◆−紫煙の幻想 21−とーる (2006/7/16 23:33:08) No.32632
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32632紫煙の幻想 21とーる 2006/7/16 23:33:08







―色彩―










これは、油断。
今のこの状態ではまさにそれだけしか
当てはめられるべき単語が他にはないだろう。
まさかあの浄化に直撃されて、なお最期の最期を
掴み取れるとはまったく思っていなかったのだから。

直撃されていない自分も束縛されたほどの力。
そう思わない、そう思えない方がおかしい。

―――・・・ちっ・・・やはり動けないか・・・

腕を動かそうとしたゼロスは苛立たしげに内心舌打ちする。
呪縛だけががこもっている虚無の刃は
ふと急激に闇を増して自分へと迫ってきた。
未だに浄化が解けきれない今の自分にはアレを
完全には受けきれられないだろうと思う。

ただの人間ならば消滅するだろうが、
高位魔族であるゼロスは多少のダメージを受ける。
多少といえど、あれ程のものならば一時的に
物理的干渉が出来なくなるかもしれない。

―――ちっ・・・

もう一度ゼロスは舌打ちをした。





ほんの数日前主が造り出したのは
己の名の半分を与えて“ゼロス”と名づけた“自我”。
他の将軍なども造らず、1人だけ造った部下に
相応に蓄えられた力を与えた。

だから“獣神官ゼロス”は他の神官も将軍も寄せ付けない。










我が名は、獣神官ゼロス










意識をアストラル・サイドへと瞬時に切り替える。
そうだ。
別に無理をして動く必要などなかったのだ。
アストラル・サイドへ移動してしまえば
後は空間を渡ってしまうだけだ。
ふっと口はしに笑みを乗せる。
背後の空間を切り裂いた虚無を見据え―――。





ぽたり





何か落ちる音。
いや、こぼれた音。



ぽた、ぽたり



1つこぼれてはもう1つこぼれ落ちる。
こぼれるものは次から次へと止まらない。
それが水滴だと気づく。

深色の水滴。

水滴をこぼす線が緩やかな円弧を描いて、
そこに穏やかな微笑みが表れた。

風に流れる黒のおかっぱの髪。
澄みきった紫苑の双眸。
しかし放つ光は弱々しく薄くなっている。


「ゼロス?」

「―――な・・・・・・?」


優しく名前を呼ばれた事にゼロスは驚愕を返した。
微笑みはにっこりとしたものになる。
これまで見てきた中で1番嬉しそうにルヴィリオは笑っていた。


「ふふ・・・良かった・・・」


ふいに指先から杖が離れてからんと地に落ちた。
そしてまたこぼれる鮮やかな紅の水滴。
水滴がこぼれるのは口はしからだけではない。
肩や背中などからも伝って落ちる。



ぽたり、ぱたり



落ちる水滴はいつしか水溜りになった。
鮮やかすぎる血の水溜りだ。


「間に合ったねゼロス」

「・・・貴様・・・は・・・」

「君が・・・無事で良かった・・・」


虚無の刃をその背に直に受けたルヴィリオは
ゼロスに向かって嬉しそうにそう言った。





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32736紫煙の幻想 22とーる 2006/8/26 20:41:57
記事番号32632へのコメント






―独り言―










「な……貴様、何故……!!」

「…何故、だろ……魔族の君、アストラ…
 サイドへ、逃げられた…ね」

「……貴様……」


目が見開く。
つまりは魔族であると見破っていたと
いうというのか、この人間は。

それは、いつから。
それは―――最初から……?

ずるりと地面に崩れ落ちたルヴィリオは
荒くも弱々しい呼気を繰り返す。
そのたびに口内から頬へと赤い糸が何本も伝い落ちた。


「な、ぜじゃ…ないな……。ほんと…は、
 君に執着し……わけ…分かっ…て、……」

「執着―――?」

「分かって……た……」


ルヴィリオは紫苑の瞳にずっと空を映している。
言葉も話しかけるそれではなく
ただただ独り言のように。

血に濡れた唇が緩く弧を描く。
それにゼロスは何故か苛立ちを感じた。


「ね…ゼロス……
 ど、して…そのすが…た……?」


ふいに相貌が空からゆっくりと横にずれて、
その紫苑の中にゼロスを映す。
力のなかった手の平が浮き上がり頬を撫ぜた。
そんな問いに答える気は毛頭なかった。

そのはずなのに口が勝手に動く。


「こんなものに意味などない」

「はは、やっ…ぱり……そう、だ…よね……。
 でも…わた、し…には…ひつぜ……」

「……必然だと……?」


何故、自分は死にゆくだけの無力で愚かな人間に、
問いかけてばかりいるのだろう。

しかしルヴィリオはそれに答えずに、
またゼロスに力なく笑みながら問いかけてくる。

その笑みは、何だ。


「ゼロス…は…私を……ころ…し……?」

「―――獣王様に与えられし使命は、
 『計画遂行の為に邪魔となる力持つ人物がいる。
 その人物を割り出し、断定しだい報告せよ』―――。
 私に、殺せ、という使命は下っていない」

「全て必然……。君のすが、た……
 昔…守れ、なか、子と同じ…、っ!!」



ごほッ!



一瞬だけ呼気が赤い霧となる。
頬を撫ぜていた手から熱が徐々に消え、
ぱたりと地に落ちると瞳の光が少しずつ遠くなっていく。

しかし浮かぶ笑みは消えない。

この浮かんでくる焦燥のようなものは、何だ。
自分のものなのに思考が理解出来ないのは何故だ。


「…あの子…まも、れなかった…から…
 たしの、力は…代償…の、力……」


まるで自嘲のような、
受け取る相手がいないような独り言。


「……こ、れに…呑みこ…れず…いたら、
 あの子は…き、っと……だいじょ…だった…のに…」





声が掠れる。





「レイ…闇…呑みまれ…ちゃいけ、な……
 あの子…ために…なら…な……」





薄れる光。





「と、めら、なかっ…
 ガウリ、ス、リオナ……レイを…」





もう何も映らない。





「…ロス……さい、ご、君の盾…
 なれ、よか…っ…とえ…、君…にく、い闇で、も…」





―――答えはもう聞ける事なく。





「ルイ…ごめん…ね……?」





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