◆−連載再開! 虚ろの中の蒼き影 3話−朱姫 依緒琉 (2005/4/14 10:33:48) No.31367
 ┣ちょっとした番外編−朱姫 依緒琉 (2005/4/14 10:35:13) No.31368
 ┣虚ろの中の蒼き影 4話−朱姫 依緒琉 (2005/4/14 10:36:03) No.31369
 ┣虚ろの中の蒼き影 5話−朱姫 依緒琉 (2005/5/2 08:14:37) No.31414
 ┣虚ろの中の蒼き影 6話−朱姫 依緒琉 (2005/5/2 08:16:19) No.31415
 ┣虚ろの中の蒼き影 7話−朱姫 依緒琉 (2005/5/6 08:19:16) No.31426
 ┣虚ろの中の蒼き影 8話−朱姫 依緒琉 (2005/5/9 08:20:35) No.31436
 ┣虚ろの中の蒼き影 9話−朱姫 依緒琉 (2005/5/9 08:21:26) No.31437
 ┗虚ろの中の蒼き影 10話−朱姫 依緒琉 (2005/5/13 08:47:14) No.31447


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31367連載再開! 虚ろの中の蒼き影 3話朱姫 依緒琉 2005/4/14 10:33:48


 こんにちは、お久しぶりの朱姫 依緒琉です。ご無沙汰でした。
 さてさて、お待たせしました、やっとの続きです。・・・・いや、一体何人の人が待っていて下さったのかはわかりませんが。
 と、まあこのあたりにしておいて、早速本編をどうぞ!



  虚ろの中の蒼き影


 3 ただ平穏を望む少女

「命を・・・・守る?」
 フィーアが不思議そうに呟いた。
「うん。お母さんがそう言ってた。昔、『シドさん』って人からそう言われたんだって。」
「・・・・・・お母様に、会わせていただけませんか?」
 ラズリは、少し考える。
「ん〜・・・・・・・下の食堂が終わってからなら、大丈夫だと思うよ。でも、どうして?」
「私は・・・・・・・・・シドの縁者です。今は、シドの足跡をたどって旅をしているので、気になって。」
 ラズリは、納得したように頷くと、階下へ降りていった。それを見届けて後、リナがぽそりと言った。
「フィーア・・・・・・・・あんたやっぱり役者だわ。」
「そんなことはありません。ただ・・・・」
 フィーアは言いよどむ。
「ただ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・生きるためには、必要でしたから。」
 皆は押し黙った。なるほど、常に人の目を気にして生きねばならなかったフィーアにとっては、『演技』や『嘘』も、身を守る道具の一つだったのだろう。
「ああ、大丈夫ですから!今こうして、私はここにいるのです。だから、何も気にする必要はありません。」
 フィーアは、優しい。時に悲しくなるほどに。つらいときはつらいと、そう言えばいい。アメリアは、フィーアにそう告げたことがある。しかし、そのときもフィーアは微笑んだのだ。あの、悲しいほどに優しく、美しい微笑を。そして、つらくはないのだ、と、言った。つらいと思うことは、多くの人に対する冒涜だと。あの事以来、フィーアはぽつぽつと話を聞かせてくれるようになった。例えば、『ノイ』のこと。フィーアは、ノイの存在すら知らなかったという。旅を続けた20年の間に、『ミラ』によって作られたのだろう、と。ちなみに、旅した期間とフィーアの年齢の差異に気付き、フィーアの実年齢も聞いたのだが・・・・・・・・世の中、知らないほうが幸せなこともあるんだなぁ、と、実感したリナたちだった。
「とにかく、食堂が終わるまで待たなくては・・・・って、ああぁぁぁぁのぉぉぉぉぉ〜〜〜〜」
 言った瞬間、リナ、ガウリイは食堂に突進し、ゼルとフィーアはとっつかまって引っ張ってゆかれ、アメリアはそれに笑いながらついていくことになった。


      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


「うぅぅ・・・・。ただでさえ、最近食欲不振なんですけど、私・・・・。」
 胃の辺りを押さえて、フィーアはうめく。と、言うのも、リナたちの食べっぷりを目の当たりにし続けたフィーアは最近、激しく胸焼けを起こすようになっていたからだ。
 そんな、フィーアにとっては地獄にも等しい食事タイムが終わった頃、食堂の営業時間も終わったのだった。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


「あら?ツヴァイさん・・・・?」
「!」
 開口一番にそう言われ、フィーアは息をつまらせた。
 ラズリの母、クィンシー=アリルスは、ラズリと同じく黒い髪と青い瞳の、一児の母とは思えないほど若々しい女性だった。普段は『まぁぶるホテル』で厨房係をやっており、客の前にはあまり顔を出さないが、少しもったいないと思う。
「いえ・・・・そんなはずはないですね。なにしろ、ツヴァイさんに会ったのはもう30年以上前のことなんですから。・・・・シドさんの縁者ということですけど、ツヴァイさんとも何か関係が?」
「はい・・・・。母の、妹です・・・・。歳は離れていましたが、姉さま、と呼べる存在でした。・・・・ずいぶん前に、逝ってしまいましたが。」
 大嘘である。本当は、姉の一人だ。ただ、ここで年齢等を説明していると長くなるので、こう言ったまで。ツヴァイは、『2』の意味。神の力を持ったモノ。一番フィーアにそっくりで、そのくせ一番激しい気性で、シドに忠実で。フィーアは一番苦手だったが、大切な姉だった。
「まあ!そうでしたの・・・・。ごめんなさい、つらいことを思い出させてしまって。」
「いえ、そんなことはありません。気になさらないでください。」
 この辺り、本当にフィーアは役者だ。少し辛そうな、それでいてそれを隠すよう努力した笑顔は、とても嘘とは思えない。
「それで・・・・すみませんが、ツヴァイ姉さまとシドについて、教えてくれませんか?」
「ええ、私にわかる程度でしたら・・・・」
 そう言って、クィンシーは語り始めた。




「あぁ、恐ろしい・・・・」
「終わりだ、何もかも・・・・」
 絶望と苦悩が溢れていた。一人の少女を囲んで。
 アリルスの家に古くから根付く『呪い』が、少女を蝕んでいたから。
 これは、人の心を奪う。そして、あるものは踊るように、またあるものは痙攣し、死んでゆく。

 少女の名はクィンシー。まだ12歳の少女だ。



 その人は、突然やってきた。簡素な旅装束を纏い、たった一人だけ供をつれて。
「お初にお目にかかります。私はシド・・・・アキバ=シド=ヴィント。あなた方のおっしゃる『呪い』・・・・その病の治療法を専門に研究している、魔道士です。」
 そう言って、シドはにっこりと微笑んだ。

「100%、確実に、とは断言できませんが、私なら90%以上の確立で、その病気、治せますよ?」
 そして、親類たちは、クィンシーをシドに委ねた。


 シドは、クィンシーの頭を優しく撫ぜる。
「怖くて当然だと思うよ。でも、落ち着いてね。全力を尽くすから。」
 その微笑みはとても優しくて、クィンシーはほっと力が抜けたことを覚えている。
「お休み、クィンシーちゃん。目が覚めたら、治っているから。」
 そして、呪文詠唱。
 クィンシーの意識は、唐突に闇の中に沈んでいった。


 ふと気がつくと、もう日はとっくに暮れていた。
 体が軽い。四肢が言うことをきく。久々の自由に、クィンシーはとても嬉しくなった。
「・・・・・・・・」
 外から、声が聞こえた。気になって、そっと窓を開く。二階なので、気づかれなかったのだろう。
 明るい月に照らされて立っていたのは、シドと、その供の人・・・・ツヴァイ。
「いやぁ、良かった良かった成功した。」
 シドは、明るく笑う。ツヴァイはしかし、少々困惑気味で。
「なんと言うか・・・・らしくないのでは?シド様。」
「そんなことはないよ。だって、クィンシーちゃんの病気は『リュー』と同じだったんだもの。ほら、予行演習?」
「では、それは?」
 そう言って、ツヴァイはシドの手の中にあるペンダントを指し示した。
「これは、お守り。再発防止にね。まあ、ちょっとしたものだけど。」
 そう言って、シドはペンダントトップを軽くつつく。
「古く石器時代から、石はお守りとして身につけられてきた。それは現代まで引き継がれている。『パワーストーン』という考え方よ。それに置いて、この石・・・・ブルーレースメノウは富と健康、幸運をもたらすと言われている。・・・・と、言っても石は石。魔力を込めなきゃ意味ないけど。そもそも、私の所の考え方を、ここに持ち込んで効果発揮するはずもなし。まあ、石の選択法として使っただけだけどね。」
 意味ありげな微笑を浮かべて、シドはペンダントを握りしめた。込められた魔力で、シドの手が淡く輝く。
「シド様・・・・何を考えておられるのですか?」
「別にィ?ただ、このままずっと、平和であってほしいなぁ、って。それだけ。」
 その会話の意味はほとんどわからなかったけど、その記憶は、クィンシーの中にしっかりと刻み込まれた。



 その時シドの手にあったペンダントは、翌日クィンシーに渡され、更には現在ではその娘、ラズリの胸にある。










 しゅるり、と薄布が腕にからんだ。その力は、触れた瞬間に理解できた。これはまさしく、『滅ぼしの力』。
「さあ、行って、あなたの望みを叶えなさい。敵はほら、すぐそこにいる。」
 囁く女の声に従うように、彼女はゆらりと腕を伸ばした。




 あとがき代わりの次回予告
 血の流れに眠る呪い。制限時間を背負った命。
 捻じ曲げることが悪ならば、苦しみの果てに散るを見過ごすが正義か。
 そして、遺産の真の意味とは・・・・?

 次回、虚ろの中の蒼き影第4話、『血の定めを断ち切る少女』
 「シドは、あの人たちを救っていた・・・・?」


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31368ちょっとした番外編朱姫 依緒琉 2005/4/14 10:35:13
記事番号31367へのコメント

 こんにちは、朱姫 依緒琉です。
 こちらは、3話でちらりと出た「フィーアの実年齢」に関する本編補完小話です。
 時間軸としては、虚ろの中の蒼き影が始まる直前となっていますので、この後でもう一回第一話を読んでもらえると面白いかもしれません。
 では、どうぞ!





 虚ろの中の蒼き影 小話

フィーアの実年齢編

 世の中、聞かないほうが幸せな事もあるんだなぁ、と感じた今日このごろ。

「・・・・・・・・とまあ、そんなわけで、私はノイを知ることも無かったのです。・・・・そういえば、アインス姉さまにお会いしたのも、かれこれ20年ぶりでしたね。」
 そうして、フィーアは話を締めくくった。
 シド・シティから沿岸諸国連合に向かう途中の、小さな村の宿屋で、あたしたちは一泊していた。そんな時、アメリアの要請で、フィーアは話を始めたのだが・・・・・・・・あたしは、ちょっとした疑問が浮かんだ。
「ねえ、フィーア。今、『20年ぶり』って言わなかった?」
「はい、そうですが。」
 やっぱり、あたしの聞き違いではなかったようである。
「あんた、前16歳って言ってなかったっけ?」
「「あ!」」
 ゼルとアメリアはわかったようである。当然のことだが、16歳の人間が20年ぶりに知り合いに会うなんてことができるはずが無い。
「・・・・・・・・年齢を偽ったのは申し訳ないと思います。しかしあの・・・・・・・・先入観なしで、私は何歳くらいに見えますか?」
「えっ・・・・・・・・・え〜と・・・・・・・・」
 確かに、アメリアも戸惑っているとおり、大人びてはいるが歳相応にしか見えないが・・・・・・・・・
「・・・・・・・・23歳、くらい?」
 魔道の達人でもない限り、そのくらいまでが、限界であろう。
「そうですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・・・・・本当は私・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・86歳・・・・・・・・・・・・・・・・・なんです・・・・・・・・。」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?
「「「はちじゅうろくぅっ!?」」」
 フィーアは、恥ずかしそうに頷いた。
「はあ・・・・。何でも、シドが・・・・・・・・『ガンサイボウ』とやらから抽出した『イデンシ』と言うものから、『サイボウロウカ』を防ぐための・・・・・・・・・ええと、そう!『テロメアゴウセイコウソ』とやらを発見して、それを作り出す『イデンシ』を組み込んだ・・・・・・・・んと、『コウレイカシャカイガススミロウドウリョクガタリナクナッタニホン』には最適で、更には『ジンルイノエイエンノテーマデアルフロウフシケンキュウノダイイッポ』とか・・・・・・・・・」
「ちょ、ちょっとまって!・・・・・・・・結論を教えてくれない・・・・・・・・?」
 何だかよくわからない話になってきたので、あたしはフィーアにストップをかけた。・・・・・・・・あ、ガウリイが寝てるし。
「つまりは、その、シド曰く、私は・・・・というか、『私たち』はある程度以上に老いることがない、らしいです。あと、老衰では死なないと・・・・・・・・ただ、どうも研究不足らしくて、そのある程度に個人差があって・・・・アインス姉さまは外見が20歳くらいですし、・・・・別の姉さまは、私より16歳ほど年上なのにも関わらず、外見は10歳前後でした。」
「・・・・・・・・・・・・・はあ。」

 ショックで思考停止。気がついたら次の日の朝で、何故か魔獣退治の依頼を受けていた。


 精神的ダメージで、記憶喪失になると言うことが真実だと知った今日この頃。


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31369虚ろの中の蒼き影 4話朱姫 依緒琉 2005/4/14 10:36:03
記事番号31367へのコメント

 こんにちは、朱姫 依緒琉です。
 やっとこれも4話、なるべく早く投稿していきたいと思います。
 では、本編へどうぞ!



  虚ろの中の蒼き影


 4 血の定めを断ち切る少女

 4 血の定めを断ち切る少女

 夜も更けた、ということで、一通り話を聞いた後、皆は各自部屋へと戻ることになった。フィーアはクィンシーに丁寧にお礼を述べていたが、リナにはその顔は少し青ざめていたように見えた。無理もない、と言えば無理もないだろう。確かに、これまでのシドのイメージとはかなりかけ離れている。これまで、そう長くはない付き合いだが、思いつめたフィーアは危ない、と言うことは薄々わかっている。流石に少し心配になって、フィーアの部屋の様子を見に行こうと思って、部屋の外に出た。
 アメリアがいた。フィーアの部屋のドアの鍵穴から中を覗き込んでいる姿は、どう見ても怪しい人にしか見えない。
「ア・・・・」
 声をかけようとした瞬間、アメリアがこちらに気づき、喋るなとジェスチャーで示す。とっさに声を飲み込み、足音を殺してアメリアに近づいた。
「何やってるのよ、アメリア(超小声)」
「リナさんこそ、何してるんですか(同じく超小声)」
「あたしは・・・・その・・・・。って、アメリア、あんた、もしかしなくてもフィーアの様子を見に来たんでしょ!?(同じく)」
「え、じゃあ、リナさんも?(超小声)」
 ここで意地を張っても仕方がないので、リナは小さく頷いた。
「で、どうなってるの?(超小声)」
 そう問うと、アメリアはそっと鍵穴を指し示した。そこを覗くと、フィーアがいた。
 フィーアは、窓辺に佇んでいた。いつかの夜のように、月は緋く染まっている。静まり返った部屋には、フィーアの呟きだけが零れ落ちていた。
「血の流れに潜む病・・・・。シドの、目的のひとつ・・・・。・・・・シドは、あの人たちを救っていた・・・・?・・・・思惑はともかく、それは真実、なのですね。」
 フィーアは、緋い光を浴びながら呟き続ける。感情のこもらぬ、虚ろな声で。
「『遺産』・・・・今更になって『動き始めた』・・・・ペンダントは少なくとも30年前には存在していた・・・・なのに、今更・・・・」
 リナが鍵穴から目を離すと、アメリアが囁いた。
「ああやって、ずっと考え込んでいるんです(超小声)」
 そう言って、再び扉の中の声に耳を澄ませる。と、唐突にフィーアの声の調子が変わった。
「今更?・・・・ならばなぜ、私は『まぁぶる亭』にいたときに、ペンダントに宿るシドの魔力に気づけなかったのか・・・・。『動き出した』はずなのに・・・・。発動した『遺産』に、私が気づけぬはずはない。ならば・・・・
 ・・・・・・・・・・・・まさか!?」
「そのまさかだ、フィーアよ。」
 突然、他の声が聞こえた。次の瞬間、声の主が顕現する。銀髪碧眼、黒衣の女性・・・・神竜巫女・セフィクス=ローレンス。
「まさかとは思っていたが、真に気づいていなかったのだな。遺産の正体に。」
「やめてください!それ以上は・・・・!」
 フィーアは叫ぶ。しかし、セフィクスは気にも留めず、淡々と先を紡ぐ。
「我々が滅するべきシドの遺産とは・・・・」



「クィンシー=アリルスとその娘ラズリ、本人だ。」



      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 今、何と言った?
 一瞬、リナとアメリアは理解が出来なかった。今、セフィクスは何と言ったのだろう?
「シドの手によって作り変えられた『血』そのものが、シドの遺産。ペンダントは、その隠蔽。幸いにして、クィンシーの血を受け継ぐのはラズリのみ。」
 玲瓏の声が、氷の刃のようにフィーアに、そしてリナとアメリアに突き刺さる。フィーアは、床にへたり込み、うなだれていた。
「フィーアよ。シドに連なるものよ。その役割を果たせ。・・・・二人を滅せよ。」
「「なっ・・・・!!」」
 リナとアメリアは、同時に声を漏らし、そしてあわてて口を塞いだ。こっそりと聞いていたのだから。しかし、その声がフィーアたちの耳に入ることはなかった。なぜなら・・・・
「ふざけないでください・・・・。」
 フィーアの、そう大きくはない、しかしよく響く声が、同時に放たれたから。
「罪無き人を殺めて、そして世界が生きながらえたとて何の意味がありましょう!?現に今までは、世界に異変などないと言うのに。」
「子供の理屈だな。今までは無くとも、これからはどうだ?危険因子は、早々に取り除くべきだ。殊に、『シドの遺産』はな。」
 フィーアは、ゆらりと立ち上がり、セフィクスの目を見つめた。フィーアより大分長身のセフィクスと目を合わせるためには、フィーアは上目遣いにならねばならないが、何故か対等に見えるのはなぜだろう。
 そして、全ての感情が排斥された声でぽつりと言った。
「私も排除しますか?私とて、『シドの遺産』です。」
 セフィクスは、答えた。
「いずれはな。今はまだ、時ではない。」
 そのまま、セフィクスの姿は消える。フィーアは立ち尽くしたまま言った。
「矛盾してますよ、セフィクスさん。世界の安定を望むなら、私こそ真っ先に排除すべきなのに・・・・。」


 結局、最後まで二人は、リナとアメリアに気づくことは無かった。




 あとがき代わりの次回予告
 捻じ曲げられた血の定め。引き伸ばされた命の時間。
 微笑は凍りつき、時は止まった。
 『正義』とは、『悪』とは、なんだったのか。

 次回、虚ろの中の蒼き影第5話、『続く未来を祈る少女』
 「これが、神の正義だと言うの!?」




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31414虚ろの中の蒼き影 5話朱姫 依緒琉 2005/5/2 08:14:37
記事番号31367へのコメント

 こんにちは、ご無沙汰でしたの朱姫 依緒琉です。
 やっと、やっと続きが書けました、が、内容が(私的には)ちょっとどころではなくイタいです。
 大丈夫!と言う方のみお読みください。ようやく、ラズリ編終了です。





 虚ろの中の蒼き影

  5:続く未来を祈る少女

 次の日の朝、フィーアは大分早く起きだしてきていた。食堂では、ラズリがぱたぱたと駆け回り、朝食の準備をしている。
「あ、おはようございます!随分とお早いんですね〜。ごめんなさい、朝食はもう少し後になるんです。」
「いえ、お気になさらず。・・・・あの、ラズリさん。」
 フィーアは、自然を装ってラズリに声をかける。一晩かけて出した結論のために。
「そのペンダント・・・・少しの間貸していただけませんか?」
「これ・・・・ですか?」
「はい・・・・。・・・・魔力が少し、弱まっているようなので。シドの作ったものですから、私は修復できます。」
 ラズリは、少し考えた後に、ペンダントを外し、フィーアに差し出した。
「・・・・ありがとうございます。朝食のときに、必ずお返しします。」
 そしてフィーアは再び部屋に戻った。



      ★     ★     ★     ★     ★


「『未来と過去を繋ぐもの 時と世界の名において・・・・・・・・』」
 蒼い光が、ペンダントに収束する。魔力を注ぎ、より強固な隠蔽となるように。そして、シドの魔力が漏れ出さないように。世界に歪みを生まないように。そのために、シドの創った呪文を唱える。
 これが、結論。二人を殺さず、未来を繋ぐ。フィーアの出した答え。そのためにこうして、祈りにも似た呪文を唱える。
「『・・・・・・・・尊き異なる輝きを 彩り隠し封となせ』   封彩輝(リートシーラ)」
 ペンダントに、ほのかに蒼い輝きが残っている。成功だ。しかし、これだけではもう通用しないこともフィーアは悟っていた。
 望むことは、唯一つ。シドの手によって捻じ曲げられた運命でも、その先に未来が、選択肢があるのなら・・・・・・・・
 ・・・・・・・・その道を、護りたい。例えそれが、『神』に反することであっても。
 だから、フィーアは呪文を唱える。幾重にも、幾重にも。


     ★     ★     ★     ★     ★


 ラズリにペンダントを返したその足で、フィーアは朝食も取らずに町を駆け回った。まずは、『まぁぶるホテル』周辺。それから、『まぁぶる亭』。そして、ラキスト・シティ周辺をくまなく。要所要所に、ある『処置』を施して。
 すでに、ラズリとクィンシーの居所は知れている。それでもなお、その存在を隠すとしたら、方法は一つ。このラキスト・シティに、神魔が入ってこられないようにする。ラズリ本人には、ペンダントにかけた魔法が・・・・シドの使った封印の術『封彩輝(リートシーラ)』ともう一つ、重ね掛けした、気配を紛らわす呪文が、街の外ではその身を護る。街全体の要所に埋め込んだ、フィーアの『髪』を要として発せられる封印との、二段構え。
 これが、今のフィーアの精一杯。
 後は、結界の中心となる、『まぁぶるホテル』へ一旦戻り、そこで街全体の結界を発動させればよい。フィーアは、『まぁぶるホテル』へ急いだ。



     ★     ★     ★     ★     ★



 宿の前には、リナたちがいた。そして、ラズリと、クィンシーも。
 ラズリが、フィーアに気づいた。にっこりと笑い、駆け出す。その手には、フィーアの剣が。
 フィーアは、とっさに腰に手をやった。案の定、剣はない。封印に手一杯で、剣を持ち出すことすら忘れていた。とっさに、静止しようとする、が、しかし、ラズリに届く前に、ラズリが結界から外に出る。致命的な失態だった。

 それは、音もなく、ただ視覚のみでそうと判断できた。
 空中から、光の刃が生えていた。その切っ先は、ラズリを貫いて。
 刃が消える。ラズリが地面に崩れ落ちる。広がる、紅い『命』。そして、クィンシーの悲鳴。ラズリに駆け寄ったクィンシーもまた、同じ末路。
 地面に折り重なって二人が倒れたとき、共に既に命の灯は尽きていた。
 なぜだろう?フィーアの頭の中は、非常にクリアになっていた。だから、事切れた二人の傍ら・・・・神魔の出入りを封じる結界の境界線にセフィクスが現れた時も、無感動な瞳をそちらに向けるだけ。
「正道は、なされた。怨むのなら、シドを怨むがいい。」
 玲瓏の声が、氷刃の声が、降り注ぐ。
「これが・・・・正義・・・・?そんな、そんな・・・・!」
 アメリアの、震える声が。
「あんた・・・・!!」
 リナの、怒りの声が。
「なんてことを・・・・」
 困惑の滲んだゼルガディスの声が。
「貴様・・・・!」
 激情を秘めたガウリイの声が。・・・・セフィクスを責める声が。
 しかし、セフィクスは動じない。これが、『正義』だから。
 一触即発。まさにそんな空気が漂う。そんな場に・・・・
 ことん、と、声が落ちた。
「これが、神の正義だと言うの・・・・」
 澄み切った、深い声。だからこそ、不安を掻き立てる声。・・・・フィーアの、声が。
「ねえ、そうなの?セフィクスさん。私、誰も死なない結末になるようにしたのだけど。誰も殺さなくていい結末になるようにしたのだけど。」
 皆が気づいた。フィーアの口調が、いつもと違う。平坦で、感情のない、そのくせ、心に突き刺さる。
「何でかな?私、そういうの嫌なんだよ。悲しいし、辛いし、第一、それじゃシドと同じだよ。」
 セフィクスが、わずかに眉をひそめた。
「自分勝手で、自分の都合第一主義。同じだよ、シドと。」
「言ってくれるな。」
 セフィクスが、ついに口を挟んだ。
「我らは常に大を重んじる。ただ数人を尊重し、世界を滅ぼすわけには行かぬであろう。冷静になれ、フィーア。」
「私は冷静。そして、その理屈は話にもならない。それは民主主義じゃなくて、ただの数の暴力。大を助けるだけなど、誰にでもできる。大も小も助けてこそじゃない?」
 フィーアは揺るがない。
「何が神か。ただ邪魔者を排除して、安定を保っているだけなのに、万能のように振舞わないでほしいよ。・・・・もう一度聞くよ。これが、神の正義だと言うの!?」
 セフィクスは、しばしの沈黙の後に、重い口を開いた。
「・・・・そうだ、と、我は信じている。」
 そして、セフィクスは消える。いつの間にか結界が張られていたようだ。結界が解かれた、朝の自然な静けさが戻った中に、皆は立ち尽くした。



     ★     ★     ★     ★     ★



 フィーアはその後、無言で二人の亡骸を弔った。うつむいたままで。ラズリの父親は、随分前に他界していたから。
「フィーアさん・・・・」
 アメリアが声をかけると、わずかに顔を動かす。ちらりと見えた瞳は、見たこともないほど憔悴していた。
「アメリア様、皆様・・・・すみません。私が、私がもっと早く手を打っていれば・・・・」
 フィーアはぽつぽつと昨晩の出来事を話す。フィーアの行き着いた結論、セフィクスの肯定、そして命令。その結果、自分のとった行動。そして、その結果として、悲劇は止められなかった。
 なぜ、話すのか、フィーアにもそれはわからなかった。ただ、それでも話さずにはいられなかった。
「フィーアさん・・・・・・・・もういいです!もう・・・・いいんです・・・・ッ!」
 アメリアが、フィーアを抱きしめるようにして言い聞かせる。
 彼らの手によって、別の場所に連れて行かれるまで、フィーアはずっと謝り続けていた。



 あとがき代わりの次回予告
 願いがあった。叶えたい願いが。叶わない願いが。
 幸せであれと思い手を伸ばした先は、無限と思える修羅の道。
 新たな墓標を前にして、シドの望んだ力の一端が、今明らかになる。

 次回、虚ろの中の青き影第6話、閑話3『天は少女に微笑むか』
 「だから、あなたに、自由をあげる。」



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31415虚ろの中の蒼き影 6話朱姫 依緒琉 2005/5/2 08:16:19
記事番号31367へのコメント
 こんにちは、朱姫 依緒琉です。
 今回は閑話編。しかも、もしかしたらこれまでで一番短いかもしれません。
 と、いうことで、早速本編へどうぞ!




 虚ろの中の蒼き影

 6(閑話3):天は少女に微笑むか

 フィーアたちの立ち去った後で、彼女は墓標の前に降り立った。動きやすそうな、簡素な旅装束を纏った彼女は、手に花束を持っている。それを、二つの墓標の前に手向けると、静かに手を合わせた。
 短い祈りを終えると、彼女は墓標に語り始めた。
「ごめんね、クィンシーちゃん。ラズリちゃん。謝っても許されないとは思うけどさ。」
 肩あたりまでの黒髪がさらさらと靡き、手向けられた花束も揺れる。
「だからせめて、忘れない。・・・・この花、紫苑って言うんだけど、花言葉を『追憶』って言うの。私の国では、墓参りによく使われるよ。祈りも、私の世界流でごめん。でも、スィーフィードの眷属に殺されたから、その祈りはどうかと思ったの。」
 彼女はその場に腰掛けて、夕日を見上げる。
「クィンシーちゃんと出会った時も、こんな風に夕焼けが綺麗だったね。・・・・あのさ、これから私、ひどいこと言うよ。あの時の事の裏を。
 ・・・・・・・・私さ、弟がいるんだ。リューって言うの。その弟も、あなたと同じ病気でね。・・・・入院して、調べたの。そうしたら、その病気、治療法がない、って言われちゃった。・・・・あの時は、悔しかったなァ。父さん母さんはとっくにいなかったから、私たちは二人きりで。・・・・絶対、私が治してやる、って思ったんだ。でも、すごく大変だったの。それ、『遺伝病』だったんだ。・・・・わかりやすく言うと、生まれたときからその病気になることが決まってたんだよ。まあ、その後は執念ね。何とか治療の呪文を作って、・・・・あなたと、もう一人。あなたの従姉妹で実験した。
 怒っていいよ。それが当然。私が、不幸の元凶だから。・・・・・・・・だからさ、」
 そして何故か、最後の一言は天に向かって。
「だから、あなたに自由をあげる。頼むよ・・・・、次は幸せにしてあげてほしいな。」
 そして、彼女は・・・・・・・・『シド』と呼ばれるものと同じ顔を持つ女は、ラキスト・シティに顔を向けた。
「お疲れ、フィーア。・・・・でも、よっぽどセフィクスのしたことが頭にきたのね。・・・・ふふ、あんた、マジギレすると口調が変わるからねぇ・・・・。でも、まだまだ、終わりじゃないよ?」
 女がそういい終わった瞬間、突如として空気が変わる。そう、まるで異界に放り出されたかのような、そんな違和感を含んだ。
「ほら、始まった。頑張れ、フィーア。『私』を、止めてごらん?」
 そういい残し、女は空気に溶ける。

 後にはただ、紫苑の花束が揺れるだけ。

 あとがき代わりの次回予告
 絶たれた望み。叶わなかった願い。
 憎しみは限りなく、悲しみは尽きない。
 暗き炎は思いを糧に、少女の内に燃え上がった。

 次回、虚ろの中の青き影第7話、『時を変える少女』
 「返してもらうよ。あんたの奪った、あたしの幸せを。」



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31426虚ろの中の蒼き影 7話朱姫 依緒琉 2005/5/6 08:19:16
記事番号31367へのコメント

 こんにちは、朱姫 依緒琉です。
『蒼影』もついに7話目、折り返し地点になりました。ちなみに、『蒼影』は全13話を予定しています。
 しかも、どうやらしばらくは(私的には)とても暗くてイタい話が続きそうです。
 それでも平気!と言う方はどうぞ!




  虚ろの中の蒼き影

  7:時を変える少女

 うつむいたままのフィーアが、突如ぴくりと震えた。次の瞬間、皆も気づく。空気に混じった、例えようもない違和感に。ゆらり、と、フィーアが立ち上がる。ある一点を見つめながら。
「なぜ・・・・なぜ!?どうして『遺産』が・・・・」
 無意識に呟くフィーアの言葉を、リナは耳聡く聴きつけた。
「遺産・・・・って、『シドの遺産』!?」
 その言葉に、フィーアはやっと意識をこちらに戻す。そして、小さく頷いた。
「間違いありません。それに、この気配・・・・。私の予想が、当たっていないことを祈ります、が、これは・・・・最悪の場合、この世界が滅びます。」
「ちょ・・・・どういう意味よ、それ!?」
 慌てる皆に対し、フィーアは視線を外さぬまま、硬い声で答えた。
「私の記憶が正しければ、この現象を引き起こしている『遺産』の名は《扉の羽衣》。世界と世界を繋ぎ、異世界に渡ることを目的として作られたものなんですが・・・・どうやら失敗作だったらしく、この世界に穴を開けることは出来たのですが、別の世界にその穴を繋げることができず、『この世界のどこか』に繋がってしまうというものです。あまりに危険なので、アインス姉さまが厳重に保管していたのですが・・・・。」
「ちょっとまって、どうしてそれが危険なの?」
「『この世界のどこか』と言うのは、今現在のみの話ではないのです。未来に繋がったことはないと聞いていますが、過去や、あるいはこの世界がまだ混沌の内にあった時に繋がることが・・・・」
「「「なんですって(なんだって)!?」」」
 ガウリイを除く全員が、驚きの声を上げた。ガウリイはといえば、「とことん・・・・って、何だ?」なんて呆けたことをのたまったので、リナに即座にはたき倒される。フィーアは、小さく頷いて考え込む。
「あれは、本当に危険なんです。だから、アインス姉さまがあれを外に出すとは考えられません。・・・・一体、なぜこんな所に?」
「それには僕がお答えしましょう。」
 突如として、虚空から声が響いた。皆にとって、よく知った声が。
 一瞬、闇が渦を巻く。次の瞬間には、彼は既にその場に立っていた・・・・相変わらずの笑みを浮かべて。
 黒衣の神官、獣神官・ゼロス。
「いやー、お久しぶりですね、皆さん。お元気そうで、何よりです。」
「「「「ゼロス(さん)!」」」」
 同時にそう言ったのは、リナ、ゼルガディス、アメリア、そして、フィーア。
「へ・・・・?」
「フィーアさん、ゼロスさんを知ってるんですか?」
 リナとアメリアがフィーアに問う。フィーアは小さく頷いて、簡潔に説明した。
「よく、シドに会いに来ていました。」
 多分、監視してたんでしょう、と付け加え、フィーアはゼロスに向き直る。
「それで、なぜあれがここにあるのでしょう?」
 フィーアの問いに、ゼロスは相変わらずの、のほほんとした声で答えた。
「ああ、ミラビリスさんが持ち出したんですよ。」
「ミラビリス?」
 突如出てきた知らない名前に、リナ達は首をひねる。しかし、フィーアだけはそれで納得したように、しきりに頷いていた。やがて、ゼロスに付け加えるようにして口を開く。
「恐らく『ミラ』のことです。『ミラビリス』とは『不可解な』という意味。シドは常々、『最も不可解なのは自分自身』と言っていましたから、『自分と同じもの』をそう名付けたのかと思われます。・・・・しかし、妙ですね・・・・。」
「何がです?」
 ゼロスの問いに、フィーアはさらりと言った。
「この件に、なぜ魔族が関わるのか、と言うことが、ですよ。」
「それは・・・・・・・・秘密です(はあと)」
 ある意味無敵の「秘密です」を受けて、フィーアは口の端をうっすらと笑みの形にした。
「では、私の予想を聞いて下さい。魔族とは、『滅びを目指すもの』ですが、その滅びはあくまで、自分たちの手で起こしてこそのものです。つまり、『遺産』によって世界が滅ぼされるのは、魔族にとってあまり都合のいいものではない、ですから、一旦は協力する。・・・・といったところでしょうか?」
 聞き終わると、ゼロスはやれやれと肩をすくめた。つまりは、肯定。フィーアは、またわずかに笑みを深くした。
「今回『だけ』は、頼りにさせていただきます。」
 そして、フィーアはまだ僅かに迷いのある視線で、リナたちを見つめる。そしてしばらくして、迷いを振り切りその重たい口を開いた。
「・・・・・・・・アメリア様、リナさん、ガウリイさん、ゼルガディスさん。・・・・また、やるべきことが出来てしまいました。・・・・・・・・
    ・・・・・・・・お願いします。私に、力を貸してください。」
 元より、リナたちに断る気は無い。だから。
「なーに、当たり前のこと言ってんの!?」
 リナの一言が、皆の気持ち。フィーアは、深々と頭を下げた。
 そんな中、アメリアは、大きな喜びと少しの罪悪感をかみしめていた。
アメリアは、思ってしまったのだ。不謹慎ではあるが、『遺産』が発動してよかった、と。
 それで、ほんの少し、悲しんでいる余裕がなくなっただけのようではあるが・・・・・・・・フィーアが、立ち直ってくれたから。
 そんなアメリアの心境を知ってか知らずか、フィーアは苦笑する。
「迷うことは後にします。今は、なすべきことを。」
 そして、皆はラキスト・シティに戻った。


     *     *     *     *     *


「これは・・・・」
 街に入ったとたん、皆は絶句した。周りの景色が、まるで蜃気楼のように揺らいでいる。それだけではない。距離感すら狂って、自分のいる位置さえ危うく思える。
「『歪ん』でますねぇ・・・・」
 ゼロスが、少しばかり緊張感をにじませた声で呟く。
 リナは、これに似た場所を知っていた。・・・・・・・・異界黙示録(クレアバイブル)のあった空間だ。だから、直感的に悟る。『歪ん』でいるとは、どういうことなのかを。
ふと、目の端にガウリイの顔が映る。その顔は、いつもと別人のように引き締められていて。彼もまた、その並外れた『野生の勘』で、この空間の異常性を悟っているのだろう。
 それはまたゼルやアメリアにも言えることで。
 そんな中、フィーアだけが足取りが軽い。しかし、その目は妙に虚ろで。不安になったリナは、フィーアに声をかけた。
「フィーア?」
 瞬間、フィーアがはっと我に返る。そのまま、あたりを見回し、ほぅと息をついた。
「大丈夫ですか?フィーアさん。」
 アメリアが心配そうに問いかける。フィーアは、額に浮かんだ脂汗を拭い、頷いた。
「大丈夫、です。少し、『呼ばれて』いたようですが。」
「呼ばれる?」
「ええ。或いは共鳴、とでも言いましょうか。私は、感覚的に『シドの遺産』の魔力がわかるのです。・・・・恐らく、私自身シドに創られたものだからでしょうが・・・・。それで、あまりシドの力が強すぎると、ついついそちらへ引き寄せられてしまうのです。ですから、この歪んだ空間の中でも、迷うことは無いでしょう。」
 最後は、少々とってつけたようであった。しかし、それを気にする余裕は無かった。なぜなら・・・・・・
 この歪んだ空間の中心で、透明な薄布を腕に絡ませた少女が、歪んだ笑みをたたえて、待っていたから。

「やっと会えたね、ツヴァイ。シドが来てないのが残念だけど、まあいいや。」
「すみませんが、私はツヴァイではありません。ツヴァイは随分昔に亡くなりました。シドもまた・・・・」
「あたしはシエル。あんた達が殺した、ミーシャの娘。」
 フィーアの言葉は、シエルと名乗った少女には届いていないようだ。フィーアは、それを理解した。恐らくは、他に気づいているものもいるだろう。
 シエルの瞳に、理性の色は無い。
「狂ってる・・・・・・・・」
 そう呟いたのは、誰だったのか。
 歪みきった微笑を浮かべ、シエルは高らかに宣言する。
「シドが捨てたこのチカラで、あたしは帰るの。全部滅ぼせば、あたしは帰れるの。だから・・・・」
 ふと一瞬、シエルの瞳に違う色が走った気がした。それを確かめるまもなく、薄布が円を描く。一瞬の後、暗黒が円内に満ちた。
「返してもらうよ。あんたの奪った、あたしの幸せを。」
 静かな宣言が、戦闘の始まりとなった。


 あとがき代わりの次回予告
 尽きぬ嘆きの始まりはいつだったのか。それは、きっとシドと出会った時。
 未来にはありえぬ世界を夢見るならば、それを探す場所は、過去。
 哄笑に飲まれ少女が旅立つとき、そこで見る景色とは。

 次回、虚ろの中の蒼き影第8話、『嘆きを知る少女』
 「私には、その権利がある!」



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31436虚ろの中の蒼き影 8話朱姫 依緒琉 2005/5/9 08:20:35
記事番号31367へのコメント

 こんにちは、朱姫 依緒琉です。蒼影も後半戦、前回から『シエル編』に入り、ますます展開がイタくなってきました・・・・
 今回は、少しはイタさが和らいだ、と思います、多分・・・・・・・・
 2の方でも連載を始めましたが、なるべくこっちの更新スピードに影響が出ないよう頑張ります。
 では、本編へどうぞ!




  虚ろの中の蒼き影


 8:嘆きを知る少女

 嫌な予感が、フィーアの脳裏を掠めた。それに逆らわず、思いのまま右へ飛ぶと、先ほどまで立っていた場所を黒い何か・・・・『歪み』が通り過ぎるのが見える。説得は、不可能。フィーアは剣を抜き放った。隙なく剣を構えた。そして、皆に警告する。
「気をつけて。あの『歪み』に触れると、一瞬で消滅します!よほど運がよくても、ここではないどこかに飛ばされて帰ってはこられません!」
皆は一瞬ぎょっとなった。ただその中でゼロスのみは、それを予想していたようで、間断なく降り注ぐ『歪み』をひょいひょいとよけている。ただ、それでも攻撃に転じる隙はない。圧倒的に、こちらが不利だった。
「セフィクスさん!いるのでしょう!?」
 唐突に、フィーアが叫んだ。と、次の瞬間、黒き法衣の神竜巫女が顕現する。
「緊急事態ですから、文句を言わないでくださいね。・・・・・・・・切り札、使います!」
 言い切って、大きく後ろに飛びずさる。一瞬、理解できないといった顔をしていたセフィクスは、次の瞬間顔色を変えた。
「やめろ!使うな!」
「危険は承知しています。でも、世界が滅ぶよりはましです!」
 そして、フィーアはブレスレットを外した。その意味を知っているのは、今のところゼロスとセフィクスのみ。
 しかし・・・・
「させないよ!」
 あっという間の出来事だった。シエルがフィーアを指差す。すると、フィーアを取り囲むように『歪み』が顕現。
 『歪み』はあぎとを広げる様に空間を侵食し・・・・・・・・フィーアを飲み込む。
 かつん、と音がした。それは、フィーアが外したブレスレットが地に落ちる音。
 フィーアは、すでにそこにはいなかった。
「「「「「「フィーア(さん)!!!!」」」」」」
 皆の叫びが重なる。しかし、その声に応えるものはいない。
「アハハハハハ!やった!母さん、シエルはあなたの敵を取りました!アハハハハハ!」
 シエルの哄笑が響く中、皆は立ち尽くしていた。




     ★     ★     ★     ★     ★





(暗い・・・・・・・・。ここは・・・・一体・・・・)
 無限に続く漆黒の空間を、フィーアは漂っていた。
(私は・・・・死んだのでしょうか?・・・・だとしたら、『死』とは随分穏やかなものなのですね・・・・)
 全身に力が入らない。自分の体のことが、何一つわからない。目が開いているのかさえ。
(しかし・・・・結局私は、何も出来ませんでしたね。シドのたくらみを止めることも、世界の滅びを止めることも・・・・・・・・)
 フィーアは、ただ漂っていた。



 −ねえ、何でそんなに悲しいの?−

 誰かの、声がした。いや、『声』ではない。しいて言うなら、誰かの『思い』。
 なぜ、こんな所に、と言う考えは麻痺していたのだろうか、フィーアはその『思い』に答えた。
(守れなかったから、です。)

 −何を守りたかったの?−

(世界を。)

 −どうして、世界を守りたかったの?−

(それは・・・・・・・・)
 フィーアは、そこで初めて思った。なぜ、世界を守りたかったのだろうか、と。

 −世界はあなたに厳しくはなかった?世界はあなたを受け入れてくれていた?−

 『思い』は、嗤いを含んだようで。

 −あなたが世界を守っても、世界はあなたを守ってはくれないよ?それでもあなたは、世界を守るの?−

 そうかもしれない、と、フィーアは思った。所詮、自分は創られたもの。異邦人シドの創った、半分はあの世界に属さぬもの。なぜ自分は、そこまで必死になって世界を守ろうとしていたのだろう?そういえば、いつから自分は世界を守りたいなどと考えるようになったのか。

 −ね?忘れちゃえば?そうすればいい。全てを忘れれば、楽になる。『ここ』で、ずっとまどろんでいればいい。−

 そうしなよ、と『思い』は言う。忘れてしまえば、とても楽だろう。シドも、シドのたくらみも、もう考えなくていい。『あの人』のことも・・・・・・・・

(・・・・・・・・?)

 『あの人』?それは誰だったのか。何か、とても大切なことを忘れている気がする。

 −どうしたの?−

 『思い』の呼びかけが、ふと遠のいた気がした。何だろう、私は一体、何を忘れている?

 −迷うことなどないじゃない。大切なものなんて、あの世界にはないんでしょう?−

(大切な、もの・・・・・・・・。・・・・・・アメリア様!)

 不意に、フィーアは目覚めた気がした。何を自分は考えていたのだろう。

(私は、世界を守りたい。なぜなら・・・・・・・・あそこにはアメリア様が・・・・私を、『フィーア』を、認めて下さった方がいるから!)

 −本当かな?その『アメリア様』が、真実を語っているとは限らないんじゃない?−

 『思い』は、再びフィーアを忘却の淵に向かわせようと、語る。しかし、フィーアはもう迷わない。全てを、思い出したから。

(あの方は偽りを言えるような性格ではありませんが・・・・たとえ偽りだとしても、私はあの方の歩む地を守ります。そして、二度とあの方を裏切らない、置き去りにしない・・・・アメリア様が、それを望む限り。それが、私の誓いです!)

 だからフィーアは微笑む。それはまるで澄みきった青空のように、迷いの曇りを脱ぎ捨てて。

 −そう。−

 『思い』は、短くそう告げた。しかし、それにはどこか優しい微笑が含まれているようで。

 −じゃあ、道を開いてあげる。たどり着く先は、あなたが望む場所じゃないけれど、まずはそこで真実を知りなさい。そして・・・・・・・・−

 瞬間、まばゆい光がフィーアを包む。そして、引っ張られるような感覚。
 最後の瞬間、『思い』が囁きかけたような気がした。



 −シエルちゃん達を、解放してあげてね、『フィーア』・・・・・・・・−





     ★     ★     ★     ★     ★





  ゆさゆさ ゆさゆさ

 誰かが、フィーアを揺さぶっている。

  ゆさゆさ ゆさゆさ

 フィーアの意識が、少しずつ浮上する。

  ゆさゆさ ゆさゆさ

「う・・・・うぅん・・・・」
「あ、起きた!?大丈夫?」
 目を開けたフィーアの前にいたのは、恐らくは16歳前後の少女。
 明るい笑顔を持つその少女は、シエルと似た面影を持っていた。



 あとがき代わりの次回予告

 幸福の裏に隠された一つの悲劇。語られることのなかった物語。
 幸せを願った魔法の結末は、二つに分かれた。
 再び今に立ち返った少女は、何を思い立ち上がるのであろう・・・・

 次回、虚ろの中の蒼き影第9話、『偽を知りつつ笑う少女』
 「それでもあたし、あの人に感謝してるんだ!」


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31437虚ろの中の蒼き影 9話朱姫 依緒琉 2005/5/9 08:21:26
記事番号31367へのコメント

 こんにちは、朱姫 依緒琉です。
久々に二話同時投稿!しかも、一話がかない長いかも知れません。前後編にすべきだったかも・・・・。
 では、とにかくどうぞ!




  虚ろの中の蒼き影

 9 偽を知りつつ望む少女

「ふーん、あんたフィーア=シャルラッハっていうの。あ、あたし?あたしはミーシャ。ミーシャ=サフェイロス。」
 ミーシャと名乗った少女は、よく喋った。感情表現も豊かで、表情がくるくる変わる。フィーアの些細な一言に反応し、よく笑った。これで実は20歳過ぎで、もう結婚しているというから驚きである。
「フィーアさ、どこから来たわけ?こーんなところで行き倒れてると危ないぞぉ!?何せ、フィーア美人だし!」
「そうでしょうか?ミーシャさんのほうが美しいと思いますよ。」
 実際、ミーシャは美人だった。柔らかいストロベリーブロンドの髪に、輝く空色の瞳。何より、生き生きとした表情が彼女の美を際立たせていた。
「そーぉ!?嬉しい!・・・・あーそうだ!思い出した!あんた、双子のお姉さんとか妹とかいない?・・・・っていうか親戚でもよし!えっと・・・・名前忘れたけど、あんたにそっくりな人見たことあるんだー!いやー、他人だったらびっくりだねー!」
「私に、そっくり?」
 不穏な一言に、フィーアは笑みを消す。しかし、ミーシャはそれに気づかず、話し続ける。
「そうそう、ホントにそっくり!でさ、連れが確か・・・・えーと、女なのに男みたいな名前してたんだけど・・・・シヴァ、じゃないし、シズ、でもないし・・・・」
「・・・・・・・・シド。」
 フィーアは、当たっていないことを祈りつつ、ぽつりと呟いた。すると、ミーシャはパッと顔を輝かせた。
「そうそう、それだそれシドだシドさん!何だやっぱり親戚か何か?」
「ええ、姉みたいなものです。」
「みたいな、って・・・・複雑なのねぇ。ま、いいけど、シドさん元気?」
「はあ、まあ、それなりに・・・・。」
「そう、よかったぁ!あの人には迷惑かけちゃったからな〜。」
 フィーアは、硬くなる声音を務めて自然な感じにしつつ、問う。
「失礼ですが、シドとの間に何が・・・・?」
 ミーシャは不思議そうな声音で、それでも語った。
「いや、昔、あたし病弱だったのよ。ちょっと年下なんだけど、友達にクィンシーって子がいてさ。その子も何かあったみたいで、あんまり外で遊ぶな、って言われてたそうで。二人でいつも家の中で遊んでたから、寂しくはなかったんだけどね。・・・・で、しばらくして、クィンシーが病気になったってことで、一緒に遊べなくなったのよ。それが、しばらくして病気が治ったら、元気いっぱい外で走り回れるようになってね。なんでも、シドさんっていう魔道士さんが治してくれたとか。それで、家にもシドさんに来てもらったの。」
 そうして、ミーシャは遠い目をした。



 初めて会ったその人は、困った顔をしていた。
「あー・・・・その、えーと・・・・ミーシャちゃん?言いにくいんだけど・・・・あのね、私は、万能ってわけじゃないんだ。」
 シドは、そう言って話始めた。当時14歳だったミーシャに理解できるよう、ゆっくり、丁寧に。
 自分は、クィンシーを治した者だということ。それで、ミーシャの両親に頼まれ、ここに来たこと。ミーシャの病と、クィンシーの病は違うこと。そして、自分にはミーシャの病を治せないということ。
 ミーシャは、賢い子供だった。だから、ちょっと泣いたけど、見苦しくシドにすがることはなかった。シドは、ゆっくりとミーシャの頭を撫ぜていた、ミーシャが、眠るまで。そして、次の日の朝のこと。



「シドさん、これくれたの。あてになるかわからないけど、ないよりはましだから、って。」
 そう言って、ミーシャは服の中からそれを引っ張り出す。
 それは、ラズリが、そしてかつてはクィンシーが持っていたペンダントと、同じものだった。
 フィーアには分かった。それは、強い結界を生み出し、内部の空気を浄化する力を持つ、『シドの遺産』。その力は、空中を浮遊する細菌・ウィルスをも寄せ付けない。
「あなたは、『メンエキリョク』が弱いのよ、って言ってたの。」
 フィーアは、愕然としていた。ここにも、シドに救われたものがいる。
 フィーアは、『シド』のことがわからなかった。でも・・・・
 一つだけ、フィーアはミーシャに問うた。
「・・・・あなたは、シドが憎くはないのですか?あなたを完治させてくれなかった、シドを。」
 ミーシャは、首を横に振った。
「全然!そりゃ、最初は少しはうらんだけど、それでもあたし、あの人に感謝してるんだ!まじめにあたしのこと考えてくれたし、変にごまかさなかったし。このペンダント、実際効果あったみたいで、こうして一応外に出られるようになったしね!」
「そう、ですか。」
 フィーアはそう言って空を仰ぐ。これが、あの闇の中の『思い』が知れといった真実なのだろうか。
 ミーシャは続ける。
「ただまあ、将来子供も同じ体質にならないかは心配よねー。先のことだけど。」
 と、突然ミーシャがニヤリと笑う。
「ね、フィーア。あんた実は、ここにいるはずない人でしょう?」
「はい?」
 唐突な質問に、フィーアは目を丸くする。
「ふっふっふ・・・・実はあたし、見ちゃったのよねー!あんたが何もないところに、いきなりぽんっと現れたところ!」
 フィーアは、ますます驚きをあらわにした。それならば、なぜ・・・・
「あ、今、じゃあ何でこれまで話に付き合ったのか〜、とか思ってるでしょ!?」
 呆然としたまま、こくこく頷く。
「それはねぇ・・・・。あんたにそっくりのあの人が、言ってたんだよ。妹をよろしく、今日ここに現れるはずだから、って。」
「ツヴァイ姉さまが!?なぜ!?」
「神託だ、ってさ。ちなみにあたしも意味わかんないけど、フィーアわかる?」
 そうだ、たしかにツヴァイは、神の力を持つものだから、ある程度自分の意思で、見たい未来を『神託』という形で見ることができた。だから、フィーアはミーシャになんとなく、と答える。
「ホントは半信半疑だったんだけど、見てたらホントに現れるし、いい子だし。ねえフィーア、あんたホントはどこから来たの?」
「・・・・・・・・ここよりも未来から、です。」
「そっか。・・・・帰れる?」
「帰ってみせます。やるべきことが、ありますから。」
 決意のまなざしでそう語ると、ミーシャは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、これ、あげる!」
 その手に乗っているのは、ミーシャを守るペンダント。フィーアは、本日何度目かの驚愕をあらわにした。
「この力使えば帰れる、って、あの人・・・・ツヴァイさん?から。」
 愛されてるねぇ、と軽口を叩き、ミーシャはペンダントをフィーアに押し付ける。
「ちょ、ちょっと待ってください!受け取れません!」
「ダメだよ。」
 突然の静かな声に、フィーアは目を見張る。
「ダメだよ、フィーア。受け取ってくれなくちゃ。・・・・あのさ、一つ思ったんだけど、フィーア優しすぎ。って言うか多く望みすぎ。多少の犠牲はやむなし、くらいの考えじゃなきゃ、これから先大変だよ?」
「・・・・多くを望んでは、いけないのですか?」
「いけないとは言わないよ。でも、見極めようよ、自分の限界を。・・・・やるべきことが、あるんでしょ?」
 フィーアは沈黙する。と、唐突に明るくミーシャが言った。
「と、いうふうに言ってくれと、ツヴァイさんから。」
 かくっ、とフィーアが脱力した。
「でも、真実だと思う。受け取ってよフィーア。あたしはもう、大丈夫だから。」
 ミーシャは笑っているが、そのまなざしは真剣で。だからフィーアはためらいつつも、手を伸ばしてペンダントを受け取った。・・・・と同時にミーシャの手を捕らえ、早口に呪文を唱える。
「フィーア?」
「シドほど強力ではありませんが、守りの術をかけました。・・・・ごめんなさい。」
 ミーシャは、呆れたように笑い、フィーアをぽん、と叩いた。
「そういう時は、ありがとう、って言うものだよ!」
「・・・・・・・・ありがとうございます。」
「さ、早く行ったほうがいい!頑張れ!フィーア!」
 ミーシャの声を受け、フィーアはペンダントを握りしめる。すると、ペンダントが淡い光を放った。それは、ツヴァイからの贈り物。未来へ行くための魔法、その構成。
 フィーアはそれを解き放つ。シドと、ツヴァイと、フィーア自身の魔力によって、道を開く。
「あ、そうだ!フィーア!」
 旅立つ瞬間、ミーシャが言った。
「あたし、子供が生まれたら、男ならティオ、女ならシエルってつけるから!もし出会ったらよろしく言ってね!」
 その瞬間、フィーアは『知るべき真実』の正体を悟った。
 最後の最後まで、ミーシャには驚かされたものだ、と、フィーアは少しだけ笑った。




     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆



 「「「「「「フィーア(さん)!!!!」」」」」」
 皆の叫びが重なる。しかし、その声に応えるものはいない。
「アハハハハハ!やった!母さん、シエルはあなたの敵を取りました!アハハハハハ!」
 シエルの哄笑が響く中、皆は立ち尽くしていた。

「確かに、私はあなたの敵、かもしれませんね。あなたがシエル=サフェイロスならば。」
 ふわり、と、淡い光が満ちる。ペンダントを胸に抱いたフィーアを包むように。
「フィーア・・・・本物、なのか?」
 セフィクスが呆然と呟く。
「私の偽者など、いないと思いますが。・・・・セフィクスさん、あなたならわかるでしょう。彼女のフルネームは、シエル=サフェイロスですか?」
「ああ。」
 やはり、とフィーアは呟き、ペンダントに黙祷する。

「ミーシャさん・・・・ツヴァイ姉さま・・・・。私は、なすべきことをします。」


 あとがき代わりの次回予告

 彼女にとって、『ヒト』とは何なのだろう。『平和』の名を冠する彼女にとっては。
 分かたれた道が同じ終焉を迎えるとき、『彼女』は現れた。
 望みを叶える、そのために・・・・

 次回、虚ろの中の蒼き影第10話、『濡らす涙に戸惑う少女』
 「さあ、ゲームのはじまりだ。」


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31447虚ろの中の蒼き影 10話朱姫 依緒琉 2005/5/13 08:47:14
記事番号31367へのコメント
 こんにちは、朱姫 依緒琉です。
 すみません、遅くなりました!・・・・とりあえず、またしても暗くなってしまった、シエル編ラストです。
 では、どうぞ!




  虚ろの中の蒼き影

 10:濡らす涙に戸惑う少女

「ツヴァイ、ツヴァイめ!何で戻ってきた!!」
 激情のままに、シエルは『歪み』をばら撒き続ける。しかし、それは激情のままだからこそ単調で。フィーアはいともたやすくよけてゆく。
「あなたの敵はこの私。『フィーア』があなたの敵。それは認めましょう。これが、一つ目の『知るべき真実』。」
 緩やかな足取りで、フィーアはブレスレットの下へ歩み寄る。屈んでそれを拾うと、フィーアはそれを腕にはつけず、懐にしまった。
「私がここに戻ってこられたのは、あなたの母、ミーシャさんのおかげです。しかし、私は彼女を守るものを、ここに持ってきてしまった。彼女が病気で死んだなら、私にもその責任はあるでしょう。」
 これまでならば、フィーアは俯いていただろう。そうして、シエルが自分に手を下すのを良しとしていたかもしれない。しかし今、フィーアはまっすぐに顔を上げて、シエルを見ていた。
「『知るべき真実』の二つ目は、あなたがミーシャの娘であること。そして、三つ目は・・・・」
 フィーアの左手が開かれる。握りしめていたペンダントが零れ落ちた。その手のひらには、緋い光が滲み出し、あたりを照らす。
「三つ目の『知るべき真実』は、ミーシャさんの人となり。なぜ、知らねばならなかったのか。それは恐らく、あなたの誤解を解くため。・・・・私が言うのも何ですが、ミーシャさんは復讐など望んでいないと思いますよ。」
 滲み出す緋い光は徐々にフィーアに纏わり付く。セフィクスが動こうとしているが、叶わない。いや、セフィクスだけではない。その場にいる誰もが、指先すら動かせなくなっている。シエルも、例外ではない。フィーアは、そっと目を閉じて、自分の出した『結論』の、その結末を思い描く。覚悟を、決めねばならない。例えそれが、どれほどに辛いことでも。
「しかし、誤解を解いたとしても・・・・・・・・、いえ、あなた自身が一番よくわかっているでしょう。ですから、今まで申し上げたことは、ある意味全く無意味なもの。それでも、知る必要があったのは・・・・私が、判断を誤らぬため。」
 緋い光はついに完全にフィーアを浸し、広がりを止める。それでもなお光は溢れ続け、少しずつ光が強くなってゆく。フィーアは、目を開いた。これまでの温和な『フィーア』の色ではなく、冷徹な『フォレン』の瞳となって。
「あなたの望みを叶えます。・・・・復讐すべき相手はここ。さあ、戦いましょう。」
 そして、フィーアは左手を振り上げ、そして、叫んだ。
「異界の残滓よ、アキバ=シドウに連なるものが命じる・・・・我が意に従え!」
 緋の光が、どくん、と脈動した。同時に、この場の全員が一斉に、言いようもない違和感に襲われる。しかしそれは一瞬で消え、同時に身体の自由も戻っていた。
 最初に反応したのは、セフィクス。一瞬にしてフィーアの前に移動し、拘束しようとするが・・・・逆にセフィクスが弾き飛ばされる。ゼロスは、その結果を予測していたようだ。わずかに紫の瞳を除かせるだけ。
「無駄だと判っているのでしょう?この世界の力のみで、この力に・・・・残滓とはいえ、シドの魔力に対抗することは出来ません。」
「気でも狂ったのか!?お前は、それの意味をわかって使っているのか!?」
「私は正気ですよ。意味も、もちろんわかっています。それでも・・・・・・・・やらねばならない時もあるのです。・・・・ご安心を。世界に影響を出すようなことは、決していたしません。それでも、道を阻むのならば・・・・
 ・・・・・・・・力ずくでも、排除いたします。皆さんも、手出しは無用です。」
 そこまで言われて、流石のセフィクスも押し黙った。
 フィーアは、改めてシエルを見る。
「さあ、今度こそ始めましょう。」


 戦いは、長く続いた。
 フィーアの使う『シドの魔力』は、シエルの『歪み』をことごとく無力化するものの、フィーアはシエルに決定的な一撃を与えることが出来ない。
 そして・・・・・・・・


 唐突に、終わりは訪れた。
「っっ!」
 シエルの体が傾ぐ。薄布を纏い浮いていた体が、薄布ごと地に落ちる。両手が胸を掻き毟り、声にならない絶叫が響いた。
「・・・・・・・・」
 フィーアは、何も言わない。まるで、こうなることがわかっていたとでも言うように。
 フィーアは優しくシエルに触れる。シエルはその手を振り払い、その拍子に爪がフィーアの頬を掠める。フィーアの頬から、一筋の血が流れた。
「満足、ですか?」
 フィーアは傷に全くかまわず、再びシエルに手を伸ばす。再びその手を振り払おうとしたが、意思に反してシエルの手は動かなかった。フィーアは再び問いかける。
「満足ですか?『遺産』に踊らされ、『遺産』に命を吸われ、本来ならばまだ猶予があった時を削り、ここで朽ちてゆく。あなたは、これで満足ですか?」
 残酷な問いだった。アメリアが、フィーアを止めようと歩みを進める。と、か細い声が聞こえ、アメリアは歩みを止めた。
「ウルサイ・・・・。アタシのことを、あんたなんかが語るな・・・・。アタシから母さんを奪ったくせに・・・・」
「・・・・・・・・・・・・再び、会えますよ。ミーシャさんに頼まれました。・・・・あなたを送ります・・・・ミーシャさんの待つところへ。」
 フィーアは、ここへ戻る途中、再びミーシャと会っていたのだ。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 また、あの暗い場所だった。しかし今回は迷うことはない。ただひたすらに進む。・・・・と、ついさっき聞いた声と同じ『思い』がフィーアを呼び止めた。
 −フィーア・・・・だよね?久しぶり!−
(・・・・はい?)
 −やーね、あたしよあたし、ミーシャ!−
 フィーアはまたしても絶句した。本当に、この人には驚かされてばかりだ。

 −ねぇ、フィーア・・・・とある人に聞いたんだけどさ。フィーアのいた所で、ウチの娘、暴走してるんだって?−
 フィーアは押し黙る。誰に聞いたのかも気になるが、それ以上にシエルのことが胸を塞いだ。実は、フィーアには一つ判っていることがある。《扉の羽衣》は、異界の魔力によってしか発動しない。それを持たぬものが強引に使おうとすれば・・・・・・・・《扉の羽衣》は、使用者の命を削って発動するのだ。だから、フィーアはブレスレットを・・・・『シドの遺産』である、《封真の枷》を外したのだ。自らの内に眠るシドの魔力を開放し、《扉の羽衣》の力を中和し、シエルを生かすために。
 −まあ、あたしの娘ながら、あの『思い込んだら一直線!』な性格は、どうかと思ってたのよねぇ〜。・・・・だから、あたしが死んだ後、あたしの日記でも読んで、誤解したんじゃないかな?−
 そこには、シドとツヴァイのことまで、事細かに書いてあったらしい。更には、あの日フィーアにペンダントを渡した経緯まで。
 −ごめんね、迷惑かけてるみたいで。−
(いえ、そんな・・・・)
 −・・・・・・・・あのさ、これだけは正直に聞かせて。・・・・ウチの娘、このままだとどうなるの?−
 フィーアは、しばし逡巡する。それでも、口を開き事実を告げた。
(・・・・このままでは間違いなく、『遺産』に命を吸い尽くされ、死に至ります。・・・・・・・・最悪の場合、死してなおその体は『遺産』に乗っ取られ、世界を滅ぼすことに・・・・。)
 −・・・・・・・・・・・・そっか。−
 ミーシャは押し黙る。しばしの沈黙。そしてその後に、ミーシャは口を開いた。
 −ねえ、フィーア。お願いがあるの。あたしからの、最初で最後のお願い。あの子は、あなたへの『復讐』のために暴走してるんでしょ?・・・・・・・・
  ・・・・・・・・なら、お願い。あの子の望みを、叶えてあげて。あの子と戦って。それで・・・・『ここ』へ送って。−
 またしても、驚愕。
(待ってください!まだ手は残っている!分の悪い賭けではありますが、可能性は残っているんです!助けられるかもしれないのに・・・・)
 −聞いて、フィーア。−
 凛と響いたミーシャの声が、フィーアの言葉を遮った。
 −あれから、あたしにもいろいろあってね。そのせいで、あの子の世界は極端に狭いの。・・・・・・・・世界はあの子が生きるには辛すぎる。心が、壊れてしまう。そうなれば、きっともう止まらない。あんたに似た人見つけるたびに、無差別に殺すようになっても不思議じゃない。・・・・あたしは、ここからあの子を見ていて、そう確信した。だから・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・あたしのエゴで、あの子の未来を奪うの。あんたのせいじゃないのよ、フィーア。−
 そう言って、今度は少しだけ笑う。
 −まったく、あたしってば母親失格・友人失格よね〜。よりによって大事な友達に、自分の娘の殺人依頼だもの。まったく、あたしってば、ひどいやつ!−
(・・・・・・・・それもまた、思いやりだと、私は信じます。・・・・あなたの願い、叶えましょう。シエルを、あなたの元へ。・・・・・・・・でも、私は決して忘れませんよ。あなたのこと、シエルのこと。・・・・私はもう、逃げません。迷うことがあっても、それだけは決して。・・・・あの人と共にいて、恥じる自分はもう結構ですから。)
 −ん。ごめんね・・・・。−
(謝らないでください、私が決めたことです。)
 −・・・・何か、いきなり強くなったね、フィーア。あ、ねえ、最後に一つだけ聞いていい?−
(・・・・?はい、どうぞ?)
 −『あの人』って、誰?−
 一瞬だけ呆気に取られたが、すぐにフィーアは微笑む。
(私の守るべき人、守りたい人・・・・アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン様です。)
 −そう、いい人見つけたね、フィーア。・・・・じゃ、さよなら。−
 そして、意識は再び翔ける。本来あるべき時代へ・・・・


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 フィーアは、緩やかに呪文を紡ぐ。普通の呪文とは違った音律を持ったそれは、シドの作った呪文の一つ。異界の魔力で発動する、母の御許へ送る術。
「『導かれしものよ 世を超えしものよ 今こそあるべき姿に戻れ
戒めの鎖は既に無く 交わされし契約は破られた
眠れ 眠れ 母の御許で 天地を貫き道を開かん
眠れ 眠れ 優しき闇に 扉は既にここにあり
全てを包む望みの力よ 今こそここにその威を示せ』
  放魔散華(リリアファーレ)」
 ふわり、と、シエルが溶け消える。《扉の羽衣》と共に。その最後の一片の消失を見届けて、フィーアは再びブレスレットをはめた。そして、皆を振り返る。
「終わりましたよ・・・・全て。」
 そう言って、少し悲しげに微笑んで。その頬には、一筋の涙。
「あれ・・・・?変ですね。・・・・・・・・覚悟していたことなのに・・・・・・・・」










「それはちょっと軽率だね?」
 全員が、はっと振り向いた。そこにいたのは、黒髪・黒目に白衣の女性・・・・シドのクローン、ミラ。
「お久しぶりね。随分と懐かしい面々もいるようだし、正式に名乗ってない人もいるし、まずは自己紹介でもしましょうか?
 ・・・・・・・・知ってのとおり、シドこと紫藤 晶羽のクローン、名前はミラ。ミラビリス=ミラージュ。そう長い付き合いじゃないとは思うけど、どうぞヨロシク。」
 そうして、呆然とする一同を睥睨し、にやりと笑う。
「ちょおっと、君たちジャマになってきたんだよね。・・・・だから、そろそろ決着でも、と思ってさ。」
 緊張感が、あたりに走る。心地よさげにそれを受け、ミラは高らかに宣言した。

「世界は遊戯盤、駒は自分自身、掛け金はあるべき未来。・・・・さあ、ゲームのはじまりだ。」


 あとがき代わりの次回予告

 純粋な願いは強く、またそれゆえ狂気に近く。
 神と魔と人との意思が集うとき、一つの『願い』が終わりを告げた。
 更なる謎を、置き去りにして。

 次回、虚ろの中の蒼き影第11話、『眠りを覚ます少女』
 「きっと、またすぐ会えるよ・・・・」


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