◆−オリジナル短編『ファンタジーにミステリは存在するか』事件編−山塚ユリ (2003/3/9 00:29:49) No.13497
 ┗オリジナル短編『ファンタジーにミステリは存在するか』解決編−山塚ユリ (2003/3/9 00:33:26) No.13498
  ┣Re:オリジナル短編『ファンタジーにミステリは存在するか』解決編−D・S・ハイドラント (2003/3/9 15:05:14) No.13500
  ┃┗感想ありがとうごさいます−山塚ユリ (2003/3/14 00:14:53) No.13545
  ┗ファンタジーとミステリーの微妙な関係−ブラントン (2003/3/9 23:01:49) No.13506
   ┗ブラントン様だ〜(喜)−山塚ユリ (2003/3/14 00:36:27) No.13546


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13497オリジナル短編『ファンタジーにミステリは存在するか』事件編山塚ユリ 2003/3/9 00:29:49


「ふぁんたじい?なんですのそれは」
イアチスィナーアは首をかしげた。あなたの世界のことですよ、と言いかけたがやめた。彼女にしてみれば我々の世界がファンタジー世界だ。
インターネットで「ファンタジー」をサーチ中に偶然開いた異世界とのチャンネル、これがイアチスィナーアの世界だった。最初はその世界の社会制度とか科学、医学について聞き出そうと思ったのだが、これが江戸時代とマヤ文明の会話のごとく、ちんぷんかんぷん。自分にとって当然の事柄を、全く知らない人にわかりやすく説明するのは難しいということである。あきらめた私は自分の趣味―ミステリについて話し出したというわけだ。
私がミステリについて簡単な説明をすると、イアチスィナーアはその美しい顔をしかめた。
「わたくしたちは、人の命が同胞によって奪われるような悲しいできごとを、たとえそれが作り話でもそれをなぞなぞ遊びの対象にするような趣味は持ちあわせていませんわ」
悪かったな、下賎な趣味で。
彼女の顔を美しい、と言ったが、むろん、白目と黒目の区別のない、全部紫の眼を気にしなければ、である。
色白すぎるきらいのある顔や高い鼻、上品な唇、紺色の上等そうなドレスに映える淡い黄緑の長い髪は、充分に美人の許容範囲だと私は思うのだか。
「それに魔法が使えると言っても、その技能には個人差がありますし。人間、得意不得意な分野がありますもの。そちらの世界は違うんですの?」
「魔法ではないですけどね、能力の個人差はありますよ」
イアチスィナーアは何を見て私と会話しているのだろう。私はディスプレイだが向こうは鏡か水晶球か。
「むろん、この世界にも犯罪はあります。人が多くいれば憎しみや軋轢が生まれるのは当然ですもの。でも単純なものですわ。なぞなぞの対象にはなりませんもの。現にわたくしの知り合いが殺された事件だって…」
「殺された、ですか」
「ええ、ちょうどわたくし、その場にいあわせたのですが、誰がフアンダン卿を殺したのかはすぐわかりました。それは…」
「待ってください。その事件を初めから話してもらえませんか?ただし犯人が誰だか言わないで」
「実際の事件でなぞなぞ遊びをしようっていうんですの?」
イアチスィナーアは悪趣味、と言いたそうだったが
「まあいいですわ。簡単すぎてなぞなぞにもなりはしませんし」
こうしてイアチスィナーアは話し始めた。

「その日、わたくしはフアンダン卿からゼイデビリ時代の資料を見せていただくことになっていて、卿のご自宅を訪問したんですの」
ゼイデビリ時代てのがなんだかわからんが、彼女の世界にはそういう時代があったのだろう。
「その人とは長いつきあいなのですか?その人の歳は」
「歴史館で出会って、2,3回外でお茶を飲んだだけの知り合いですの。お宅を訪問するのは初めてでした。
フアンダン卿の歳ですか?170歳くらいかしら」
いくつだよそりゃ。
「170歳というと…私より上ですか下ですか」
言い忘れていたが、私は35歳の独身中年男である。
「そうですわね…あなたと同じくらいですか。フアンダン卿の方が落ち着いて…いえ、あなたの方がお若く見えますけど」
要するに卿の方が貫禄があるというわけだ。
「お宅ではフアンダン卿が出迎えてくださって、バイロにわたくしを客間へ案内するようにと」
「あの、話の腰を折ってすみませんがバイロって何ですか」
「え?ああ、そちらの世界にはいないんですのね」
イアチスィナーアが後ろを向いて何か言うと、彼女の後ろに妙なものが現れた。等身大よりふた回りほど大きい粘土細工の人形というべきシロモノだ。
「これがバイロですわ。どこの家にも何体かいて、家長の命令にしたがって家の中のことを全て執り行ってますの」
ゴーレムの召し使いってとこか。さすがファンタジー・ワールド。
「フアンダン卿はお茶を入れさせるからと言って別のバイロと一緒にキッチンへ行かれて、わたくしはバイロに案内されて客間へ行きました。途中の廊下でフアンダン卿の奥様とすれ違って、ご挨拶しました」
「奥様ってのはどんな方ですか」
「歳は160歳くらいかしら。おきれいな方ですわよ」
「でもあなたほどじゃない」
「あら」
イアチスィナーアはくすくすと笑った。どうやら美的感覚と御婦人の自意識は、こっちの世界とたいした違いはないらしい。
「で、客間で椅子にかけて待っていると、わっという悲鳴と、ドタッという人が倒れるような音がしたんですの。わたくしは慌てて廊下に出ました。その時もう一度人が倒れる音がして、わたくしは音のした方へ廊下を急ぎました。
キッチンの入り口らしきところにバイロが一体、元の石の人形に戻ったみたいに突っ立っていました。フアンダン卿の身に何かあったな、と直感しつつ、わたくしは開いていたドアから中をのぞきこみました。案の定、フアンダン卿は頭を割られて血の中に倒れていました。奥様も隣に倒れていましたが」
「なぜキッチンに入る前にわかったんですか?」
「バイロがあの様子でしたから。ええと、バイロは家長の命令しか聞きませんでしょ。そのバイロが動かなくなっているということは家長がもう命令を出せない状況にいる、ということですの」
「え…と、二人とももう死んでいたのですか」
「あら、死んでいたのはフアンダン卿だけですわ。奥様は血を見て失神しただけ。
とにかく、バイロが入り口に立っているので、その手足の間から中をのぞくことしかできません。そしたら奥様のアドマーラが来て」
「マドマーラって何です」
「女性の身の回りの世話をする小娘ですわ。バイロではなにかと行き届かないことがありますし」
「メイド服を着たかわいい子とか」
「は?」
「いいえ、こっちの話」
「めいど服がどういう服だかわかりませんが、おせじにも器量よしとはいえない、田舎者ですわよ残念でした。で、彼女もキッチンをのぞきこむとあっと言って失神しました」
「彼女もですか」
「当然ですわ。女性は血を見ると失神するようにしつけられているのですから」
さいですか。幼児期のしつけってすごいなあ。
「フアンダン卿が本当に死んでいるのか確認したいのですが、入り口のバイロが邪魔でキッチンに入れません」
「テレポート…いや、別の場所へぱっと移動できる魔法ってのはないのですか」
「そんな便利な魔法はおとぎ話の中にしかないですわ。あったら便利でしょうにね。
とにかく、バイロをどけないといけないのですが、一度人形に戻ったバイロの重いこと。びくともしません」
「他に手を借りる使用人はいなかったのですか」
「バイロがたいていのことはやってくれますから。しかし今となってはどのバイロも家のあちこちで彫像みたいに固まってます。しかたないから庭仕事に使うビューデを持ち込んで、やっとのことでバイロの足を叩き壊しました」
ビューデがなんだかわからないが、まあそういうものなのだろう。
しかし、我々は何語で話しているのだ?このパソコンの翻訳機能はどうなっているのだ?
「ひょっとして、強盗か何かがまだ中にいる可能性もあったので、しばらく入り口で中の様子をうかがいましたが、他に人の気配がなかったので、わたくしはキッチンに入りました。
思った通り、フアンダン卿はすでに死んでいました。頭を固いもので殴られて。そばには奥様が倒れていましたがやはり失神しているだけでした。料理台のそばにバイロが一体立っていましたが、こちらもこちこちに固くなっていました。料理台の上にはお茶のセットが載せてあって湯気が上がっていたので、私はのどの渇きを覚えました。もちろん飲みはしませんが。
桃色の床に血が広がって、その中に卵が落ちていました。どうやらわたくしのために料理を作ろうとしていたようでした。白い卵と青い血のコントラストがきれいだ、なんて不謹慎なことを思ってしまいましたけれど」
この人たちの血は青いのか。もっとも、色の名前がこちらと同じ色を指しているという保証はないのだが。
「キッチンに他の出入り口は」
「通りに面したガラス窓がありますが、鍵がかかっていまして泥棒よけに鉄格子がはまっていました。今日び鍵開けのできる泥棒は珍しくありませんもの」
「体を小さくするって魔法はありませんか?それなら鉄格子の隙間を通れる」
「手がやっと通るくらいの隙間ですから、猫に化けても通れません。それ以上小さくなるのはAAクラスの魔術師でないと無理ですが、そんな魔術師は国のおかかえなのでこの街にはいません」
「キッチンの椅子とかテーブルとかに血は」
「もともと料理と配膳のためだけの小部屋ですから、そういう物はありませんの。
念のため、一通りキッチンを見渡しましたけど、普通の料理道具しかなく、鍋にもナイフにもボエイにもラントにも血はついていませんでした」
ボエイとかラントとかがなんなのかわからんが、普通の料理道具なのだろう。
「それで」
「それで終わりですわ。誰がフアンダン卿を殺したのかわかったので、衛視を呼んで引き渡しました。それだけです。ね、なぞなぞにもならない単純な人殺しですわ」
イアチスィナーアはそう言って話を終わりにした。

解決編につづく

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13498オリジナル短編『ファンタジーにミステリは存在するか』解決編山塚ユリ 2003/3/9 00:33:26
記事番号13497へのコメント

「もう一度お聞きしますが、キッチンには死んだフアンダン卿と奥方とバイロ一体しかいなかったのですね」
「はい」
「姿を消す魔法ってのはないのですか」
「ありますけど…でもキッチンの中に人が隠れている気配はありませんでした」
「外にいたバイロは完全に入り口をふさいでいたのですか」
「ええ、あの隙間を通れるのは森に住むという伝説のレイラカースくらいなものでしょう」
「で、血のついた凶器は無し」
「きょうき?」
「フアンダン卿の頭を殴った物ですよ」
「ああそれは」
「言わないでください。キッチンの中にいたバイロにも血はついていなかった?」
「ええ」
「バイロに命じてフアンダン卿を殺させる、というのは無理ですかね」
「バイロは家長の命令しか聞かない、て言いませんでしたかしら。客間に客を待たせて自殺する人がいると思いまして?」
まずいないだろうな。
「なにもないところからこん棒とかなにか、そういう固い物を生み出す魔法ってないのですか」
「そんな魔法があったら、庭からビューデを持ってきたりしませんわ」
そりゃそうだ。
「フアンダン卿は殴られてすぐ死んだんでしょうね」
「悲鳴をあげる暇くらいはありましたでしょう」
「あの声は間違いなく卿の悲鳴?」
「ですわ。ってなぜそう難しく考えるんですか。もっと単純ですのに」
単純に考えれば犯人は一人しかいない。誰も犯行後部屋から出られなかったのだから、犯人は奥方だ。しかしそれでは凶器は?血を見て失神した奥方には凶器を始末する暇も洗う暇もなかったはずだ。待てよ、失神したフリをしていたとすれば…いや、イアチスィナーアは失神していると断言した。
紐かなにか使って、奥方が手を放すと自動的に凶器が鉄格子の隙間から外へ引っ張られるという仕掛けはできないだろうか…あ、鍵閉まっていたんだっけ。
氷のこん棒とか…とける暇ないし。
「まいったな、降参ですよ。誰がフアンダン卿を殺したのか話してください」
くやしいがしかたない。
「あら、殺したのは当然奥様ですわ」
あっさり言うイアチスィナーア。だからそれはわかっているって。
「奥方は何で旦那の頭を殴ったんですか」
「卵ですわ、もちろん」
「卵?あの白くて丸くて割って食べる」
おそらく私の目はまんまるになっていただろう。イアチスィナーアは当然のごとく
「他になにがあるんです?」
「こんなもので人が殺せるんですか?」
私は指で卵を形作った。今度はイアチスィナーアが目を丸くする。
「そんな小さな物でどうやって料理を作るんです?卵といえば人の頭くらいですごく固くてラントで割らないと割れないに決まっているじゃありませんか」
それはフェアじゃない、私は叫ぼうとしてあやうくその言葉を飲みこんだ。卵というものをこちらの常識で見ていたのは私のミスだ。卵がどんなものか聞けばイアチスィナーアは教えてくれただろう。
「それで動機は。なぜ奥方は旦那を殺したんです。日ごろから仲が悪かったとか」
多少不機嫌なのは止むをえまい。
「それが原因はわたくしだったんです。家を訪ねたわたくしに奥様は根拠のない嫉妬と誤解を抱いたのですわ、くだらないことに」
イアチスィナーアはため息をついて言った。
「キッチンでフアンダン卿と言い争いになり、カッとなってそこにあった卵で殴ってしまったのですって。まったく何もありませんのにね、わたくしとフアンダン卿の間には」
「そりゃそうでしょうとも」
私は同意した。ここで一矢報いねばミステリ好きの沽券にかかわる。
「だってあなたは男性なんですから」
「あら、おわかりになってしまいました?」
血を見ても平気な、おかまのイアチスィナーアは艶然とほほ笑んだ。

END

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13500Re:オリジナル短編『ファンタジーにミステリは存在するか』解決編D・S・ハイドラント 2003/3/9 15:05:14
記事番号13498へのコメント

こんにちは・・・ラントことD・S・ハイドラントです。
・・・すみません・・・はじめまして・・・でしたっけ?
・・・お会いしたことあるような・・・ないような・・・
すみません。

タイトルに惹かれ読ませていただきました。

>「わたくしたちは、人の命が同胞によって奪われるような悲しいできごとを、たとえそれが作り話でもそれをなぞなぞ遊びの対象にするような趣味は持ちあわせていませんわ」
この世界では・・・結構そういうの多いですね。
私はあまりミステリーとかのジャンルにあまり触れてないですけど・・・。

>「歴史館で出会って、2,3回外でお茶を飲んだだけの知り合いですの。お宅を訪問するのは初めてでした。
>フアンダン卿の歳ですか?170歳くらいかしら」
この時点から、こちらと随分違った世界であるのが出てるのですね。
>桃色の床に血が広がって、その中に卵が落ちていました。どうやらわたくしのために料理を作ろうとしていたようでした。白い卵と青い血のコントラストがきれいだ、なんて不謹慎なことを思ってしまいましたけれど」
と合わせて、卵での犯行を予測させるというところでしょうか・・・。
・・・私はさっぱり分かりませんでしたが(ほとんど頭を使わない私)

にしても不思議な世界と思えますね。
蒼い血と卵が混ざってるのって想像したくないです。

>「そりゃそうでしょうとも」
>私は同意した。ここで一矢報いねばミステリ好きの沽券にかかわる。
>「だってあなたは男性なんですから」
>「あら、おわかりになってしまいました?」
>血を見ても平気な、おかまのイアチスィナーアは艶然とほほ笑んだ。
この『私』もかなり凄いですね。

・・・気になったのは卵を割る道具が、私の愛称(のようなもの)と同じってところですね。
まあこれから『卵割り』とでも呼んでください(おい)

それではこれで失礼致します。

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13545感想ありがとうごさいます山塚ユリ 2003/3/14 00:14:53
記事番号13500へのコメント

はじめまして。思い出したように出没する山塚ユリと申す者です。。
D.S.ハイドラント様って、小説の量、すごいですね。レスもこまめにつけていらっしゃるし。(見習え自分。)

>この時点から、こちらと随分違った世界であるのが出てるのですね。
ファンタジー世界と現実世界の間でこそ成立する話なんで、両方のバランスを取らなければいけなかったり。

>蒼い血と卵が混ざってるのって想像したくないです。
たぶん卵割れてないです。固いので。

>まあこれから『卵割り』とでも呼んでください(おい)
物の名前は思いつきでつけてるもんで。(てへ)
ラントって、日本語に訳そうと思えば訳せるんですよね。でも訳すとネタバレだし。アンフェアな翻訳機だ。(こらこら)
ちなみにボエイは上で食材を切る道具ですが板状じゃないのでまな板とは言わない(おいおい)ビューデがなんなのかは私にもわかりません(あのな)

感想いただけて嬉しいです。ありがとうございました




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13506ファンタジーとミステリーの微妙な関係ブラントン 2003/3/9 23:01:49
記事番号13498へのコメント

 ほぼ半年振りになりますでしょうか。お久しぶりです、山塚様。
 最近は投稿されるお姿をお見掛けすることがなく、発見したときは興奮しました。毎日チェックしていた甲斐があったというものです(^^)
 ミステリーものということで、昔なつかしの「ウニでもわかるフーダニットシリーズ」を思い出しました。


 ファンタジーでミステリーというのは鬼門……とまではいきませんが、単純に扱えるものではないのは確かでしょう。

 ミステリーの肝は読者の裏を掻くトリックであり、犯人は誰か、そしてアリバイや密室や凶器や動機の謎は……といった作者の張り巡らせた仕掛けを読者がどう解くか、エラリークイーンのようなはっきりした形としてはなくとも、ミステリー(推理もの)とはつまるところすべからく作品それ自体が「読者への挑戦状」であると考えられます。
 ですが、その対決が公平な立場で行われるのは、読者の持つ情報量が十分に与えられたとき(何から考えればいいのか)であり、またその思考の及ぶ範囲を限定(どこまで考えていいのか)されてこそ初めて成り立つものであると考えられるでしょう。
 すなわち作者の与える情報は読者の推理を広げる手助けをすると同時に、その限界をも設定してくれるものであるとみなせます。
 そしてミステリーとは、じつのところその限定度が大きくてこそ、その賞賛を得られるものです。トリックという抜け道がまさに針の穴のごとく狭く、それ以外に可能性はないときに。
 たとえばミステリーでは定番の「密室」とは、(一見)理論上犯行不可能な閉鎖空間のことを言うのであり(といっても私は本当のミステリー上の本来の定義を知っているわけではないのですが)、その「一見」という錯覚を読者に与えるために、鍵やら窓やら通気口やら通常浮かぶ可能性をつぶした上でないと真相で明らかにされるトリックの価値がありません。
 その際のつぶし方は現実世界の物理法則を中心とした論理によってなされなければならず、またトリックの方法は「常識」とまではいかないまでも一般読者が知識として持っていてもおかしくはない程度のものであることが望ましいです。たまに『名探偵コナン』などでも専門的な知識が出てきますが、そのようなものはさらっと流したり、周囲に使われたりで、肝心のトリックのキモとして使われることはそれほどありません。「知らないよ、そんなの」と突っ込まれるようでは読者は名作とみなしにくいからです。

 ところがファンタジーとはその限界を設定することが大変難しいという難点があります。代表的なものが魔法の存在。また魔物や妖精、幽霊など物理法則などあっさり無視しうる生物。また今作の場合の肝であるような、そもそも哲学や概念、認識や設定が違うということ。特に読者は現代の現実世界の人間なのに、作品中の登場人物が持つ世界観で物事を考えろというのは、よほどそれに足る情報を読者に与えていないと難しいものです。
 そしてそれらによって通常のミステリーでは使えないような反則技を使いやすくなってしまいます。たとえ作者が使わなくとも、何でもありな世界では、読者の方がその方向で推理をしてしまい、公平な推理対決とは言い難い状況に陥ってしまうでしょう。
 たとえば「アリバイトリックはテレポートの魔法を使ったから」と考えてしまうようではダメなのです。今作のように、必ずその手段を否定しておかなくてはなりません。小さくなったり時間をとめたり、無から物を生み出したりされてしまっては密室もアリバイも凶器もへったくれもありません。
 よって作者は事前にその可能性をすべてないものとしておかなければならず、結果「めんどくさい」ことになってしまいます。

 「ファンタジーなのにミステリー」は、そうした発想の飛躍を作者が事前に封じておかなければならず、いかに読者にそれを考えさせないかに腐心する必要があります。
 その点において『名探偵コナン』はじつに危うい基盤の上にたっていることがわかるでしょう。毒薬で主人公が小さくなってしまったり、どんな声も作り出せる変声機があったり。科学的突っ込みに耐えうる理論的説明がないにもかかわらず成り立つそれらの設定はまさしくファンタジーのそれに他なりません。
 にもかかわらず、コナンが解く事件のトリックは決して現実の物理法則、科学的限界を逸脱しません。もし犯人側に阿笠博士級の天才発明家がいればいくらでも解けないトリックを作れそうなのに、そのような犯人は絶対に出てくることはなく、またコナンはその可能性を考えることを決してしません。
 これは小五郎が眠っている間に事件が解決していることを疑問に思わないことと同様に、暗黙の了解として読者との協定が結ばれるよう作中の雰囲気、見せ方によって工夫しているからに他ならないのです。

 対しスレすぺはまさに典型的なファンタジーであるにもかかわらず、じつは非常にミステリーの割合が多いといえるでしょう。一巻に二話入っていることもしばしばです。
 それができるのはスレは世界観がしっかり構築されており、魔法によっても何ができて何ができないのか読者側も理解していること。また解くべき謎が基本的に「フーダニット」でありトリックではないためなのでしょう。最新刊の「セーブ・ザ・ブックス」は大変珍しくトリックが前面に出ていますが、その際にはあらかじめ冒頭でそのネタを明かしておくという約束事をきっちり守った上でのことです。
 そもそもファンタジーでトリックものをやる以上は、何らかの、ファンタジーだからこそ、ひいてはその作品だからこその奇抜なトリックが欲しいのであり、「ドアの鍵穴に糸を通して――」などとやられては興醒めこの上ありません。つまり、ちゃんといいアイデアが浮かばない限りやるべきではないのです。

 それではファンタジーで通常のミステリーと同じような精密さ、完璧さを追求した作品はできないのか。そういうわけではありません。
 私の読んでいる小説など一握りにも満たないものですが、あえてその中から勧めさせていただくのならば、ブギーポップで有名な上遠野浩平先生の事件シリーズ『殺竜事件』『紫骸城事件』『海賊島事件』(いずれも講談社ノベルス)を挙げさせていただきます。
 犯人、動機、トリック。それらすべてを(魔法もありな世界でありながらそれも含め)論理的に解き明かしていく様は本格「的」と形容するのも失礼なほどです。三作目になると犯人当てそのものを超え「人間の生き方」の方にテーマを移すほどになっています。各作品は独立していますが、世界観は共通なので一応順番通りに読まれることをお勧めいたします。




 ……などととち狂ったように書き綴って参りましたが、そろそろネタ切れのようです。
 では、本題の感想の方に。

 うーにゅ、同一名称物の設定のずれが鍵でしたか……「女性のはずなのに血を見て失神しないのはおかしい」とまでは気がついたのですが、それが動機と絡んでオチに使われるとは思いませんでした。
 といっても彼女自身が犯人なわけはないよなぁ、とそこから先に進めなかったのがまだまだ私の思考が固いです。
 「なぜかそこだけ描写が細かい」箇所は普通ヒントになっているので、料理の文章の辺りがポイントなのだろうと推測するのが精一杯でした。「白い卵」がミスディレクションだったとは……がくっ。
 でも卵が全然違うものでした、だけだと読んでる方は「なんじゃそりゃっ!」と思うだろうな普通、と予測されその後のオチで弱さを補っているあたりに手練ぶりを感じます。読後の感情がまるで違いました。

 解けなかったことの言い訳がましくツッコませていただくと、固い物を生み出す魔法はなくとも、物を固くさせる魔法(たとえば凍結魔法とか)があればたとえ卵が大きくなくとも人は殺せ……ないですか、やっぱり(T-T) 女性ですし。
 また、名前は同じでもイアチスィナーアの世界では違う物、が事前に一つでも出ていないとどうしてもズルいと思ってしまうのはやむをえないのではないでしょうか。年齢と外見のギャップ、というものは出てますが、そうではなく一般の有形のもので……です。逆にビューデやボエイといった全然こちらの世界にはないものが多く出てくるので、同じ名前なのに違う、という発想が読者としてはなかなかしにくいものと思います。

 さらっと読めるオリジナル短編、でもきっちり味があるところにさすがと思わされました。
 それでは……


(じつは「ファンタジーでミステリー」ネタは私も数年前にスレパロで一作書かせていただいたことがあります。タイトルは、なんとそのまんまな『名探偵リナ=インバースの事件簿』。こちらのBBSの常連であるみいしゃ様の『Stardustcompany』に投稿させていただきましたので、完全な一発ネタのお遊び短編駄作ですが、機会がありましたらどうぞ。
 ……こういうの書いたことある身なので、ひょっとしたら同じオチかと疑った自分が恥ずかしいです……)

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13546ブラントン様だ〜(喜)山塚ユリ 2003/3/14 00:36:27
記事番号13506へのコメント


わーいわーい、ブラントン様から感想もらっちゃった〜などと浮かれている山塚です。

> ミステリーものということで、昔なつかしの「ウニでもわかるフーダニットシリーズ」を思い出しました。
実は「ウニ――」で「りんごくらいの大きさの宝珠」とか書いていてふと「スレ世界のりんごって、こっちのりんごと同じ大きさって保証はあるんだろうか」とか思ったのがきっかけだったりします。
キーとなる物体は、実はこっちの世界とは大きさなんかが違っていた―というのをネタにした、アンフェアなミステリが書けないか…漠然とした思いつきがやっと形になったわけです。って何年ひっぱっているんだ私。

> たとえば「アリバイトリックはテレポートの魔法を使ったから」と考えてしまうようではダメなのです。今作のように、必ずその手段を否定しておかなくてはなりません。小さくなったり時間をとめたり、無から物を生み出したりされてしまっては密室もアリバイも凶器もへったくれもありません。
はい、その通りです。

> それができるのはスレは世界観がしっかり構築されており、魔法によっても何ができて何ができないのか読者側も理解していること。
世界観が構築されていて、できることとできないことが理解されている世界なら、ミステリが成立する可能性はあるわけですね。
とはいえ、今回は「その世界の常識を確固たる物にし、世界をきっちり構築する」ほどのネタでもなし、さりとて既成世界は使えない。かなり中途半端な世界になったのは確かです。

> 最新刊の「セーブ・ザ・ブックス」は大変珍しくトリックが前面に出ていますが、その際にはあらかじめ冒頭でそのネタを明かしておくという約束事をきっちり守った上でのことです。
あの話はドラマガ連載時に読んで、「本格推理物じゃないか」と感心した覚えがあります。神坂氏おそるべし。
しかし田舎の書店では文庫が見つからない〜しくしく。

> 「なぜかそこだけ描写が細かい」箇所は普通ヒントになっているので、
そうか、今度から気をつけよう。ってさりげなく書くのは苦手だったりしますが。

> また、名前は同じでもイアチスィナーアの世界では違う物、が事前に一つでも出ていないとどうしてもズルいと思ってしまうのはやむをえないのではないでしょうか。
いや、それを書くと、ネタ割りそうな気がして…(^^;)ゞ(臆病者)

できれば今度は、「意表をついた魔法の使い方」をネタにしたミステリを書きたいものですね。って何年先のことやら。
一発ネタに近いこんなモンに、まじめ&丁寧な感想書いていただき、ありがとうございました。(恐縮恐縮)




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