◆−不自然な日々(1) (注:ゼロリナです)−マツリ (2009/1/30 04:19:42) No.33914
 ┣不自然な日々(2)−マツリ (2009/1/31 07:59:52) No.33921
 ┗不自然な日々(終)−マツリ (2009/2/3 01:01:21) No.33931
  ┗Re:不自然な日々(終)−梢 (2009/2/7 09:43:07) No.33933
   ┗感想ありがとうございました−マツリ (2009/2/9 00:34:23) No.33935


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33914不自然な日々(1) (注:ゼロリナです)マツリ 2009/1/30 04:19:42


はじめまして。よろしくお願いします。
注:ゼロリナです。しかも暗いです。誰も彼も暗くてごめんなさい。

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 少しささくれた窓枠の向こうが、おぼろに白い。それなりの金額を払ったこの部屋の中でさえ、震えがくる寒さだというのに、ガラスは水滴で曇っていた。今、外になど出たら、確実に骨まで凍えてしまうに違いない。あたしは冷たい感触に眉をしかめながら、指でガラスをきゅっとぬぐった。
 指一本分、ぬぐわれたそこに映ったのは、さらに白く青い世界だった。
 ――雪。
 これは、夢だ。あのときの夢だと、その只中にいながら、すぐにわかった。
 そうだ。だからこの一瞬後に、曇ったままのガラスに流麗な文字が浮かび上がったときにも、あたしは驚かなかった。
 『こんばんは、リナさん』
 同時に、背後ににじむように現れた気配に、あたしはゆっくりと振り向いた。
 「今、何時だと思ってるのよ」
 視線の先に立つ男は、あたしの剣呑な口調にも動じずに、さらりと礼をした。いまいましいほどに鮮やかで、静かな仕草だった。
 「真夜中の散歩のお誘いに来ました」
 その言葉は勧誘ではなく、ましてや脅迫ですらもなかった。そこにあったのは、既に決まった事実を確認しているにすぎない、そんな響きだった。腹立たしいことに、こいつは、あたしがいやと言えないことを知っている。さらに腹立たしいのは、彼がそのことに対して優越感も、それ以外の何でさえも感じていないことだった。
 「誘うも何も、まどろっこしいことやってないで、さっさと空間移動なりさせればいいじゃない」
 いらいらとあたしが言うと、ゼロスは笑顔のまま首をかしげた。
 「これでも、あなたに敬意を表したつもりなんですがね」
 あたしは顔を背けた。人間に敬意を示されて喜ぶ虫が、どこにいる? ゼロスがあたしを認める発言をするつど、あたしは苛立ち、傷ついていく。それを見たところで相手が何も感じないにしても、今の表情を見られたくはなかった。
 「どうぞ、リナさん」
 あたしは不機嫌なまま、ゼロスに手をとられた。

 次の瞬間、目前に広がったのは、どこまでも白く、うっすらと青を含んだ雪原だった。
 空気は、痛いくらいに冷たく、澄んでいた。全ての温もりを拒絶するかのような、圧倒的な白。その中でのあたしは、あまりにちっぽけだった。
 「ああ、寒い、ですよね」
 ゼロスが、空気を乱さぬままに、あたしをマントのなかにくるんだ。
 そして、あたしの耳に唇を寄せた。
 「……」
 そのとき、ぎりぎり触れることのない距離で紡がれたはずの言葉が、急に遠くなっていった。同時に、視界を塞いでいた黒い髪も、引きしぼられるように小さくなる。舞い上がる鳥なら、このような感覚を覚えるのかもしれない。
 そこで何が語られたのか、あたしは覚えている。覚えているままに、あたしは夢から浮かび上がろうとしていた。
 あたしの意識は、夢の底から高く遠く舞い上がり、消える直前に、残像のような光景――雪原に佇むゼロスと、彼のマントの中のあたしの姿――を見た。
 境を接していた夜空よりもなお昏いその姿は、まっさらな白布に落ちた、不吉な黒い染みのようだった。

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33921不自然な日々(2)マツリ 2009/1/31 07:59:52
記事番号33914へのコメント

 目覚めたあたしは、初夏の日差しに射られた目をしばたたきながら、ぼんやりとその夢を反芻していた。肌を刺す冷気、温かさも冷たさも感じなかったマントの中の腕、あっさりと明かされた思惑、あたしが決意したこと…そこまで辿ったところで、やわらかい声が、あたしの心を夢から引き離した。
 「起きてらしたんですね、リナさん」
 あたしは突然現れた声の主を見ずに、ベッドから身を起こして、もつれた髪を顔からすべり落とした。
 「夢を見たわ」
 「夢、ですか?」
 ゼロスはあたしの髪をそっと手にとると、軽くすき始めた。
 「あのときの夢。わざわざ、さっむいとこに連れて行かれて、魔族の都合聞かされて、さあ一緒に来てくださいってごきぶりのよーな黒いやつに言われた、そういう夢よ」
 「ごきぶりって…リナさんひどい」
 手を一瞬も止めることなく、ゼロスはいじけた表情と声だけで応対し、すぐにいつもの笑顔に戻った。あまりの空々しさに、怒りすらわかない。
 ある夜、突然現れたこの男に、人里離れた雪原に連れていかれ(あたしは未だに、あの場所がどこにあるのか知らない)、あたし自身の抹殺計画を聞かされ、そのうえで、今戦うか、それとも実行の命が下るまで猶予を与えられ共に行動するか、二者択一を迫られ。
 戦い、生き延びる力を得るために、あたしは後者を選んだ。ゼロスと共に過ごしながら、ゼロスに負けない方策を探る日々を。
 魔法力研鑽のための行動の自由をあたしは主張し、彼はそれを認めた。ゆえに今もあたしは、人界から隔絶された場所に幽閉されることなく、旅のさなかにある。それは、故郷を出てからの生活とほとんど変わらなかった。ただひとつ、魔族と常に生活を共にする、という不自然な点以外は。
 「でも、」
 ゼロスが思い出したかのように、付け加えた。
 「あのときのリナさん、すごくきれいでしたねえ。雪の中で鮮やかに咲く、薔薇のようでした」
 うっとりとしたその声に、あたしは一瞬戦慄した。真白い雪に広がる、大輪の薔薇の花びらのような、鮮血。言葉と同時にゼロスが思い描いた真のイメージを、あたしは正しく感じ取った、と思う。これまでも時折感じていた、まるで雛鳥を前にした猫が喉を鳴らしてでもいるような、瘴気にも似た暗い喜びとともに。
 沈黙が訪れ、あたしの髪がふわふわと空気を乱す気配だけが伝わった。
 「…それにしても、」
 また、ゼロスが口を開いた。
 「一度聞いてみたかったんですが、どうして、僕について来てくださったんですか?」
 「あんたね、一緒に来なければその場で消すっていう態度とっといて、何が『どうして』よ」
 「でも、リナさん、脅迫されたから仕方なく…なんてこと、思ってなかったでしょう? 僕にも、あの成り行きは少々意外だったんですよ? 不本意ながら、あの場であなたを滅ぼすことになるんだろうな、と思っていたくらいですから」
 「そんなにあっさりと死んでたまるもんですか。だいいち、あんな寒いところで戦うなんてイヤだし」
 「…それでこそ、リナさんです」
 奇妙な間のあとに、ゼロスは笑った。その手に絡みついたままの髪を、顔を背けたあたしは乱暴に引張った。
 「あんたこそ、どうしてこんな、ままごとみたいなことをしようと思ったの」
 漫才のような会話(は、かつてと同じだったとしても)、ぎこちない抱擁や睦言を交わしながら時を過ごすことが、この魔族にとって何の意味があるのか、あたしにはわからない。
 「お話ししたとおり、リナさん、あなたを『確保』もしくは『抹殺』する、そこまでは上の方の命令です。でも、それだけじゃあ僕もつまらないですし。試してみたかったんですよ。僕の精神(こころ)が動くのか、もし動くならどのようになるのか」
 それで、試してみてどうだったの、とは、聞けなかった。
 「付き合わされるほうにとっては、迷惑な話よね!」
 これだけ言うのが、あたしには精一杯だった。一番に欲しいと思っているものは、得てして最後まで口に出すことができないもの。いつだって、そうだった。
 ゼロスは微笑んだまま、あたしの頬を撫でた。幾度となく繰り返された動作なのに、それ以上の行為だってとうに許しているというのに、それでも、触れられたそこが赤く、熱をもつのがわかった。
 「…何よ」
 「何でもありませんよ」
 あたしは手をあげ、ゼロスの頬に軽く触れた。われながら、つたない仕草だと思った。

 そのときゼロスの手がすべり、あたしの肩を後ろから包み込んだ。あたしの髪に顔をうずめたまま、ゼロスは優しく囁いた。
 「リナさん、またあの場所へ行ってみませんか」
 「今はまだ、雪なんて降ってないでしょ」
 わずかに、間があった。
 「それでも…それだから、行きませんか」
 …あたしは平静を保とうとして、少し失敗した。声が、わずかに震えた。
 「命令が、下ったのね?」
 ゼロスは答えなかった。代わりに、あたしに手を差しのべた。

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33931不自然な日々(終)マツリ 2009/2/3 01:01:21
記事番号33914へのコメント

 記憶の中で真白だったそこは、緑に覆いつくされていた。あのときには、あたしたちの世界の延長上にあるとは思えない、死の世界のような美しさを見せていた平原が、今は、さやさやと鳴る若草や、ところどころに群生する小さな花から匂い立つ生の気配に満ちて、泣きたいくらいに愛らしかった。
 ゼロスはごく自然に腕を解き、あたしから数歩、距離をとった。
 「おふざけの時間は、終わり、と。ようやく、あたしたちの正しい関係に戻ったってわけね」
 自分が今、どんな顔をしているか、わかっていた。威勢のよい言葉に、不敵な笑い――いつものあたしの顔。それがたとえ強がりにすぎなくても、今のあたしを支えるものは、これしかないのだ。
 「正しいかどうかは僕にもなんとも言えませんが…まあ、魔族と人間という立場を考えれば、これが本来の状態であることには間違いないでしょうね」
 淡々とした口調で、ゼロスは答えた。
 彼の顔にあるのは、いつもの笑みだった。目の前に何があろうと、決してそれを映しだすことのない、からっぽの笑顔。
 あたしは自分が今、笑い出したいのか、それとも大声で泣きわめきたいのか、わからなかった。
 息すら苦しくなるような沈黙が、重い。しかし、何か言葉を紡ごうとして口を開いても、途端に動かし得ない現実がなだれ込み、窒息してしまいそうで、あたしは何も言えなかった。
 いつも、今のあたしたちは、かりそめのものにすぎないと思っていた。こんな日々が続くはずもない、すぐにも消えてしまうはずだ、と、そう思っていた。それが今日、明らかになっただけだ。わかりきっていたことが、起こった、それだけ。
 なのに、背骨を抜かれたようなこの空しさは、何なのだろう。この悲しみは。絶望感は。
 自分が魔族にとってどんな存在なのか、嫌というほど感じながら、それでも希望を捨てられなかったのだ、魔族そのもののこの男に。今になって、そう気づいた。
 叫んでもいないのに、のどが痛い。この空気が、この瞬間が、全てがあたしを追いつめ責めさいなんでいる。何もかもが、あたしのなかで暴れまわって、痛い。

 「でも、」
 唐突にゼロスが口を開き、沈黙が破られた。
 「でも、昨日までのリナさんと僕が、どんなに不自然な関係だったとしても、そんな不自然なことを一生懸命積み重ねてきたリナさんが、僕は好きでした」
 魔族でしかあり得ない眼前の男は、そう告げた。
 表情は変わらない。声も平らなままだった――だけど。
 必要のない嘘はつかない、憎らしいほど合理的な魔族であるゆえに、あっさりと紡がれたその言葉は真実なのだと、あたしにもわかった。
 あたしはちょっとぎこちなかったけれど、微笑んだ。
 「あたしも…あんたとの不自然な日々が、愛おしかったわ、ゼロス」
 「そうですか」
 彼の返答は短かかった。
 ゼロスの顔は、いつものまま、変わらない。こんなときにどんな顔をしたらいいかなんて、彼には今まで知る機会などなかったのだ。それに思いあたると、あたしは少しだけおかしくなった。
 「何を笑っているんです?」
 とまどったようなゼロスの声が、またおかしくて、あたしのくすくす笑いは大きくなった。おかしくて、悲しくて、愛おしくて、目に涙がにじむ。
 「…不自然でも、確かにあったんですよ」
 少しぼやけたゼロスは、いつもより優しく見えた、ような気がした。
 「何が?」
 「リナさんと僕が共に在った、という事実は。それがどんなに不自然で愚かなことであったとしても、消してしまうことは、もうできないんです」
 「そうね」
 今度は、もっと普通に笑うことができた。苛立ちやぎこちなさを抱えたまま過ごした日々そのものが、不自然な日々を重ねていたそのことこそが、求めていた答えだったのだ。望んだものをすでに手に入れていながら、気づくことなく希望を抱き続けていたとは、笑うしかない。
 笑うしかないけれど、それでも嬉しかった。あたしは素直に微笑んだ。
 「今日あんたとあたしのどちらが滅んでも、これまでの日々を奪うことは、だれにもできない」
 「だから、始めましょう」
 「わかったわ」
 ゼロスは笑みをたたえた顔と錫杖とをあたしに向け、ゆっくりと言った。
 「リナさん。愛しています」
 人のやり方で愛を告げるその顔は、苦痛にゆがんでいるようにも、歓喜に震えているようにも見えた。
 「あんたを、滅ぼしてあげるわ。ゼロス」
 あたしも、告げた。魔族の愛を。自らにとっては、痛みにしかならない言葉を。

 そうしてあたしたちは、これまでになく、自然に笑いあった。

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33933Re:不自然な日々(終)2009/2/7 09:43:07
記事番号33931へのコメント

素晴らしいお話を読ませて頂けてすごく幸せな気持ちになりました(*^o^*)

暗く美しい愛や相容れることのない想いの切なさといった、ゼロリナならではの魅力が最大限に表されてて、とても素晴らしかったですo(^-^)o

…本当はもっともっと伝えたい感激や気持ちがあるのですが、私の文章力が拙くにマツリ様にそれを伝えられないのが残念です(>_<)

次回作も楽しみにしています。

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33935感想ありがとうございましたマツリ 2009/2/9 00:34:23
記事番号33933へのコメント

はじめまして。
読んでいただけただけでもありがたいのに、過分なお言葉までいただき、嬉しいを通り越してうろたえております(笑)。

>暗く美しい愛や相容れることのない想いの切なさといった、ゼロリナならではの魅力が最大限に表されてて、とても素晴らしかったですo(^-^)o

ここのところを読んでふと思いましたが、梢さまご自身、創作されているのでは?と…失礼なことを申し上げてごめんなさい。でも、ゼロリナの魅力を的確に表現されていたので、なんとなくそう感じまして。
もし、作品を発表されている場をお持ちでしたら、ぜひ読ませていただきたいです。

それでは、ありがとうございました!

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