◆−All was Given 〜前書き〜−久賀みのる (2004/11/2 00:14:37) No.30840
 ┗All was Given 〜10〜−久賀みのる (2004/11/2 00:20:22) No.30841
  ┗Re:All was Given 〜10〜−エモーション (2004/11/3 20:38:48) No.30847
   ┗ボケが少ないと書きづらいですねー(をい)−久賀みのる (2004/11/4 22:58:29) No.30858


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30840All was Given 〜前書き〜久賀みのる E-mail URL2004/11/2 00:14:37


 ――就活と言う山脈を越えると、そこには卒論という密林が広がっていた――
 日本語迷宮突貫工事突撃隊こと久賀みのるです。
 …………いや、本当にお待たせしました。申し訳ないですー(滝汗)

 ちなみに今回、この前書きを書いているのが23時50分ですので、
間に合うかどうかは激しく微妙です。無理なら石でも投げてやってください(ぇ

 ま、そのあたりの裏話はさておいて。もとい、締め切り話は裏でもなんでもないのですが。
 ついに大台に乗りました「All was Given」、第十章をお届けに参りました〜。 
 ちなみに今回の文字総数は、なんと約13000文字。長さ的には5章についで二位に当たります。
 長くなった理由としては、まず必要なシーン数が多かったということと、
実質次の章との前後編になっているので、そのあたりの伏線が必要だったと言うことなどですね。
 この分量でも、実は結構削りました。
 …………おかげでギャグが少なくなってしまいました(不満←待て)
 徐々に盛り上がる緊迫感なんぞが少しでも感じていただければ幸いです。

 なお、前回と同じく、「宣伝レス」、「対談型レス」、「全文引用レス」はご遠慮願います。
 またあらすじなどは書いていませんので、先月分までの話を読みたい方は、
著者別の「のりぃ」のリストからとんでくださいね。


 いつものごとく長い前書きに付き合って頂いてありがとうございます。
 それでは、本文をどうぞ。

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30841All was Given 〜10〜久賀みのる E-mail URL2004/11/2 00:20:22
記事番号30840へのコメント

                            All was Given 
                         〜Stormy Afternoon〜


 
 何のかの言っても、屋根の下で平穏に過ごせるのはありがたいことだとデューンは思う。
 雨が降っても風が吹いても大丈夫。焚き火の始末の必要もないし、何より夜襲の心配が無いのがありがたい。
 もっとも、たとえ屋根があったとしても、必ずしも平穏に過ごせるとは限らないわけだが。
 さりげなく周囲に視線を走らせる。彼の地元と多少は違うが、穏やかそうな村の中。やや曇り出した太陽の下、野良仕事をする大人達や、駆け回る子供達の姿が見える。小さな宿屋の玄関口で、庭に出ていた宿の主人と、クレイスが宿代の交渉をしていた。
 ごくごく普通の光景なのに、何かが神経に触れる気がするのは、まさか崩れ気味の天気のせいと言うことも無いだろうが。なんとなく後ろのマックを振り向くと、マックはすでにいなかった。
 「………………?」
 目つきが悪くならないように注意して、さらに周りを見回してみる。手近な場所にはとりたてて、変わったものは見つからない。ついでに言うなら、彼女がとっさに隠れられるような木も壁もないし、そもそも冗談でそんなことをする理由が無い。
 (…………ってぇことは……)
 「デューンー。部屋取れたよー。一番奥だって」
 部屋の鍵を受け取ったクレイスが、すたすたと玄関をくぐって先に行く。デューンもそれを追って歩き出し――歩く途中で肩越しに、親指を一つ立てて見せた。
 
 
 「うわ。気づきやがった。ふつー気づくかこの距離で。」
 それなりに離れた木陰の下で、遠眼鏡片手にマックが呆れていた。
 
 
 
 「やーれやれ。差し当たっては助かったかな? 夜は雨になりそうだったしね」
 「一晩何事も無く過ごせるとも限んねぇけどな」
 ドアを開けるなり、いきなり荷物を部屋に放り込みながらクレイスが言う。こちら側からドアに鍵をかける間に、デューンが窓を開けていた。
 「あ、デューンも気づいてたか。村の雰囲気。何かこー、微妙に張りつめてるっぽくない?」
 「だな。ただ単によそ者に排他的なだけかもしれねぇけど、気ぃ抜かねぇほうがいい」
 「……まーね。
 でもさ、その辺のことを検討するより、もっと優先順位の高い質問があるんだけど。
 マックどこ行ったのさ。マック。なんか気づいたらいなかったんだけど」
 ドアに体重をかけたまま、非難がましく言うクレイス。何も言わずにいなくなられたのが癪に障るらしい。
 「村に入ってしばらくは一緒だったし、さっきは向こうの茂みあたりにいたぞ。
 今何してるか知らねぇけど」
 「向こうの茂み?」
 デューンの横まで部屋を横切り、窓から外を、見える範囲で観察してみる。窓の左手には村の広場と、その向こうにある古びた教会。古びた十字を屋根の上に聖印として掲げたそれは、グラディエルスには見られないとはいえ、こちらではごく普通の光景だ。広場の周りに幾つかの商店が並び、後は広がる畑の中に、ぽつぽつと木造の家がある。
 「……って茂み? どこの?」
 「あの辺」
 「………………デューン………… あれは茂みって言うか木陰って言うか山だと思うよ……」
 宿の右手側には、後ろにそびえる山がせり出すように裾野を延ばしていた。今彼らがいる部屋は右の角部屋なので、横の窓からならばもっと楽に山肌を眺めることが出来る。もっとも、宿との距離はそれなりにあるので、人影を見つけるのはともかく、見分けるのはそれなりに難しそうだ。
 「…………ま、デューンがいたって言うならいたんだろーけど。
 それで、どーする? 探しに行く?」
 「いや、探しに行ったところでメリットねぇだろ」
 「へ?」
 おそらく予想外の返事だったのだろう、クレイスが、なかなか間抜けな顔をする。デューンは窓を閉め、鍵をかけてから、どうと言うことも無く説明しだした。
 「まず、俺らに黙って姿を消すだろ?
 その後姿を消したままわざわざ泊まる宿の位置まで確認してるだろ。
 っつーことは、『俺らに知られたくないことがある』、かつ『ここで別れて放り出すつもりは無い』ってことになるわけだ。
 放っとけば帰ってくるだろ」
 「ここに戻る気は無いけど巻き込む気も無いから、位置だけ確認したって考えは?」
 「だとしたらヤツだけ一人で頑張るってだけだろ? 問題ねぇじゃん。
 ま、勝手に一人で単独行動なんぞを選んでくれた以上、自力で頑張ってくれって方向で」
 それこそ放り出すような言い方に、クレイスが軽く目を丸くする。
 「………………ついでにもう一つ質問があるんですけどデューンさん」
 「何だよ」
 「単独行動した挙句に、迷子になるとか落とし穴にはまるとか、それこそ非友好的な村人達にとっ捕まるとか、そーゆーことになったらどーするおつもりで?」
 「迷子だのなんだのは自分でどーにかしろ。俺らだって落とし穴にハメられかけただろーが。
 村人にとっ捕まったってんなら、多分こっちにも村人側から何かしらのアクションがあるだろうし、そうしたらそのとき考えるさ。
 大体、何か起こるって決まったわけでもねぇだろーしな」
 「…………もう一つ、いい?」
 「何だよお前は。さっきから」
 「ひょっとしてデューン、怒ってる?」
 「いんや。全然。」
 怒っているかと聞かれて、『全然』とまで答えてくるときは、彼はたいてい怒っているのである。
 スネたな。こいつ。無言で置いてかれて。
 内心で肩をすくめつつ、クレイスは荷物を整理することにした。デューンはしばらくここから動く気は無いようだし、だとしたらここでさらにバラけたところで仕方が無い。ついでに言うなら、そうしたところで何の得もありそうに思えなかった。
 (雨が降る前に帰って来ればいいけどねー……)
 鍵を閉めた窓から眺める雲は、数と厚みを増しつつあった。
 
 
 
 厚みを増し行く暗雲の下、マックは山腹を移動していた。
 村全体を見下ろす位置まで上り、そこから全体を俯瞰するつもりである。
 少々神経質に過ぎるかもしれない。だが、どうにも気になる点があったのだ。肌をかするような緊張感と、同時に見抜いた一つの特異点。
 (……人が多すぎる)
 それが、彼女がこの村に抱いた違和感である。
 総人口としては決して大きなものではない。元からして街道から外れた小さな村である。古びた教会といくつかの小店、農家と兼業の村の宿。この程度のささやかな共同体としては珍しいほどのものではない。
 気になっているのは、その建物数に対する人の多さだった。
 昼間だからと言って、家中の人間が外に出ているとは限らない。室内で家事にいそしむ者もいるだろうし、寝たきりで動けない老人もいるだろう。総人口と、時間別の外出人数との割合は、生活環境やスタイルによって、一定の比率を形成する。言い換えれば、「この規模の村でこの程度の総人口ならば、道を歩いていてこの程度の人数とすれ違うのが自然」というバランスがあるのだ。
 そのバランスが、この村ではおかしい。
 外にいる人数が、明らかに多すぎる。収穫などの人手の要る農作業の最中のようにも見えないのに、すれ違う人間がやたらと多い。何より入ってきたよそ者を明らかに警戒しているのがわかるのだが、その上で通常よりもアクティブになると言う理屈が全くわからない。排他的な村、というものはそこここにあるが、よそ者が来るととたんに外出を始め出す排他的な村人、などというものは聞いたことも無い。
 とはいえ、彼女自身としても、何か異常があると言う確信があるわけではない。ただ単に、このあたりではこういう習俗なのだと言う可能性も無いではないのだ。また、何もなかったときのことを考えると、同行している子供達に話すのにも忍びなかった。
 何も異常が無いなら―― あるいは、自分達にかかわりの無い事態であることが判れば―― すぐに宿の方に戻るつもりである。どうせへそを曲げられた上、言われる文句も一つではすまないだろうが、何事も無かったなら笑い話で済む程度のもののはずだ。
 (……っにしても……つくづく厄介な話になっちまったなー…………)
 内心愚痴りながら額のバンダナに触れたとき、前方の木立に切れ目が見えた。おそらくは、目指していた山腹の平地だろう。登ってきた方向が正しければ、村の裏手側に出るはずである。
 村の方向を脳裏で確認しつつ、マックは懐から遠眼鏡を抜き出した。
 
 
 
 「……にしてもさー、何だと思う? 村の雰囲気の理由。
 なんていうか、排他的って一言で片付けるには、どっか違うよね」
 「まあ、確かにな」
 ほつれた神官衣の裾を縫い直し、糸を噛み切りながらクレイスが言う。手入れを終えた自分の剣を、ためつすがめつしているデューンが、返答を返す。
 「ただ単に嫌われてるとかウザがられてるとかって感じだけじゃないし。
 こー、脅える? じゃない、怖がる? でもないか。何てゆーのかなー…………」
 「俺は単に、お前があからさまに異教徒のカッコしてるから警戒されてんのかとも思ったんだけどよ」
 「え? 僕のせい?」
 片あぐらの上に白の神官衣を広げたまま、額の聖印に軽く触れて言うクレイス。
 クレイスの信仰する雷神ティアラの略式神官衣は、基本的にはそれほど目立つ形をしていない。大まかなところは、普段着の上から着る、踝までの長さをした袖なしの上着である。頭からかぶる形の貫頭衣に似た形状で、腰から下にスリットが入っており、襟首周りやスリット、裾周りが、補強をかねて黄色い布で縁取られている。珍しくはあるものの文様などが無く、下が普段着であることも手伝い、それほど街中でも浮くような格好ではない。
 だが一方で、額に下がった真鍮製のティアラの聖印は、それなりに目立つだろう。 S字を尖らせたような雷型の聖印の珍しさもさることながら、大陸では「額飾り」そのものが重要な意味を持つ。頭を人そのものの象徴とみなす宗教風俗のため、十字以外の額飾りと言えば、一人一人が固有の紋章を持つ王族の、身分証明を兼ねた豪奢な物ぐらいしかない。二本の皮ひもで金属を下げただけの質素な額飾りは、実質自分が異邦人であると宣言するようなものである。
 「……っつーか、お前がそのカッコ止めれば少しは雰囲気変わるんじゃね?」
 「えー? やだよ。目立つからなんて理由でスタイル変えるの」
 「……ひょっとしたら雰囲気が変わった上宿台割り引いてくれるかも」
 「えええええっ!? そうと聞いたら変えなきゃ大損な気がしてきたよ!!
 ああっでもそーゆー理由で聖印を外すのも何か信仰を金で売ってるよーな気がして何か嫌かもっ!? 
 とは言え『削れる経費はとことん削れ』って言う家訓にも外れるのもまずい気がっ!?
 神よ! 私に何をしろとゆーのですかっ!?」
 「……何で宿代だけでそこまで盛り上がれるんだ。お前は」
 勝手に一人で盛り上がるクレイスに、いつものとおりツッコむデューン。剣を鞘に収めて傍らに立てかけたところで、扉のノックされる音が響いた。
 とっさに脳裏をよぎるのは、さっきの馬鹿話。”―― 村人にとっ捕まったってんなら、多分こっちにも村人側から何かしらのアクションがあるだろうし――”
 慌ててベッドから飛び降りるクレイス。デューンは座っていた椅子を引き、いつでも立ち上がれる体勢になってから言った。
 「……誰だ?」
 「……ちょっとお話したいことがありまして」
 やや発音が硬いような気がするその声は、宿の主人のものだった。
 窓のガラスに水滴が、何本か線を引き始めた――
 
 
 
 「…………ミスったかな。こりゃあ」
 抜いたばかりの遠眼鏡を片手に、マックはやれやれとつぶやいた。
 本当なら、教会の裏手の山の中腹に出る予定だったのだが、方位の確認を怠ったためか、あるいは考え事のせいなのか、なぜか宿の横手に出てしまったのである。
 まあ、村の様子を俯瞰できる高さなのには変わりないが、見たところ、山を登りだしたころに比べて、天気がかなり悪化している。そのためか、または他にも理由があるのか、多すぎると思ったほどいた村人は、今は全く見えなかった。
 いろんな意味で、自分の行動が徒労に思えてしまう瞬間である。
 「……あんま楽しくねー場所に突き当たっちまったみてーだしなぁ」
 視線を斜め左へ向ける。暗くなりつつある森に溶け込むように、一つの建物が崩れた姿を現していた。
 教会の廃墟である。こちらに、裏手を見せる形でたたずんでいる。
 どれほど前のものかはわからない。人が立ち入らなくなった建物は、あっという間に朽ちてゆくものだ。見たところこちらの方がまだ、村の中心にあったものよりも新しい気もするが、なぜこの教会が打ち捨てられたのかなど、彼女には取り立てて興味も無い。
 問題は、それなりに古いだろう教会があり、その裏手の平地に彼女がいると言うことだった。教会の裏手の平地。すなわち墓地である。足元に転がっている角の丸くなった石も、白い塗料を所々に残す裂けた木材も、元が何だったかを想像するのは難くない。したところで楽しくも無いが。
 暗い森。廃墟の教会。朽ち果てた墓地。風景の陰鬱さに思わず空を仰げば、厚い雲が何重にも灰色のグラデーションを描き、刻々と模様を変えていた。
 「……別に厄日とまでは言わねーけどよ。ヤな日だな。今日は。」
 思わずこぼれたそのつぶやきに、まるで答えるかのように、頬にぽつりと水滴が落ちた。
 「……ちっ。降り出して来やがった。引き上げた方がいいな」
 思わず舌打ちを残して歩き出す。元来た道を戻ればいいのだが、道無き山肌を突っ切ってしまおうかなどと、ついつい短気を起こすマックである。
 墓場を突っ切り、村に近い側の山肌を見る。樹が生い茂っていてわかりにくいが、山崩れでもあったのだろう、垂直とまでは行かないまでも、かなり急な崖となっていた。さすがに理由も無くこんなところを突っ切るのは、彼女としても面倒である。
 再びやれやれと首を振り、彼女はきびすを返しかけ―― そしてきびすを返せない。
 「!?」
 いつのまにか足元に何かが絡んでいる。咄嗟に足元に目を落とし、彼女は今度こそ驚愕した。
 「なっ!? まさかっ!!」
 その叫びと同時に。
 彼女の体は、崖の上へと投げ出されていた――
 
 
 
 「……で、話ってのは?」
 テーブルについたデューンの向こうに、宿の主人が座っていた。クレイスはデューンの後ろで壁にもたれて立っている。窓を叩いている雨音が、静かに、確実に、高まっていく。
 「いえ、簡単なことなんです。こんな雨の日にお客様に向かって言う言葉ではありませんが――」
 主人がポケットに手を入れる。クレイスが大きめに一歩を踏み出す。デューンは座ったまま微動だにしなかった。
 そして主人がポケットから手を抜き出し――取り出した革袋をテーブルに投げ出す。じゃらりという、重たげな音が彼らの耳に届いた。
 『!?』
 聞いた音から中身を察し、ますます不審に思う二人。クレイスの威嚇を気にもせず、宿の主人が静かに言った。
 「宿代はお返しします。迷惑料もお支払いしましょう。
 その代わり――今すぐ、この村から出て行っていただきたい」
 
 
 
 木々の密生する斜面の中を、マックが猛然と駆け下りる。赤毛が枝に引っかかり、白衣を茨が絡め取るが、頓着せずに走りぬけ、時折後方に銃撃を放つ。
 時刻もそろそろ遅い上、本格的に雨が降り出した。視界が悪く、足場も悪い。相手の動作が遅いのに助けられている状態だが、この膠着状態の中で日が沈んでしまえば、その後の展開が面白くないのは明白だろう。そうでなくても、飛び道具使いの彼女には、遮蔽物だらけの森というフィールドは嬉しいものではない。現に、銃撃はほとんど効果があがっていないようである。
 「っくしょう!! こんなシケた連中相手に森で鬼ごっこすることになるたーな!!」
 叫びつつ、懐から何かの金属塊を取り出して、ピンを抜き取り後方に放る。
 っごうんっ!!
 衝撃と大きな爆発音と共に、瞬間火柱が立ち上る。異形の影がその中で躍り、そして倒れ付すのが見えた。森の中で手榴弾など使えば山火事になってもおかしくないのは知っているが、本降りの雨の中でもあるし、何より手段をかまっていられない。
 いまや彼女は、一人で旅をしているわけではないのだから。
 「ああもうっ!! 計算違いも大概にしやがれ!!
 戻るまでしばらく保ちやがれよ!! ボケナス漫才二人組――!!」
 破れ放題になった白衣を森の中にいっそ破り捨て、彼女は疾走を続けていた。
 
 
 
 「ふーん。確かに、お客様に向かって言う台詞じゃないねー」
 クレイスがさらりと言ってのける。この手の交渉事に関しては、デューンよりもクレイスの方が場数を踏んでいる。デューンが前に出ているのは、ただ単にクレイスよりも回避能力があるからだ。クレイスが外見上甘く見られやすいのも確かではあるが。
 「で、理由は聞かせてもらえるんだろうな?」
 「僕ら何にも悪いことしてないはずだし。こんな雨の中歩いたりなんかしたら風邪も引くかもしれないし、ひょっとしたら足だって捻挫するかも」
 ずいぶんと攻撃的な態度である。普通の村の普通の宿での会話なら、彼らもここまで高飛車には出ないだろうが、今や彼らにも、状況のおかしさが歴然としつつある。排他的などという範囲を超えて、敵意が迫りつつあることが、肌に感じられているのだ。目の前に座っている宿の主人には、今のところ敵意は無いようだが、だからと言って気を抜くことが出来ない。
 読めない相手の意図、不審な態度、連れの一人が分断されていると言う状況も相まって、高まる警戒は、むしろ過敏なほどだった。
 「……あなた方がここにとどまることで、私達の生活が破綻してしまいますので」
 「……なら、その理由は?」
 「お話できません」
 「話せない理由については話せる?」
 「話せば――あなた方はここから出ることはございますまい」
 「――脅しのつもりか?」
 「いいえ。むしろ、話せばあなた方自身が出て行くことを望まれないでしょうから」
 声が、意図が、ぶつかり、絡み、弾きあう。地味ではあるが、これもまた戦闘なのだ。
 「当たり前だよ。僕らは宿に泊まりにきたんだから。好き好んで出て行きたいとは思わないさ。
 でも、きちんと理由があるならそれに従うぐらいの理性はあると思うよ?
 けど、何の理由も無く出て行けといわれても、僕らとしては困るわけで。
 この際、きちんと僕らが納得する方に賭けて、事態を話してくれないかな?」
 「――――いえ、やはりお話するべきではないと思います」
 「だったら、何で俺らを泊めた?
 『私達の生活が破綻する』とまで言っているんだ。複数人が生活することすら出来なくなるような事態なら、予測することぐらいは出来ただろう。
 大体、始めから俺らを中にいれずに、適当な難癖をつけて村から追い出せばよかっただろうに」
 デューンの言葉に、宿の主人はため息をつき、視線をテーブルの上にのたうつ木目の模様へと彷徨わせた。
 「…………私達は同じことを繰り返し続けることになっていますから。ゆえに私は宿の主人として、人を追い返すと言う選択肢は与えられていません。私がここにこうしていられるのは雨が降ったからという理由だけなのです」
 ぼそりとつぶやいたその台詞が呼び水となったかのように、説明ともうわ言ともつかぬ発言がつらつらと続きだす。
 「私達に夜はありません。太陽が昇り昇りまた昇っていく中で、それぞれが与え、与えられた役割を今もなお果たし続けているだけです。それは私達が眠りの炉へと落とされること無く終わらぬ夢を光の中で踊り続けるための代償でしょう。ですがあなた方は私達に夜を見せる。あなた方は夢の中に存在しないからでしょう。
 ゆえにあなた方を残しておけば、夜、私達は現実へと引きずり落とされます。夢も願望も、幻も希望も、すべては事実に晒された時消え行くものなのですから。あなた方を夢へと落とせと言う意見も多かったのですが―― あなた方が私達の手に負えるとは私は判断できませんでした」
 支離滅裂な発言に、デューンとクレイスが困惑する。宿の主人はそれを察して、ため息を一つついた後、話し方を普通に戻した。
 「――私がお話できるのはここまでです。こういった話し方でなければ、制約を超えることが出来ないのだとお考えください――
 ――ただ、一つ、お願いしたいことがあるのです」
 頭を振って、デューンとクレイスを等分に見やり、彼は続けた。
 「私には娘がいます。あなた方がここに来たとき、門の外で遊んでいたあの娘です。
 私は娘を死なせたくないんです。
 娘だけではなく、村の誰一人としても、死ぬのも死んでいくのも死んでいるのを見るのも嫌なんです。
 だから、私は言います。太陽の光が消える前に、村から出て行ってください。
 それが理不尽でも不合理でも、私達には私達の生活があるんです――」
 「――OK。わかった」
 椅子に座ったまま、デューンが言った。一瞬、部屋の中を沈黙が支配する。窓ガラスを叩く雨の音が、いよいよの本降りを告げていた。
 「――ただ、一つ条件がある。
 実はここにいるこいつ以外にも、もう一人連れがいるんだ。まずはそいつと連絡をつけたい。それから出て行ってもかまわないか?」
 「わかりました。こちらでも探せるだけ探しましょう。お連れさんの外見を――」
 
 
 っごうんっ!!
 
 
 そのとき、遠くから爆音が響いた。
 マックがちょうど、異形を一体焼き滅ぼした瞬間だった。
 
 
 
 「なっ!?」
 普段聞きなれているそれとはかすかに違う爆発音に、思わずデューンとクレイスが腰を浮かす。
 そして――宿の主人は、爆音の方に顔を向けたまま、呆然と言った。
 「――今――友人の一人が死にました」
 ゆるり、と首を回し、正面からデューンを見据える。
 「――なるほど――囮ですか。
 ずいぶんと愉快な手段をとられたものですね――」
 「ちょ、ちょっと待てっ! 俺達は今何も――」
 「うるさい! 卑劣漢ども!!」
 今までとは打って変わってのその大声には、紛れも無い憎悪と激情がこもっていた。
 「真教圏外の者たちなら理解してもらえるかとも思ったのに、それすら奸計か!?
 どこまで行こうとついて回るのか、姑息な教会の犬どもめ!!」
 よくわからない叫びと共に、突如テーブルが跳ね上がる!
 座っていた椅子を蹴り倒す形で、すばやく体を引くデューン。だが、倒れた椅子がかえって邪魔になり、咄嗟に足を抜き出せない。
 「くっ!」
 鼻面にまで迫ったテーブルを、平手で薙ぐように叩き落す。右手に相当の痛みが走るが、気にしてはいられない。
 だが、テーブルの向こうには、それを蹴り上げた当人たる宿の主人がすでにいない!
 「なっ!?」
 振り返れば、刃物のようなもので斬りかかられているクレイスがいた。
 テーブルを蹴り上げて目くらましをしかけ、その間に回り込んで後衛を叩こうとしたらしい。
 「だあああああっ!?」
 予想だにしなかったこの不意打ちを、クレイスは何とか宙に飛んで回避。だが無理な体勢から捻って跳んだため、このまま着地すればいい的である。
 クレイスが着地する一秒の時間を稼ぐため、剣を抜き払ってデューンが突撃! 大ぶりとなった一撃はしかし、体を反らすようにして難なくかわされる。
 「――雷撃よ電撃よ貫通せよ!
 ラルス!」
 ばぢむ!!
 跳んだ形のままで即座に呪文を唱えて放つクレイス。着地をあきらめて無理な姿勢から放った光線は、標的をかすることも無く、大きく外れて壁に穴を開けた。
 それでも、相手の注意を引くと言う目標は達成した。放たれた光線を目で追った一瞬の隙をついて――デューンが転がった椅子をぶん投げる!
 「!?」
 やや左手に向かって投げられた椅子を、宿の主人は右に回避し ――そこにデューンの剣の軌跡があった。
 彼の手に残された、胴を薙ぐその感触は、奇妙なほどに軽かった――
 
 
 
 がんっ!
 「っ痛(つ)っ!!」
 着地をあきらめて落ちたクレイスが、肩を床に打ちつけてうめきをあげる。覚悟しているとは言え、痛いものは痛い。もっとも、戦闘が終わった気の緩みのせいもあっただろうが。
 立ち上がってから肩に支障の無いことを確かめ、デューンを見ると、彼の方は斬り倒した死体を見下ろし、なにやら呆然としている。
 「デューン? どうしたのさ。
 今回の件は明らかに正当防衛が認められると思うけど……」
 「……そういう問題じゃねぇ。
 クレイス。ちょっとこれ、見てみな」
 デューンの声が、やけにかすれている。クレイスはその横から倒れている宿の主人を見下ろして――息を呑んだ。
 死体である。それは間違いない。体格や着ている物にも不審な点は無い。だが、その死体は、さっき斬られて死んだばかりのはずにもかかわらず、すでに干からび、肌が変色していた。ところどころ腐敗し、腐り落ちてすらいる箇所もある。さらに、両手の爪がやたらと長く伸び、湾曲している。先ほど刃物だと思われたのは、この鉤爪だったらしい。
 まともな人間の死体でもなければ、まともな動物の死体でもない。さっきまで動き、会話すらしていたことから考えればなおさらだ。
 「って、デューン!! 何これ!! ありえないよこんなの!!」
 「わかるかよンなこと。でもよ――多分 屍体(ゾンビ) ってヤツじゃねぇのか?これ」
 「そんなバカな! 屍霊術系は100年以上前に禁止術法に定められたはずだよ!
 っていうか、そんな外見ごまかせて話まで出来るゾンビなんかいるわけ無いだろ!?」
 「落ち着けアホクレイス! 騒いだところで何にもなんねぇよ!
 今必要なのは法学知識でも魔術知識でもねぇ、目の前のこれを現実問題として認識して片付けることだろーが!!」
 騒ぐクレイスの耳元でがなるデューン。言われたクレイスはぎりっと歯を鳴らし、足元の死体を睨み据え、やがて肩の力を抜いた末、頭を振った。
 「オーケーオーケー。認めようかデューン。
 これは現実だ。どれだけばかげていようが、事実は事実だよ。
 で、この冴えないシナリオを打破するために、僕らは何をすればいいのかな?」
 「決まってんだろーが!! てめぇまだ頭きっちり回ってねぇな!?」
 落ちていたクレイスの荷物を拾い、乱暴に彼に投げつけて、窓に駆け寄り周囲を確認する。
 「とっとと村を出てマックと合流する!
 日が落ちる前に合流しておかねぇと、何が起きるかわかったもんじゃねぇ!!」
 「了解!!」
 ようやく気の入ったクレイスの声と、窓の割れる音が重なった。
 
 
 
 飛び散る窓のガラスと共に、二人が二階から飛び降りる。
 雷鳴すら聞こえ出した豪雨の中、日没までどれほどの時間があるか、彼らにはすでにわからなかった――

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30847Re:All was Given 〜10〜エモーション E-mail 2004/11/3 20:38:48
記事番号30841へのコメント

のりぃ様、こんばんは。
そして就活、卒論……お疲れさまです。10章、お待ちしておりました。

かなり不思議な雰囲気の村へやって来たデューンくんたち。
速攻で単独行動に出ているマックさん……素早いですね。
旅をしていて、相当トラブルなどの場数は踏んでいるのでしょうから、
少しでも不審を感じたら、このくらいの警戒をしてさっさと回避行動するのが、
本来の彼女のデフォなのでしょうけれど。
村の住人達から受ける、妙な雰囲気が分かっていることもあってか、
マックさんの単独行動を一応理解(?)しつつも拗ねているデューンくんが、何か可愛いです。
また、クレイスくんの家の家訓「削れる経費はとことん削れ」には、
さすが一財産を築いた商家だけのことはある、と思いました。
……稼いだお金や予算をほぼ使い切るようでは、お金は貯まりませんからねぇ……(^_^;)

デューンくんとクレイスくんに出ていくように交渉しにきた、宿屋の主人の言葉。
そしてその後の展開から、フィブリゾに再生(というか、再現)させられた
サイラーグの方々と同じもののようだと思いましたが、この村の方々は、
自分たちの意思でそうなったのか、それとも誰かにそうさせられたけれど、
二度目の〃死〃に関しては拒否しているのかなと思いました。
さてデューンくんより先に、きっちりトラブってしまったマックさん。
一瞬、今年の百物語で話にでた「いやぼーんの法則」が起きるのかなと、
期待してしまいました。

雨の中、マックさんと合流するべく飛び出したデューンくんとクレイスくん。
無事に合流できるのでしょうか。さすがにツッコミ漫才している暇はなさそう、
と思いつつ、でも彼らなら軽い挨拶代わりのツッコミの応酬はありそうな気もしますね。
そしてこの村で何が起きたのでしょうか。
続きを楽しみにしています。

それでは、この辺で失礼します。

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30858ボケが少ないと書きづらいですねー(をい)久賀みのる E-mail URL2004/11/4 22:58:29
記事番号30847へのコメント

 こんばんはエモーション様。何とか今晩は眠れそうな久賀みのるです。
 レスありがとうございます――!!
 時間が空いてしまったので、本当に見捨てないで下さったのがありがたいのですよ(汗)
 よろしければ今後ともよろしくお願いいたしますです(礼)

>彼ら3人の行動判断
 彼らの場合、価値基準や優先順位がはっきりしてるので、良かれ悪しかれ個性が出てきますねー。
 マックは本来「自分が無事ならいーや」的キャラですが、今回は団体行動と言うことで、
当人的に納得のいく行動が出来ていないような感じです(笑)
 デューンは逆にとにかく仲間をまとめておきたいキャラなので、
マックの行動が癇に障ってるわけですね(苦笑)
 クレイスは……まあ、いつもどおりですかねー。勘当されても家訓は守る。ある意味立派かもです(待て)

>Rebirth Dead
 はい、御予想のとおりです。サイラーグの人々と、似たようなものではありますね。
 個人的に、「生きる権利を主張する死体」と言うのが書いてみたかったのもありますが。
 結果的には、マックの行動のために話し合い(?)は決裂してますが、
あれが無かったらどうなっただろうと考えてみるのも一興です(ぇ)

 ……ところで。マックはヒロインとして扱っていいんでしょうか?(爆)
 実のところ、彼女がピンチはともかくパニックに陥る状況が想像できなかったりする作者です(笑)

>ボケナス漫才二人組(byマック)
 いやー、実のところ彼らのギャグ会話シーンを削らなければならなかったことが
今回一番の苦労点だった気もするのですよ(爆)
 次回は出来るだけギャグを増やしたいのですが――次回一章で村を脱出しようとすると無理かもですー(汗)
 今までの章に比べて、この辺から展開が速くなってきて、
会話やギャグシーンを圧迫している感じです。まあ、当然と言えば当然ですが。

 それではこのあたりで失礼します。
 前後編ということもあり、出来れば今月中に次回を出したいのですが――
――無理かなぁ(汗)
 気長にお待ちいただければ幸いです。
 
 長文読解&レス、本当にありがとうございました!!

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