌、を。 


   Every day I listen to my heart
   ひとりじゃない
   深い胸の奥で つながってる
   果てしない時を越えて 輝く星が
   出会えた奇跡 教えてくれる

   Every day I listen to my heart
   ひとりじゃない
   この宇宙(そら)の御胸に 抱かれて


 皆がその声に、「力」に気付いた。
 頬を撫ぜる微風。
 その風に乗って歌声が響く。
 清廉で、力強く、
 全てを包み込むように――
「バラッド・・・」
 父親が呟いた単語に、聞き覚えがなかったのかアメリアが眉をひそめた。
「バラッド?」
 まだ驚愕の表情が解けないままに、フィリオネルが続ける。
「言霊士(ことだまし)――通称バラッド。セイルーンの血筋の中で、稀世の能力と謳われた・・・魔法を超えた魔法・・・」
「魔法を超えた・・・魔法?」
 アメリアが半信半疑になりながらも、辺りを包む熱を確かに感じていた。
『お伽話だと言った筈よ』
 その「力」を失ったと思い込んでいた為に、英雄になれなかった娘。
「お伽話ではない・・・」
 視界が滲む。
 力を失ったように膝を付いたフィリオネルを、アメリアが慌てて支える。
「お伽話ではないのだ・・・」
 噛み締めるように呟き、彼は感泣した。


   私のこの両手で 何ができるの?
   痛みに触れさせて そっと目を閉じて
   夢を失うよりも 悲しいことは
   自分を信じてあげられないこと


「・・・おお」
 壁に力なくもたれながら歌声を聞いたレンフィルドは、戦傷の深さとは裏腹に暢気な声をあげた。
「長生きはするものだね。まさかバラッドの歌を聴けるとは」
「それ、うまいのか?」
 地面に大の字のまま、動く気配すらないイーダが首だけをかたむけて見やる。
「イーダにはアマ(※母)のこえにきこえる」
「そうだねぇ」
 目を閉じて、聴覚に意識を向ける。
「まさしく聖母かな」


   愛を学ぶために 孤独があるなら
   意味のないことなど 起こりはしない

   心の静寂(しじま)に 耳を澄まして


「天使の歌声・・・」
 出血の為に、半ば朦朧とした瞳を虚空に向けたベルベットが呟いた。
「私の故郷では『神の調べ』と呼んだ」
 隣で同じように足を投げ出したアズリーが継ぎ足す。
 歌は流れ、
 熱を持ち、
 『力』を沸き起こす。
「力ある言葉。常人では辿り着けぬ調べ。我ら歌い手にはまさしく神の音域だ」
 踵の痛みが薄れていくのを覚え、感慨のままに呟いた。


   私を呼んだなら どこへでも行くわ
   あなたのその涙 私のものに


「この歌は・・・」
 ミルファレナが治癒の手を止めた。
 魔法の力に頼るでもなく、その傷は徐々に塞がっていく。
「昏睡状態のエレバ曹長が目覚めました!」
 走る伝令に、シルフィールが慌てて駆け出した。


   今は自分を 抱きしめて
   命のぬくもり 感じて


『聞こえる? ブルス』
「・・・確認しなくても聞こえてるよ。五感は共有なんだから」
 地面の冷たさに辟易しながらも、まだ立ち上がる体力はなかった。
 それでも空気を震わせる歌が、身体に熱を注ぎ込んでいく。
『エヴェレーン滅亡以来、歌えなかったマスターが歌ってるのよ、ブルス・・・』
「それも知ってるよ」
 震える声に、ブルーフェリオスが優しげな笑みで返した。
 そろそろ、立ち上がれそうだった。


   私たちは誰も ひとりじゃない
   ありのままでずっと 愛されてる
   望むように生きて 輝く未来を
   いつまでも歌うわ あなたのために


 喉が震える。
 長過ぎた時の末に、紡がれた歌。
 芯から燃えるような熱が、波状に広がっていく。

――・・・いい・・・歌・・・だな・・・

「ありがとう」
 歌の中で呼びかける。
 彼は、微動だにせずに其処に居た。
 あの時と同じ姿で。
 『すまない』と呟いた唇を、
 悲壮な眼差しを、
 最後に微笑んだその、顔を。
 知っている。彼の生前の姿はそれで最後だった。
 その姿を網膜に焼き付けた。
「すぐに行くわ」
 頬を濡らしたまま、サラは微笑んだ。
「でもそれは、今じゃない」
 歌は魔力と成り、力となり、全てを包み込む浄化となる。
 光に包まれた彼の姿は、影になり、塵となった。
 その熱に僅かに違う温度が入り混じった風を受け、
 懐かしい抱擁を受けたように、彼女は身を預けた。
 今ここで愛の言葉など無意味だ。
 もう既に知っている想いなど。
「・・・すぐに、行くわ」
 それだけを呟いて、彼女は目を開けた。

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16997Chapter17:Amazing grace水晶さな URL2005/3/18 20:29:22
記事番号16956へのコメント

【Chapter17:Amazing grace(大いなる恵み)】

 鎮魂の歌が終わり、
 浄化の満ちた気配が、不意に澱みを起こした。
 赫怒とも憤激ともつかぬ声が、唸りが響く。
「・・・今のは?」
 天を仰いだアメリアの表情が凍りついた。
 落ちる影。
 広がる妖気。
 天を覆い始めた闇に、誰もが目を奪われた。
 捕縛結界に蔦のように絡み付き、その表皮に爪を立てる。
 硝子の軋むような音がして、結界を担う魔導士達の悲鳴が入り混じった。
「・・・出た」
 冷静な声を発したのは、サラマンディラだった。
 その声に促されてか、異形の中央――天の真中が盛り上がった。
 亀裂。
 瞼が開くように、それは2つに裂け眼球を剥き出した。
 紅に染まる邪眼を。
 見下ろす視線に、生気を奪われたように人々が膝を付く。
「直視しないで!」
 サラマンディラの声が響き、号令が伝播する。
 近付いた足音は、アメリアの前でなくゼルガディスの前で止まった。
「頼みがあるの」
 目線は彼を捉えて。
「私は――アルカトラズを砕く者。その性質だけに全てを注ぐ時、私は私を携える者を必要としなければならない・・・この意味が分かるわね?」
 ゼルガディスは、答える代わりに眉根を寄せた。
「その大役を、俺に任せると?」
「貴方はアルカトラズの『力』に触れて無事だった。素質は充分よ」
「サラさ・・・」
 呼びかけるアメリアの前で、変化は唐突に起こった。
 『力』の流れは内向きに、自身を本来の『核』の姿へと、
 両の手の甲を合わせ、天へと突き上げる。
 ゼルガディスに視線を向け、束の間微笑んだ。
『頼んだわよ』
 唇の動きだけで告げられた言葉。
 ゼルガディスがサラマンディラに向けて手を伸ばした。
 掴んだ手首が人の体温を失い、堅固な柄へと姿を変える。
 体が、波打つ剣の刀身へと、
 髪が、柄に巻かれた色鮮やかな絹の房(ふさ)へと、
 変化を終えた証であるように、刀身に古代文字が浮かび上がった。
『アルカトラズ・ソードブレイカー』
「言い忘れたが、俺は剣使いが荒いぞ」
 柄を握り締めて、ゼルガディスが口の端に笑みを浮かべた。
 彼の前で、ブルーフェリオスが主を待つように膝を折る。
 その背にまたがった所で、ようやくアメリアが発すべき名を思い出したように呼びかけた。
「ま、待って――下さい。1人で行くつもりですか!?」
「ブルーフェリオスに2人乗ると機動力が落ちるだろ」
「そういう問題じゃなくて!」
 肩を怒らせたアメリアの腕を、唐突に掴み、
「今この場で、大した負傷もせずに剣が使えて、自由行動ができるのは俺だけだ」
 抗う暇(いとま)も与えず引き寄せた。
「いい所の1つぐらい、見させてくれ」
 頭上から聞こえた声に、アメリアが身を竦めた時、
 既に獅子の足は地を蹴っていた。
 抱き寄せた時と同じく、唐突に放されてたたらを踏む。
「ゼル・・・」
 呼びかけが、羽ばたきの風にかき消される。
「――って、ます」
 震えた声で、彼女は叫んだ。
「知ってます! いい所も悪い所も沢山!!」



「目玉はどこだ」
 濃霧にも似た妖気に肺腑が締め付けられる。
 浅くなる呼吸に息苦しさを覚えながらも、ゼルガディスが目を凝らした。
『悪足掻きもヒド過ぎる』
 呟かれた愚痴に拳で答える。
 不満げな鳴き声は無視した。
 不意に剣に腕を引かれ、視線を移すと竜に似た影が濃霧の隙間から牙を剥いた。
「っ!」
 勢いのまま剣を振るう。
 頭部にめり込んだ刀身は、内側から影を焼き尽くした。
『急いで』
「分かってる」
 叱咤を含んだサラマンディラの声に、ばつが悪そうに返す。
 影の姿は、既に周囲を埋め尽くすように出現していた。
『レディス、もっと力を・・・』
 言いかけて、ブルーフェリオスは気付いた。
 先程から返答も反応も無く、気配そのものが失せている事に。
 己の身に違和感を覚える程の空虚に戸惑って、思わず進みを止める。
「ブルーフェリオス! 何してる!!」
『レディス・・・?』



 不意に肩に置かれた手の感触に、
 振り返っても誰もおらず、アメリアが眉をひそめた。
『怖がらないでアメリア、私よ』
「・・・レディス、さん?」
 幼いながらも憂いを秘めた声色に、アメリアがその名を呼ぶ。
「貴女は、ブルーフェリオスさんと一緒では・・・」
『手助けをして欲しいの』
「手助け?」
『もう一度、力が欲しいの。マスターが歌ったあの力が』
「でも、あれはバラッドの能力と・・・」
 首を横に振る風を感じる。
『大丈夫、貴女なら。マスターにより近い貴女ならきっと』
 手の甲に手の平が触れ、
『一緒に歌うわ、アメリア』
 甲から伝わる熱が全身を駆け巡った。
 呼び起こされる。
 破界結晶を砕いた時も、似た力を感じた。
 身体の奥底から湧き上がる熱を、戒めから解放するような――
『貴女なら。いいえ、この国で生まれた者ならば知っている筈』
 その清らかで心地良い旋律は、思い出さずとも唇が動いた。
 清澄なる聖歌を。


   Amazing Grace, how sweet the sound,
   (大いなる恵み、神韻の如き調べ)
   That saved a wretch like me
   (哀れな者に救いの手を差し伸べて)
   I once was lost but now am found,
   (今は見える、かつては見えなかったこの闇に)
   Was blind, but now, I see.
   (一筋の光が与えられた)


『そうよ、そのまま歌って』
 泉が涌き出るように光が溢れ、
 地に触れたそれは、国土に敷かれた五芒星と呼応する。
 光が舞う。
 歌声に導かれるように。
 天を覆う暗闇を押し広げ、穿(うが)ち、溶かすように。


   T'was Grace that taught my heart to fear.
   (恩寵は敬虔なる心を教え)
   And Grace, my fears relieved.
   (恐れから解き放った)
   How precious did that Grace appear
   (尊い恵みは私を包み込む) 
   The hour I first believed.
   (信じる事を始めた時に)


「この歌は・・・」
 先程の歌声とは違う、懐かしい声は。
 この国の者ならば、誰もが知っている音階と歌詞。
 厳粛な、それでいて清浄な空気に打たれ、
 人々は地に跪(ひざまず)いた。
 知らず、視界が滲む。
 戦傷を忘れる程穏やかな心地になり、
 指先を組み合わせて祈った。
 この歌声の主に力を添えるように。


   Through many dangers, toils and snares
   (幾多の艱難や苦難、誘惑を乗り越え)
   we have already come.
   (此処へ辿り着いた)
   T'was Grace that brought us safe thus far
   (神寵は穏やかなる道を示し)
   and Grace will lead us home.
   (帰るべき地へと導いてくれる)


 兵の声が、
 民の声が、
 歌声に連(つら)なる。
 この国に生まれた者ならば、
 誰もが無意識に口ずさめる聖歌を。
 その輪の中心に立つ娘は、
 神でもなく、救世主(メシア)でもない。
 ――希望だった。


   The Lord has promised good to me
   (主は約束してくださった)
   His word my hope secures.
   (聖詞は希望を繋ぎ)
   He will my shield and portion be
   (身は盾となり共に歩むと)
   as long as life endures.
   (その命の続く限り)


 下方から押し寄せた光に、刀身に絡み付いていた影が霧散した。
 闇を刺し通す力は、視界を開けさせ道を示す。
「・・・アメリアか?」
『レディスの声もする』
 ゼルガディスの声は驚きの為だけだったが、ブルーフェリオスのものには当惑の感も含まれていた。
 それでも進まない訳にはいかず、翼を広げて高度を増した。
『・・・いい歌ね』
 サラマンディラが懐かしげに呟いた。


   Yea, when this flesh and heart shall fail,
   (いつかは身も心も消え)
   And mortal life shall cease,
   (人としての生を終えても)
   I shall possess, within the veil,
   (私はまだ、喜悦と平穏の恩恵に)
   A life of joy and peace.
   (包まれていることでしょう)


 苦悶の声が響く。
 民の声が合わさった聖歌は、アシュタロトの身体を足元から溶解させる。
 やめろという声と共に投げ放たれた牙は、
 サラマンディラの刃が打ち砕いた。
『あんたは人間を甘く見過ぎた』
 刀身が震える。
 溢れ出す力を堪えるように。
 霧が晴れる。
 巨大な眼球が目前に迫り、ゼルガディスが剣を構え直した。  


   The world shall soon to ruin go,
   (この世界が滅び)
   The sun refuse to shine;
   (太陽が光を失おうとも)
   But God, who called me here below,
   (主は私を此処へと導いてくださる)
   Shall be forever mine.
   (私は神の元に在り続けるでしょう)


 烈風に前進を阻まれる。
 ブルーフェリオスが歯を食いしばった。
 焦りが胸中を占める。
 サラマンディラの旅は余りにも長過ぎた。
 コアの力の持続が危ぶまれる程に。
 ここで終わらせなければ全てが潰(つい)えてしまう。
 レディスが命がけで教えたように。
「――おぉおおおおおお!!」
 ゼルガディスが気合いの叫びと共に腕を振った。
 電閃。
 アシュタロトの本体に等しい眼球を剣先が貫く。
「サラマンディラ! やれ!!」
 力を振り絞る。
 アシュタロトが全力で抵抗する妖気に、
 ともすれば押し潰されそうになるのを堪えながら、サラマンディラは意識を集中させた。
 内側から絡みつく蔓を伸ばす。
 楔を打ち込む。
『・・・っ!』
 背骨を折られるような圧迫感を覚え、集中が一瞬途絶えた。
『マスター!』
 現実に引き戻したのは、ゼルガディスの詠唱だった。
「・・・御手に昇りて、悪夢を此処へ!!」
 握り締められた柄から、力が注がれる。
 無茶をする。元々別の能力を持つ剣に別の魔法を上乗せするなど。
 痺れるような感覚に、サラマンディラが苦笑した。
『・・・剣だと思って、好き勝手やらかしてくれるわ』
 刀身を伝い、拡翼しようと力を震わす。
 その力に意識を添わせ、自らの手足となるように。
 身を楔に変え、
『正義は、簡単には潰(つい)えない』
「――やめろ」
 悲鳴が切り裂くような痛みを与えても、
 四肢を伸ばして、アルカトラザイトの連結を砕く。
「やめろおおおおぉっ!!」
『英雄は、必ず勝つのよ!』
 力を、解き放った。



 破界結晶が砕かれた時とは、比較にならない光と熱。
 思わず視界を腕で遮ると、突如として吹いた烈風に吹き飛ばされた。
「アメリア!」
 地から足が浮いた瞬間、力強く手首を掴まれる。
「父さん!」
 逆光でその姿は見えなかったが、声で判断し手に縋り付く。
 腕の中に守られながら、それでも感じたのは結晶の連結が砕かれていく感触。
 かつてその手で巨大なアルカトラザイトを砕いた身には、力が分散していく様子がひしひしと感じられた。
「連結が砕けた・・・」
 呟きに、身を抱える腕が強張った事で、フィリオネルが反応した事が知れる。
「サラさんは・・・勝ちましたよ・・・」
「・・・・・・そうか・・・」
 風が止む。
 視界が開ける。
 天からは淡い白色を放つ光が降り注いだ。
 雪ではなく、結合を解除されたアルカトラザイトの微粒子が。
 今度こそ何者にも遮られる事なく、地に落ち、散った。
 天を覆っていた闇が消え、捕縛結界も消え、
 差し込んだのは茜色だった。
 西に落つる夕日が、空を染め上げている。
「・・・アメリア・・・」
 がく、とフィリオネルの膝が折れるままにアメリアも膝を付いた。
「はい」
「サラ殿は・・・勝ったのだな」
「はい」
 涙声になるのを堪えて。
 やがて空から舞い降りた獅子の背に、ゼルガディスとサラマンディラの姿が見えて、
 走り出そうとした矢先、アメリアはふと背に感じていた温度が消えた事に気付いた。
「・・・・・・レディス、さん?」
 呟きは、歓声の中に溶け消えた。

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16998Epilogue:Grand Finale水晶さな URL2005/3/18 21:29:08
記事番号16956へのコメント

【Epilogue:Grand Finale(大団円)】

 晴天に国旗が翻る。
 陽光が余す所無く大地を照らす。
 伏したまま黙祷し続けていた国王の元に、戦傷の手当もせぬまま従者が転がり込んできた。
「陛下・・・!」
 その喜色を湛えた顔が全てを物語った。


 瓦礫の山の間を人夫が忙(せわ)しなく走り回る。
 よく見ると皆、鎧を身に付けていない兵士だった。
 戦塵に塗(まみ)れたまま、それでも清々しい表情で復興作業に精を出している。
「フォルティス総帥」
「もう曹長だ。何か?」
「は、絶対安静のエレバ曹長が救護室で暴れ始めまして」
「ウルド曹長を行かせろ。2発まで殴っていい」
 律儀に復唱してから去っていく兵に苦笑して、フォルティスが再び視線を巡らせた。
 嵐が過ぎた後のような青天。あの悪夢が嘘のよう。
「・・・・・・」
 肩を回して、彼は指示の様子を確認しに歩き出した。


 気を付けていないと行き交う人とぶつかってしまう城内を歩き回り、
 やっと見つけたのは最上階のテラスの端だった。
 扉を開けて吹き込んだ風に黒髪を乱されても、直すのも忘れて駆け寄っていく。
「サラさん!」
 石造りの手摺りに腰掛けた彼女は、そよぐ風を楽しむかのように目を閉じていた。
 足音が近付くと双眸を開き、わずかに微笑みかける。
 太陽の光を反射して、時折髪のうねりがきらめいた。
「脱力しているとでも言うのかしら。長かったからね、旅が」
 アメリアが問うまでもなく、彼女は口を開いた。
「祖父が・・・陛下が貴女に会いたいと」
「もう、必要ないのよ。私の為すべき事は終わったの」
「でも、せめて皆でお祝いしたいと」
 慌てて言葉を繋げるアメリアを、片手で軽く制して、
「私のした事はね、ヒロイック・サーガに謳われるような栄誉ある事じゃないの。自分達がしでかした失態の後始末を、それこそ気が遠くなるような時間をかけてやっと終えた所。人前に出て誉められるなんて頭が痛くなっちゃうわ」
 苦笑して、手摺りから下り、少女を正面から見据える。
「次々期王位継承者、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン」
「はい」
 厳(おごそ)かに呼ばれた名に、アメリアが背筋を伸ばした。
「長らくお借りした聖獣を、この国にお返しします」
 手の平に乗せられたそれは、青い宝玉のはめられた銀の腕輪だった。
 皮膚を通して伝わる、独特の魔力。馴染んだその温かさ。鼓動。
「・・・ブルーフェリオスさん」
「中身はほっつき歩いてるみたいだから、回収しに行ってあげて」
 手間がかかって申し訳ないけど、と付け加えて。
「国宝として宝物庫に返すも、貴女の使い魔として用いるのも自由。貴女が最後に私を手伝ってくれたから、貴女に渡すわ」
 向きを変えテラスの手摺りに手を置いたサラマンディラが、息をついて大きく伸びをした。
 双肩の重みから、やっと解放されたように。
「これから、どうするんですか?」
「どうする?」
 首だけで振り返ったサラマンディラが、にっこりと笑った。
「いい加減、寝るわね。おやすみアメリア」
「サラ・・・」
 アメリアが声をかけようとした時、目の前には誰もいなかった。
 先ほどまで彼女が立っていた場所も、触れていたテラスの手摺りもそのままに。
 彼女の姿だけが、ただ。
 しばらくそこを眺めていたアメリアは、
 腕輪をはめた左手首を右の手でさすると、
 空を仰いで、閉眼した。
「――おやすみなさい、サラさん」



 元々大きくは無かった体格が、いつもより小さく見える。
 1人佇む少年の背中は、全てを拒絶するように見えた。
「やめておけ」
 歩み寄ろうとした瞬間、ゼルガディスに手を掴まれた。
「でも・・・」
「放っておいてやれ。会話すら今は苦痛だろ」
 伸ばしかけた指先を戻し、俯きがちにアメリアが頷いた。
「サラマンディラが」
 道を戻りかけた時に、ゼルガディスが思い出したように呟いた。
「・・・家族を1人にはできないと言っていた」


「レディス・・・」
 呟きが溶ける。
 空虚感を持て余して、
 溜息も喉の奥でつかえて、
 涙すらも出てこない。
「置いていかれたかぁ・・・次は僕の番だと思ってたのに」
 溜息が漏れる。
「途方に暮れるってこういう事か・・・」
「こんなに天気がいいのに、ここだけ湿っぽいわねー」
「うるさいなぁ。ほっといてよ今孤独感を噛み締めてるんだから」
「そんなもの噛み締める前に後ろを見たら?」
 声の掛け方からセリィだろうと当たりをつけて返事をしていたのだが、
 冷静になると声色が違った。
 聞き間違える筈も無い、懐かしい、声。
 首が痛みを覚える程の勢いで振り返った。
 そのあまりの勢いに、少女が驚いて身を竦める。
 若草色の髪。
 色とは対照的な涼しげな金の双眸。
 自分よりも僅かに背の高い、背に翼の生えた、
「・・・レディ・・・ス・・・」
「マスターが何の為に力を温存して戦ってたのか、知らなかったとは言わせないわよ。身体を失った私の為に――」
 言い終えるより先に、強い力で引き寄せられて、
 引きずられるままに膝を付いた。
 縋りついたまま肩を震わすブルーフェリオスの、
 その背中に腕を回して、子供をあやすように撫でさすった。
「こんな手のかかる弟、置いていける訳ないじゃない・・・」


 揃って姿を現した2人の聖獣に、
 アメリアが満面の笑みで迎えると、銀の腕輪を差し出した。
「私が貴方達を縛る事はできません。セイルーンに留まるも、外に行くのもお任せします」
 ブルーフェリオスとレディスがちらりと顔を見合わせ、
 口を開いたのはレディスだった。
「マスターの子孫って事は、アメリアも私達の『家族』よね?」
 あの、涼やかな目元が今は年相応の笑みに戻って。
「え? ・・・ええ、そう・・・なります、よね」
 反応に困って頷くと、2人同時にアメリアに飛びついた。
「よろしくね、新しいマスター!」
 呆然として、それから吹き出した。



「ねーアメリア。建て直しが終わったらさ、今度セイルーンに公演に来ていい?」
 同じ顔の娘が去り際に振り返った。
「勿論です。何なら一緒に歌いましょうか?」
「それいいね!」
 親指を立ててウインクした後、既に進んでいる仲間に追いつく為走り出す。
 メルテナが追いつくと、他の3人の娘も振り返って手を上げた。
「お元気で!」
 手を振っていると、肩を叩かれ、
 振り返ると太い腕に抱き締められた。
「あぁん、アメリアちゃんとお別れするの寂しいワ」
「・・・ベ・・・ティさん・・・」
 息も絶え絶えに腕から抜け出す。
 後方からビストと、どこかで見た顔の男が1人並んで現れた。
 アメリアの姿を見つけると、慌てて礼をする。
「アメリア様!」
「あれ・・・貴方・・・厨房のシェフじゃ・・・?」
 目をしばたたかせると、男が照れくさそうに頭を掻いた。
「実はベティさんの料理の腕に惚れ込みまして、弟子入りをお願いしたんです」
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
「腕を磨いてセイルーンに帰ってきます! 期待して待ってて下さいね!!」
 見るからに不思議な組み合わせの3人を見送っていると、ゼルガディスが姿を現した。
「・・・あのシェフ、男前でメイド達から人気があったんですが」
 去り行く後ろ姿は、既に内股になっていた。
「・・・余計なものまで学ばなければいいんですが・・・」
「多分無理だな」
 ゼルガディスが悟ったように呟いた。
「『めー』みつけた!」
 腰に衝撃が来て、振り返るとイーダが引っ付いている。
「イーダちゃん。ジャッカルさんとイシュカさんに宜しくお伝え下さいね」
 まだ小さい手を握ると、イーダが残念そうに外の方を見つめた。
「アマ(※母)がりょうりがうまくてつよいヨメをつれてこいっていってた。べてーをヨメにしようとしたら」
「・・・男性、ですからね」
 純粋に条件通りなら、確かにこの上ない候補なのだろうが。
「『めー』はりょうりうまいか?」
 アメリアが答えるより先に、ゼルガディスが首根っこを掴んで向きを変えさせた。
「下手だ。物凄く」
「しょうがない。ほかさがす」
 白猪に変じると、外に向かって駆け出した。
 その上に飛び降りたレンフィルドが、コウモリに変じて背中に落ち着く。
「・・・物凄くとまで言わなくてもいいじゃないですか」
 頬を膨らませて言うと、ゼルガディスが答えずに城内に戻り始めた。
「アメリア、貴女まだこんな所に居たんですの? 上に立つ者がウロウロするんじゃありませんわよ」
 聞き慣れた高い声が聞こえると、最後の出立者が2人連れで出てきた。
 斜め後ろから出てくるフィスは、相変わらず無言のまま会釈する程度だったが。
「お世話になりましたミルさん。フィスさんも」
「次はもっと穏やかな用事で呼んで欲しいですわね。式の招待状とか」
 硬直するアメリアの肩を叩いて、
「ちなみに私達、秋に挙式予定ですから」
 追い討ちをかけた。
「・・・・・・」
 ミルファレナとは違った意味を込めて、ゼルガディスがフィスの肩に手を置いた。
「・・・そうか、あれとか。よく覚悟を決めたな」
「決定権は元より無い」
 さらりと答えるフィスに脱力を隠し切れなかった。



「エトル。貴女しか頼める人がいないんですよ」
 ひとしきり自分の果たすべく職務を果たすと、忙(せわ)しない姫は侍女頭にすがりついた。
「アメリア様、今夜は祝賀会を兼ねた式典がある事はご存知ですか?」
 一抱えもある布袋を肩に担(かつ)いだまま移動し続ける彼女に、雛鳥のようについて回る。
「分かってます。式典にまで出てしまったらそれこそ大臣達に捕まっちゃうじゃないですか!」
 アメリアの自室まで来て、エトルがおもむろに袋を下ろした。
「忙しいんですからね。姫様にもお仕事を手伝ってもらわなきゃ」
「・・・エトル〜」
 涙声になったアメリアに手渡されたのは、国章の刻まれた旗だった。
 国外避難をしたセイルーンの住民達へ知らせる、戦勝の証。
「皆待ちかねているんですからね。さっさと近隣から遠方まで知らせ渡って下さい」
 受け取った物の意味がしばし分からず、アメリアが目をしばたたかせた。
 意味を理解したのは、旗の上に積まれた新しい旅装束。
「・・・エ、トル?」
「行きたくなければ他の者に行かせますが」
「行きますよ!!」
 叫んでから、乗せられたと気付いたアメリアが渋面になる。
 そんな王女の扱いに長(た)けているエトルが、いつものようにおどけた笑みを浮かべた。
「お連れの方は裏手門でお待ちですよ。火急なので窓から出るのを特別に許可します」
「エトル!」
 手にしていた荷物を投げ出すと、勢いのまま侍女頭を抱き締める。
 体格のいいエトルには、抱き締めるというよりもしがみつく格好になるが。
「はい」
「大好きです」
 背中で繋げられない指先が。
 この温もりが。
 この、あたたかさが。
「知ってますよ」
 力一杯アメリアを抱き締めた後、唐突に突き放す。
 肩を掴んで、向きを窓に変えさせた。
「エトル。一度だけ・・・一度だけ呼ぶ事を許して」
 送り出される度に、迎えられる度に、
 ああ、いつもこの一言を、
 言いたくて言えなかった。
「行ってきます、おかあさん」
 そして、彼の元へと駆け出した。


「行ったのか」
 静かになった王女の部屋で、
 感慨深げに父親が呟いた。
 旗を渡したのは、彼だった。
「ええ」
 侍女頭が開け放たれた窓を見つめたまま返す。
「いつまでも子供と思っているのは、儂だけかもしれんな」
「いつだってそうですよ。ある日唐突に離れていくものです」
 振り返って、微笑む。
「わたくしをお叱りにはならないのですか?」
「お前はアメリアの第二の母だ。ワシに咎(とが)める権利などない」
 少し寂しげに笑って――彼は、ゆっくりと王室へ戻った。
 静寂の部屋に再び残されて。
 エトルは静かに窓を閉めた。
 空は、祝福にふさわしく澄み渡り、
 胸の奥で嬉しさと寂しさが混じりあった事を自覚して、彼女は目を閉じた。
「・・・行ってらっしゃい、アメリア」

 そして再び、物語が始まる。
 ・・・It is not, Grand finare.


 F I N .

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16999Grand Finale [Extra]水晶さな URL2005/3/18 21:51:58
記事番号16956へのコメント

裏【Grand Finale】 設定集他没ネタ


◆セイルーン三大曹長

フォルティス=アンバーウッド(37歳)
髪:短く刈った色素の薄い金髪。瞳:茶色。他:日に焼けた肌色、筋骨逞しく礼節を重んじる武人。

エレバ=グランダリス(26歳)
髪:金髪で長髪。瞳:シアンブルー。他:背が高い優男、口調は軽薄、好戦的。

ウルド=フィオネット(27歳)
髪:首元で短く束ねた鈍(にび)色。瞳:焦茶色。他:目が大きく中肉中背、エレバのお目付け役。

⇒相手が魔族だけにそれほど活躍できなかったキャラ達。


◆マステマ

原点:告発する(堕)天使。ヘブライ語で「憎悪」、「有害な者」、「敵」などの意味。武器の原点はダーナ神族の4秘宝と呼ばれる「光槍ブリューナク」「魔剣アンサラー」「不敗の剣クラウ・ソナス」「大釜のダグダ」
小説内:腕が四本ありそれぞれに武器を持つ。不気味な笑みを浮かべた仮面(ペルソナ)を付ける。武器はそれぞれ魔族化。

⇒大釜の魔族化が一番困りました。酸の塊にした後もどうやって戦わせればいいか分からず。


◆アシュタロト(マステマの本体)

原点:ソロモンの72柱の一人。
魔界の西方を支配する大公爵。龍のような地獄の獣に乗り、右手には毒蛇を持った全身黒尽くめの天使の姿で現れる。
小説内:天を覆う不定形魔族。中心に本体として眼球。

⇒最後のアルカトラズを持ってサラマンディラとの剣戟シーンも予定していたのですが、長さの兼ね合い上カット。


★没ネタ1

ゼルガディス「大体戦隊ものみたいな名前しやがって、その内レッドフェリオスとかグリーンフェリオスとか出てくるんだろ」 
ブルーフェリオス「勝手に増やさないでよゼガルディス」
ゼルガディス「わざとらしく間違えるな! アメリア! 『戦隊』と聞いただけでときめくな悶えるな!!」
アメリア「・・・よ、呼んでる・・・」
ゼルガディス「呼んでない正義も誰も呼んでない!!」


★没ネタ2

サラマンディラ「にぎーりしめーるはせーいぎのしるし、にじゅーよじかん、たたかーえまっすっか♪」 
アメリア「ジャスティスマーン、ジャスティスマーン、スーパーヒーロー、ジャスティスマーン♪」
ゼルガディス「それ以上続けたら帰るぞ俺は!!」
アメリア「ゼ、ゼルガディスさん何で半泣きになってるんですか!?」
サラマンディラ「号泣よりも説得力があるわねー」


★没ネタ3

レディス「マスターが戦隊もの好きだったから、本当は裏コードネームがあったのよ」
アメリア「コードネーム?」
レディス「マスターがジャスティスレッドで、ブルスがジャスティスブルー、私がジャスティスグリーン」
アメリア「・・・素敵」
ゼルガディス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
レディス「アメリアがピンクでゼルがイエローになってくれたら5色揃うよね?」
ゼルガディス「やめろこっちを見るな仲間に入れるな俺はカレー好きじゃない!!」



 以上、ありがとうございました。

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17000こ、こっそりと。魚の口 2005/3/19 10:01:12
記事番号16999へのコメント

水晶さな様、初めまして、魚の口と申します。
この度は大作「Grand Finale」の完結、おめでとうございます!
こっそりとHPの方へもお邪魔しておりましたが、いてもたってもいられず
コメント投稿ボタンをクリックしておりました。
シリーズを通して拝見しておりましたが、今シリーズの最大の謎が明かされていく中、
決戦前のひとときのギャグに癒されたり、行く末を案ずるキャラ達も
出てきてハラハラしたり、画面の前で百面相を披露する事もしばしば、
迎えた大団円は本当の意味で清々しさを覚えました。
舞台裏のネタも楽しく拝見しました!脈々と受け継がれた血筋は伊達じゃない!(笑)
じゃすてぃすまんの旋律は懐かしいですね〜、どんなヒーローなのかしら(汗

今作でゼルアメは最後になってしまうのか、気になる所なのですが
これだけの大作を練り上げられた後には、別の話が書きたくなっても
仕方がないような気もするしで、やきもき。
ぜ、是非またお話の構想が浮かびましたらゼルアメも!
本音が出ました所で、では、乱文失礼致しました。

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17003有り難うございます。水晶さな URL2005/3/20 23:50:02
記事番号17000へのコメント

 魚の口様初めまして。コメント頂きまして有り難うございます。
 初の続き物という事で、他作品には手を付けずひたすらこのシリーズだけを書いておりましたが、完結までこんなに時間がかかるとは思ってもおりませんでした。欲を出してあれもこれもと詰め込んだせいなのですが(汗)。
 ともあれ大団円まで舞台を進める事ができ、やっと双肩の重みから解放されたような心地です。
 舞台裏・・・本当は本編に混ぜるつもりだったのですが、あまりに話の流れを壊すので泣く泣く諦めました。血筋はもう脈々と・・・色濃く受け継ぎ過ぎている気がしますが(苦笑)。

 当初はこのシリーズでゼルガディスも人間に戻そうかと思っていたのですが、話を練る内に焦点がセイルーンの方に移り、ついでのように戻すのも面白くないかと思い見送りました。なので2人の旅はこれからまだ続く予定です。
 折角なので新たに加わった使い魔も交えたお話が書ければ・・・と思っておりますが、いつになるやら不明なのでこの辺りでとどめておきます。
 運良く次作がアップできた際には、又お付き合い頂けると幸いです。
 ご感想ありがとうございました(^^)

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17024読み終わりました。R.オーナーシェフ 2005/4/9 16:56:53
記事番号16999へのコメント

Every day I listen to my heart
   ひとりじゃない・・・
こ、これは!この歌詞は!!
去年各方面で大絶賛され、さまざまな賞を受賞・・・・・・・
するはずだったのに大○愛になんかいろいろ取られてしまったあの歌ですね♪
そりゃ「あーたしさくらんぼ♪」とか「もう一回♪」とか可愛いと思う世間の気持ちも分からなくもないけど、絶対に平原綾香のほうが・・・・・・・・
って言う話を書く場ではなかったですね。失礼。「Night with a midnight sun」のZONEは気づきませんでしたが、今回はすぐに分かりました。
優れた作品って、たまに読者やメインキャラクターが一番嫌がる経験をあえてさせ衝撃的な状況に引きずり込むことをします。仲間だったミリーナを死なせたり、ルークの中のシャブラニグドゥを覚醒させたり。最近なら「鋼の錬金術師」で、優しいパパとして描かれてたマース・ヒューズ中佐の死かな。物語の書き手も魔王を己の心に宿さなければならないのだな、なんて感じたりするんです。自分が生み出したキャラに酷い事をしなければならないんですから。さなさん、どうやらあなたの中でもシャブラニグドゥがささやいたかな。愛し合っていたサラマンディラとアルヴァントを、あんなふうに再会させるなんて・・・。
その腐敗した肉体で、アルヴァントが微笑む。それが美しいんですね。顔はおそらくぐっちゃぐちゃ。実写で見たくないですね。でもおそらく、目や口元のかすかな微笑みの向こうに、サラマンディラはかつての愛する人の姿を見たのでしょうね。その後に、サラマンディラは、かかわってきたいろんな人たちの声を聞く。『歌って』『マスター、もう1回』『歌う時だけは別人だな』『姫様の歌に救われました』・・・・・・。見えましたね。キャラクターが。こーいう書き方ってあったんだ!って思いました。勉強させてもらいました。そのうち、どこかでパクッちゃおうかな・・・。そして、あたりに流れるバラッドの歌声。めちゃごっついフィルさんの毛むくじゃらの頬に流れる涙・・・。こんなフィルさんなかなか見れません。
やっと現れたラスボス。サラさんは変身して、アルカトラズ・ソードブレイカー。この名前聞くと、最近はロスト・ユニバースよりも、保志総一郎さんの愛車を思い出しちゃうんですよね・・・。そう名前を付けているそうな。ハートフルステーションで前に言ってたんですがね。そして仲が悪かったゼルとブルーフェリオスが協力し合うところがちょっとおかしくて、最終回だ!って感じです。そして、アメリアもサラさんの血をひいてるからバラッドの能力があったんですね。いや、それとも、セイルーンの皆の願いがそうさせたんでしょうか。皆が願い、祈り、アメリアに希望を託して、そしてそれは、叶う。そんな神々しいイメージが、ひょっとしたらずっとさなさんは持っていたのでしょうか。もう最終回も最終回、クライマックス。多分、アメリアの歌声にあわせて、画面に声優さんの名前とかスタッフの名前とか出てますかね。おお、最後は毎週見てたエンディングと違う!みたいな・・・。アメリアの歌声、みんなの祈りを背に、力を得てゼルが雄叫びをあげ、サラさんが「英雄は必ず勝つのよ」。力が入りました。
最後は静かに。舞い散るアルカトラズの粒子、射し込む夕日。とても綺麗です。
面白かったです。本当に、長い間、おつかれさまでした。



なーんてところで終わりにはしませんよ。
壁の外でウロウロしながら高笑いしていたお姉さま。魔道士数人分の代わりが可能なんですね。
さっすが。
ここもしっかりツッコんでおきます♪

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17025お疲れ様でした。水晶さな URL2005/4/12 00:14:50
記事番号17024へのコメント

 R.オーナーシェフさんお久しぶりです。コメントありがとうございます。
 約2年がかりの連載物もようやく終結を迎えました。恐らく書く方よりも読む方が大変な長話となってしまいましたが、最終話までお付き合い頂き幸いです。
 多分今回は歌詞の最初の部分で皆様お気付きになったかと・・・。「Jupiter」無しにはこの作品は完成しませんでした。シナリオ考案時にこの曲に出会えて感謝しています。
 痛かったり辛かったりする文章表現は書いていて気分が重くなるので本当苦手なのですが、今回ばかりは内容に重みを持たせたかったので、敢えて艱難辛苦に遭わせました。お陰でその章だけ書くのにやたら時間がかかりました・・・(汗)。『歌って』等の台詞は最初左詰で列記していたのですが、適当に散らしてみたら面白みが出たので・・・どうぞ使ってやって下さい(笑)。
 元はといえばセイルーンを舞台にして今までのキャラを総出演させてみたいという無謀な試みから始まったシリーズでしたが、何とか最終章で収まって自身でも驚いています。最終回っぽく感じて頂けて感無量です。
 続き物の大変さに懲りたので(汗)しばらくシリーズは控えるつもりですが、ゼルアメの旅はまだ続く予定ですので、又ひょっこり書いた時はお付き合い頂けると嬉しいです。
 ご感想本当にありがとうございました!

 ・・・壁内に放り込まれた高笑いの女性はエピローグでは既に居なくなってます。指摘する方がいなかったので、インパクトが足りなくてスルーされたかと思っていたのですが気付いて頂けて良かったです(笑)。

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