◆−存在理由−セス (2009/9/21 23:15:43) No.34498
 ┗Re:存在理由−フィーナ (2009/9/22 12:08:13) No.34503
  ┗Re:存在理由−セス (2009/9/23 19:14:35) No.34513


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34498存在理由セス 2009/9/21 23:15:43



我と共に滅びの道を歩み、世界を安寧に満ちた無へ導け。
 それが汝のさだめだ。


 それが、創りだされて最初に聞かされた言葉だった。









 落日の残照が、地平線に近い空を毒々しいほど見事な鮮血色に染め上げていた。
 鮮やかななかにもどこか気だるい陰りを含んだ光が振り注ぐ、黄昏時の光景の中に黙然と佇む小柄な人影が一つ。
 それは十代なかばほどの少女である。少女としては平均的な身長だろう。
鞭のようにしなやかに引き締まった痩身は、薄藍と白を基調とした軍服のようなかっちりした仕立ての衣装に固められていた。
一本の三つ編みにして垂らしたやや癖のある長い髪は、青みがかった黒。容姿は愛らしいが身に纏った衣装のせいか、どこか戦士然とした凛々しさが目立つ。
「・・・また断ち切られてしまったのね、我が魔剣は。あの虚無の刃で」
 どこか猫を思わせる、目じりが吊り上がった大きな両眼を虚空に向けたまま、娘はぽつりと独白する。
 すっと白い手袋に覆われた繊手を宙に差し出す。
「いらっしゃい・・・我が分身」
 子供に呼びかけるような、ひどく柔らかい口調でつぶやいた。
 次の瞬間、その手の中に闇が凝った。
 否、正確には黒い霧のようなものが虚空からにじみ出るように発生し、うねりたゆたいながら少女の掌に寄り集まって、何かを形作った。
 ――それは一振りの、漆黒の長刀だ。
 余計な装飾性はない。しかし闇を凝縮したような色合いの片刃の刀身が、なだらかな弧を描きながら伸びるそのたたずまいは優美にして繊細で――どこか禍々しい。
 娘は、携えた闇色の長刀をいとおしむように眺めながらしばし悄然と佇んでいたが

「シェーラ様」
 突然後方から声をかけられたにも関わらず、娘に驚いた様子はない。むしろどこか気だるげな動作でゆっくりと振り向いた。
 呼びかけた声の主――肌の浅黒い堂々たる偉丈夫は慇懃な口調で用件を述べた。
「覇王(ダイナスト)様がお呼びです。至急お戻りください」
「分かった、すぐに行く。ファリアール」
 足音も立てずにいつの間にか男が自分の後ろにいたことを驚きもせずに、娘は淡々と答えた。
 頷いた男が礼をした瞬間、その姿は忽然と消えうせた。だがそれを見ても娘はさして驚かず、ただそっと漆黒の長刀を撫でる。
「さて、帰りましょう。ドゥールゴーファ」
 そういうと、娘――覇王将軍シェーラのほっそりとした身体は、漂い始めた薄闇の中に掻き消えた。







「何ゆえ、たかが道具の名前に拘る必要がある?」
 自分の名の由来を尋ねて返ってきた主の言葉を、よく覚えている。
 自分をこの世に創生した存在、自分が使えるべき存在、自分の全てでである覇王グラウシェラーからきっぱり『道具』と宣言された。
 覇王は笑っていた。
 自分の負の感情を食いながら。失望と悲嘆を、自分の裡に生まれた痛切な思いを喰らって嗤っていたのだ。
「獣王(グレーター・ビースト)のように、主である我の名前の半分を部下である汝に与えた、という応えでも期待しておったか?」
 覇王は嗤いながらこうも言った。
 あの時の自分は何を期待して主に問うたのだろう?
 今の自分にはよく分からない。今はただ主の命令を黙々とこなすのみ。
訓練された猟犬のように、何も考えず何も悩まず言われたことを実行する、ただそれだけに没頭するようになった。
そうすることでのみ、自分をさいなむ痛みから逃れることができたからだ。









「おや、シェーラさんじゃありませんか」
 雑事を終えて、久しぶりに人間の町へぶらりと寄ってみたところ、声をかけられた。
「・・・ゼロス殿。こんなところで何をなさっている?」
「いやですね、シェーラさん。そんな堅苦しい言葉遣いしなくてもいいじゃありませんか。貴女は位で言えば、僕と同格の将軍なんだから」
「・・・」
 シェーラは黙って愛らしい顔をしかめた。
 何が同格なものか。
 彼女の眼前にいるのは、一人の青年だ。肩で切りそろえられた癖のない濡れ羽色の髪に縁取られた、白い面がにこやかな微笑に和んでいる。この青年が千年ほど前に、竜達をほぼ壊滅にまで追い込んだ高位魔族だと、気づくものはいないだろう。――少なくとも、人間には。
 位の上では同格とはいっても覇王が4体の神官と将軍を創りだしたのに対し、獣王は獣神官たる彼のみを創った――つまり覇王将軍たるシェーラは、獣神官たる彼の四分の一ほどの力しか持ち合わせていたいということになる。シェーラの表情や口調がやや硬くこわばっているのは無理もない。
「最近、覇王軍は何やら忙しそうですねえ」
 そんなシェーラとは裏腹に、獣神官はいたってのんびりと世間話でもするように話しかけてきた。
「・・・ええ、まあ」
 シェーラは顔をしかめながらも一応答える。
「実は僕も先ほど仕事を一つ終えて一息ついてたんですけどね」
「・・・写本の処理、ですか」
「ええ」
 神官は頷く。彼の任務は、主として異界黙示録(クレアバイブル)の写本の処理であることはシェーラも知っていた。最も以前は、冥王によってとある人間の護衛と監視を命じられていたらしいが。その人間というのが――
「ああそうそう、貴女も任務の最中にお会いしたらしいですね、リナさんとガウリイさんに」
「・・・っ」
 ぴくん、とシェーラの柳眉が跳ね上がる。彼の言うとおりその二人には会ったことがあるが、あまりいい思い出ではない。そのリナ・インバースという人間に自分の名をからかわれ激昂した自分は――
「・・・ええ」
 答えた声音は我ながらひどくそっけない。不快そうに柳眉をひそめたシェーラを神官は不思議そうに見やる。
「・・・ゼロス殿。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「・・・?何です?」
「我々将軍や神官は・・・主から見ればたいした価値などないのでしょうか?」
「・・・はい?」
 神官は眉宇をひそめる。しかしシェーラはそれにかまわず続けた。
「どれほど主のために身を挺して任を全うしても、『道具』として生まれたからそれが当たり前・・・そう認識されているのでしょうか、我らは」
「・・・あの、シェーラさん何かありました?」
「・・・」
 シェーラは悄然と沈黙した。
「うーん・・・」
 一方の神官は、いささか困惑したように首をかしげていたが――
「まあ、ある意味じゃあその通りなんでしょうね」
 あっさりと。
 何の悲壮感もなく、淡々と答えてみせた。
「・・・そう、でしょうか」
「ええ。元々僕たち神官や将軍は、獣王様や覇王様の側近として仕えるために生み出されてきたのですからね。己の創造主から命じられたことをこなす、ただそれだけのために」
「・・・それは・・・」
 その通りだ。
 無意味に生まれてくるだけの人間と違い、魔族は生まれたときから――否、生まれる前からその目的が定められている。
 より上位の魔に従い、矛盾に満ちたすべての存在を秩序に満ちた無へ帰すという目的が。
「・・・そう、ですね。あなたのおっしゃるとおり。」
 淡々と、何かを押し殺したような――否、押し殺しきれず微かな震えを含んだ声でシェーラは答えた。
「・・・失礼しました、ゼロス殿。では私はこれで」
「あ、シェーラさ・・・」
 呼び止める間もなく、彼女は空間を渡って姿を消した。









「見つかったんですって。赤眼の魔王(ルビーアイ)様のかけらが」
 夜の滝のようにまっすぐに背に流れる漆黒の髪に囲まれた面長の白い顔、ほっそりした体躯に優美で鮮やかな藍色のドレスを纏った美女は、明日の天気のことでも話すようにその話題を口にした。
「ほう」
 さほど驚いた様子もなく頷いたのは対面していた女性である。
 こちらは色鮮やかな金髪を短くまとめ、女性にしては大柄な体躯を固める服装もごく簡素で実用的だ。しかし美しい。それも硝子細工のような繊細で脆弱な美ではなく、優美でしなやかな肉食獣のような印象を受ける麗人である。
「今覇王軍は、どうにかしてそのかけらを覚醒させようと躍起になっているみたいよ」
「そうか。しかし、よく見つかったものだな」
「部下が人間の魂を蝕む魔剣を創って、それをあちこちにばら撒いていたそうよ。最もその部下は滅ぼされてしまったそうだけど。確か覇王将軍シェーラって名前の。」
「・・・!」
 それまで黙して控えていた、漆黒の法衣を纏う青年が伏せていた白い面を上げる。
「・・・どうした?」
 己の部下の様子に、黄金の髪の主が訝しげな声をかける。
「・・・いえ。何でもありません」
 
 平静を装って法衣を纏った青年は答える。
 再び面を伏せた彼の胸中に、以前シェーラと交わした言葉がよぎる。
「・・・」
 
 闇の種族の、唯一無二の存在理由(レゾンデートル)。
 それは、魔族にとって矜持であり使命であり――束縛でもあるのだ。
 それでも自分に望まれたことを果たすことのできた覇王将軍が、虚無に帰す最期の瞬間に微笑を浮かべたことを獣神官は知らない。


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34503Re:存在理由フィーナ 2009/9/22 12:08:13
記事番号34498へのコメント


私こんな時間から何PCやってるんでしょうか?
と思いながらも、こんにちは。セスさん。
>我と共に滅びの道を歩み、世界を安寧に満ちた無へ導け。
> それが汝のさだめだ。
彼らの最終的な望みは、すべてを完全な秩序である無に帰すこと。
創りだされた瞬間。創りだされる前から、決まっている魔族の理。
>「・・・また断ち切られてしまったのね、我が魔剣は。あの虚無の刃で」
> どこか猫を思わせる、目じりが吊り上がった大きな両眼を虚空に向けたまま、娘はぽつりと独白する。
> すっと白い手袋に覆われた繊手を宙に差し出す。
>「いらっしゃい・・・我が分身」
> 子供に呼びかけるような、ひどく柔らかい口調でつぶやいた。
自らが創った存在であるからでしょうか。部下に対するものとはまた、違った愛着みたいなものがあるんでしょうね。
>「獣王(グレーター・ビースト)のように、主である我の名前の半分を部下である汝に与えた、という応えでも期待しておったか?」
> 覇王は嗤いながらこうも言った。
覇王にしてみれば、シェーラたちは自らの手駒にしか過ぎない。そういう認識なんでしょうね。
>訓練された猟犬のように、何も考えず何も悩まず言われたことを実行する、ただそれだけに没頭するようになった。
>そうすることでのみ、自分をさいなむ痛みから逃れることができたからだ。
シェーラは、魔族としては真面目な性格なんですよね。
ゼロスやラギアソーンのように変わり者じゃない分、余計に主の命令に応えようと・・・
>「ああそうそう、貴女も任務の最中にお会いしたらしいですね、リナさんとガウリイさんに」
>「・・・っ」
> ぴくん、とシェーラの柳眉が跳ね上がる。彼の言うとおりその二人には会ったことがあるが、あまりいい思い出ではない。そのリナ・インバースという人間に自分の名をからかわれ激昂した自分は――
もしかしてその直後に覇王にきいたんでしょうか。
ベルに近づいたのも、彼女の負の感情につられてだけではなく、自分の姿と重ねてベルにドゥールゴーファを貸し与えたのかもしれません。
> 闇の種族の、唯一無二の存在理由(レゾンデートル)。
> それは、魔族にとって矜持であり使命であり――束縛でもあるのだ。
> それでも自分に望まれたことを果たすことのできた覇王将軍が、虚無に帰す最期の瞬間に微笑を浮かべたことを獣神官は知らない。
シェーラは主に命じられたことを全うできて、道具としてではなく『部下』として滅ぶことが出来たと思いたいです。人間にとっては迷惑な話ですけど。

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34513Re:存在理由セス 2009/9/23 19:14:35
記事番号34503へのコメント

どうも、フィーナさん。
毎回コメントありがとうございます。
>
>私こんな時間から何PCやってるんでしょうか?
>と思いながらも、こんにちは。セスさん。
>>我と共に滅びの道を歩み、世界を安寧に満ちた無へ導け。
>> それが汝のさだめだ。
>彼らの最終的な望みは、すべてを完全な秩序である無に帰すこと。
>創りだされた瞬間。創りだされる前から、決まっている魔族の理。
>>「・・・また断ち切られてしまったのね、我が魔剣は。あの虚無の刃で」
>> どこか猫を思わせる、目じりが吊り上がった大きな両眼を虚空に向けたまま、娘はぽつりと独白する。
>> すっと白い手袋に覆われた繊手を宙に差し出す。
>>「いらっしゃい・・・我が分身」
>> 子供に呼びかけるような、ひどく柔らかい口調でつぶやいた。
>自らが創った存在であるからでしょうか。部下に対するものとはまた、違った愛着みたいなものがあるんでしょうね。
あの剣はシェーラの一部、ですから。
>>「獣王(グレーター・ビースト)のように、主である我の名前の半分を部下である汝に与えた、という応えでも期待しておったか?」
>> 覇王は嗤いながらこうも言った。
>覇王にしてみれば、シェーラたちは自らの手駒にしか過ぎない。そういう認識なんでしょうね。
なんか、獣王様は部下思いなイメージあるけど、覇王様は正反対な感じがしたので。
>>訓練された猟犬のように、何も考えず何も悩まず言われたことを実行する、ただそれだけに没頭するようになった。
>>そうすることでのみ、自分をさいなむ痛みから逃れることができたからだ。
>シェーラは、魔族としては真面目な性格なんですよね。
>ゼロスやラギアソーンのように変わり者じゃない分、余計に主の命令に応えようと・・・
>>「ああそうそう、貴女も任務の最中にお会いしたらしいですね、リナさんとガウリイさんに」
>>「・・・っ」
>> ぴくん、とシェーラの柳眉が跳ね上がる。彼の言うとおりその二人には会ったことがあるが、あまりいい思い出ではない。そのリナ・インバースという人間に自分の名をからかわれ激昂した自分は――
>もしかしてその直後に覇王にきいたんでしょうか。
>ベルに近づいたのも、彼女の負の感情につられてだけではなく、自分の姿と重ねてベルにドゥールゴーファを貸し与えたのかもしれません。
>> 闇の種族の、唯一無二の存在理由(レゾンデートル)。
>> それは、魔族にとって矜持であり使命であり――束縛でもあるのだ。
>> それでも自分に望まれたことを果たすことのできた覇王将軍が、虚無に帰す最期の瞬間に微笑を浮かべたことを獣神官は知らない。
>シェーラは主に命じられたことを全うできて、道具としてではなく『部下』として滅ぶことが出来たと思いたいです。人間にとっては迷惑な話ですけど。
>
フィーナさん。感想ありがとうございました。

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