◆−微笑みの傷跡 11−ブラッド (2001/11/28 22:06:25) No.18550
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  ┗初めまして♪−蒼杜 (2001/12/9 02:30:36) NEW No.18728


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18550微笑みの傷跡 11ブラッド 2001/11/28 22:06:25


皆様、こんばんわvブラッドです。
この話を書いてて、あーなんかかなり無謀で難しい問題を書いてるんじゃないかと、私には不相応かなぁ、等と思っております(汗)
いろいろ詰め込みすぎてますね、私(苦笑)
こんな話を読んで下さってる方、本当にありがとうございますvv
それにしても、微笑って回想が多い話だよな(笑)
では、よろしければどうぞお読み下さいませv
**************************************  







        
                  彼の笑顔が見たかった。
 






      +++++++微笑みの傷跡 第11話++++++++








 カタリ

 アメリアは椅子に腰をおろしなおして、あの話の続きを彼らにしていた。頭の中は、もうだいぶ整理できていて、昨日の彼のお陰で随分と気持ちも落ち着いていた。
 話は、そろそろ佳境に入る。
 ゆっくりと、リナ、ガウリィ、ゼルガディスと視線を移していき、またゆっくりと口を開く。
『大丈夫』 
 その声は、ほとんど無声音に近かった。
 ふっと微笑み、瞳に力を込めて、アメリアは続きを話し始めた。

   


「ナルシスティックな人間は極端に惨めな自己イメージしか持ってはいない。というのを、アメリアちゃんは聞いたことあるかな?」
「いいえ」
「……あくまで一説にしか過ぎなくて、それが全ての人に当てはまるとは限らないんだけどね、少なくともジュエルはそうだと思う。まぁ半分は確かに性格もあると思うけどね」
 一度言葉を区切って、息をす、と吸う。
「そんな自分をまた認めたくなくて、そのため、自分を尊敬しろ、讃え等と求める。その行為で、安心感を求めているんだよ。それでもね、否定的な自己イメージの人は、感覚が鋭くなっている……えっと、卑屈……とでも言えばいいのかな」
 できるだけ、アメリアにもわかるよう言葉を選び、崩して説明してみる。
 目の前のアメリアを見てみると、彼女はこくりと頷き、同時に目を丸くさせていた。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんか……凄いなって」
 クスリ、と笑う。
「だって、ボクはなんでもこなすパーフェクトな医者だからねっ。あぁ、世界中を探してもボクほど全てをきちんと上手く、素早く、かつ完璧にこなす医者なんてきっといないだろうねっ。ボクはナンバーワンさっ」
 その姿を見て、アメリアは引きつった笑いを浮かべた。
「それに、ボクは一度ジュエルをカウンセリングしてみたことがあるしね」
「カウンセリングまで出来るんですか!?」
「ふっ。いっただろう? ボクはパーフェクトだって。でもなにより―――――」
 自信に溢れた笑みが消え、穏やかに、微笑む。 
「ボクはジュエルの兄だからね」
 兄としての表情を見せて、ラズライトは静かに言った。
「アメリアちゃんには、きっと迷惑をかけると思う。でも、それでも協力してほしい」
「ラズライトさん……」
「また、普通に笑えるようになってほしいんだ」







「まぁ、簡単に原因をいっちゃえば、うちの父親が駄目だったんだけどね」
 くすりと、笑う。
「駄目?」
「うん。最低。ろくでなし、マイペースすぎるねっ―――――」
 一度、何かを考え込むように俯き、一度確かに口を開き描けたのだが、そのままラズライトの唇はなんの音もださずに、息だけを漏らして、静かに閉じられた。
「あの時のジュエルは、まだ赤ん坊だった。もちろん、ボクも幼かったけどね」
 昔話の続きは語られる。
 次なる語り部は、軽く椅子にもたれて、目を閉じた。
「ジュエルの母と、ボクの母は別の人。その時、どちらの母親も死んだりなんかもしていない。つまり―――――わかるよね?」




 連れてきたミルクティー色の髪をした赤ん坊。
 珍しい髪色は、そうそうあるものでは無かった。
 ぱっと見ただけで、女は感づく。
『あぁ、彼の息子だ』
 
 別に、涙も出ないし、不思議と悲しくも無く、怒りもわいてこなかった。
 出てきたモノは、疑問のみ。
 女は、自分と同じ銀色の髪をした息子に、部屋へと戻るようにすすめる。
 広いリビングに残ったのは、男と女と男によく似た赤ん坊のみ。


 
「さてと」
 女は、溜め息とともに言葉を吐いた。
 そして。

 ガツンッ

 何かが、男の頭へとぶつかった。
「痛い?」
 女は問う。
「え? あ。うん。痛いな、めちゃくちゃ」
「そう」
「辞書? 我が家の女王様はこんなもん投げつけたわけですか?」
「悪い?」
「別に、悪くはないが」
 マイペースを崩さない男に、女は言う。
「で、貴方の子でしょ?」
「わかる?」
「当たり前」



「名前。よく考えたわね」
「気付いてたんだ」
「『スノー・ジュエル』にそっくりよね、あの花。でも―――――毒がある」
 目線は、部屋に飾られた『スノー・ジュエル』に映る。
「隠し子ね。ぴったりじゃないの」
 男は、何も発さない。
 きっ、と瞳に力を込め、女は男を見つめて言った。
 その視線は、男を捕らえ、逃がさない。
「勘違いしないでね。私は別にこの子を育てないとは言ってないんだから」
「じゃぁ?」
「育てるわよ。きまってるじゃない。この子になんの害もないわ。害があるとしたら、それは貴方」
「きついこというな」
「言われない、とでも思ってた?」
「まさか。覚悟済みだ」
 大袈裟な動作で、肩をすくめて男は苦笑する。
「当然」
 女は、笑った。


「名前。ジュエル……だっけ?」
「あぁ」
 女は、赤ん坊―――――ジュエルを抱く。
「詳しいことは、また明日ゆっくりと聞かせて貰うから。今日はゆっくりと頭のなか整理して、明日きっちりと私に理解できるように話すこと」
「了解」
 女の腕の中のジュエルは、小さな寝息を立てていた。
 がらり、と戸をあけて、女は寝室へと向かう途中で一言。
「ラズ。盗み聞きなんて趣味が悪いわよ」
 片隅で、ピクリと小さな銀髪が揺れた。
 
 



 
「とまぁ、見事に変わり者の母親だったんだねっ」
「さすが、お二人のお母様ですね」
「どういう意味だいっ?」
「ご想像にお任せ致します」







「さてと、早速詳しいお話を聞かせて頂きましょうか? 貴方」
 女はにっこりと無表情に笑う。
「おお、怖い怖い。君にそんな顔は似合わないよ」
「聞き飽きた。その台詞」
 言葉じゃなくて、台詞と断定する女に男は笑った。
「おや。きっぱり切り捨てられてしまったね」
「さぁ、どうでもいいからさっさと話して下さらないかしら?」
 先ほどから、普段使い慣れない口調で話す女に、男は首を傾げる。
「やっぱり、怒ってる?」
「どうかな。自分でもよくわかんない」
 女は、ふっと一瞬だけ表情を曇らせて、呟いた。
 男は、その様子に苦笑し、語り出す。

「確かに、ジュエルは俺の息子です」
「母親は?」
 女の質問に、男は答えた。
「消息不明」
「まじで?」
「まじで」
 大きく、男は溜め息をつく。


 女は、ゆったりとソファにもたれ、何かと考え込むかのように額に手を当てた。
「―――――――――あのさ、お願いがあるんだけど」
 男は女に視線を合わせ、肩を竦める。それは、オーケイという合図。
 その反応に満足したかのように大きく頷くと、女は言った。
「ジュエルは私がちゃんと育てるわよ。もちろん、特別扱いなんて一切しない。というか、そんな器用な事私にはできないしね」
「それは、ごもっともだ」
 男は、くすりと笑う。
 そんな男に、一度むっとした表情を見せると、女は淡々と言った。
「その変わり、産みの母親を捜すわよ」
 きっぱりと言った言葉に、男は目を丸くする。
(やっぱり、君は理解不能だ)
 表情豊かに、にこにこと話す、もう二十歳は過ぎた筈なのにやけに子供じみた一見馬鹿みたいな不器用お嬢様かと思えば、時に自分の予想以上の頭のよさをみせたりもし、予想外の発想を浮かべてくれる、はかりきれない女。
「君は複雑だ」
「それも聞き飽きた」
 女は、肩をすくめた。

 
 長い銀髪をかき上げると、女はさっきまで堅くしていた表情を、ふっと緩ませた。
「綺麗なもの好きはしってたけどさ、まさかこんな事までねぇ」
 皮肉に顔を歪ませ、男に言う。 
「今実感してる。惚れた弱みって恐ろしいね」





「まぁ、彼女はごく自然にボク達を育てたよ。ジュエルもこの家に来たときが赤ん坊だったから、何も知らなかったし、ボクにしては全くそういうのに興味はなかったしね。ジュエルは母親が違おうが、ボクの弟であることには変わりは無いんだし―――――あの頃は、確かに楽しいと感じていた」
「そうですか」
「でね、ジュエルの母親が見つかったんだ。そう、丁度ジュエルが今のアメリアちゃんよりも少し小さい頃かな。でもね、タイミングが悪かった。そう、ものすごく悪かったんだ」
「タイミング?」
「母親が見つかったのは、僕達の父親が死んだ後だったんだよ」
 





 その日は、お葬式。
 喪服に身を包んでおこなわれる、哀しみの宴。
 黒い人だかりをうんざりと抜け出して、女は軽く笑った。
「美人薄命って本当だね。貴方は美人だったもん」
 二人の息子は、母を追う。
 女の視線は、二人の息子を比べるようにして、それぞれを行き来した。
 くすり
 溜め息とも、笑いともとれる音は、風にとばされるんじゃないかと思うほど、小さかった。
「ラズは私似だけど、ジュエルは父親似ね」
 女の予想もしない一言に、ジュエルはピクリと身を震わす。
 女の言うとおり、確かにジュエルは父親とよく似ていた。それは、成長するごとに益々強く表れていく。ラズライトも決して似ていない、というわけでは無かったし、その美しい瞳の色は父親そっくりだったのだが、やはり髪の色が大きいのだろうか、ジュエルの方が随分と父親にそっくりだった。
 じっと見つめられて、目のやりどころを無くしたジュエルは、気まずそうに微笑んだ。 
 それを見て、女は少し懐かしむように言う。
「笑うと、もうそっくり」
 特に似ていたのが、その微笑みだった。


 そんな三人に朗報が届いたのは、それから約1年と半年がたった頃だった。
 


「ジュエル」
 母の呼ぶ声に、ジュエルは振り向く。その母の表情は、普段見慣れぬ真剣な顔だった。
 その表情を不振に思い、自然と警戒心が生まれる。
「何?」
「えっとね、一度話したわよね。ジュエルって実は私が産んだ子じゃないって」
「あぁ、それ。それがなに?」
 実際、ジュエルはそれに対して気にかけたことは無かった。別に、産みの母が誰であろうが、自分を育ててくれた人物こそ、自分にとっての親だ。その認識は、間違ってないと思ってるし、今更変える気もない。
「どうする? 産みの母親がみつかったんだけど」
 その言葉に、ジュエルは一瞬黙したのだが、すぐにいつもの調子を取り戻し、肩を竦めた。
 その様子をみて、ラズライトはくすりと笑う。
「で、何? だからって僕にどうしろと?」
 それは、いきなり核心をついた質問だった。
「うん。ジュエル、そっちの母親に会う気はない?」
「無い」
 即答。
 その様子に、思わず苦笑したラズライトはジュエルに近づく。
「それは何故だい?」
「会ってもなんの意味も無いと思うからね」
 ラズライトの苦笑はなおも続く。
「それはどうかな」
 言った兄の言葉にジュエルは眉を顰め、溜め息を吐いた。
「いったい、何が言いたい」
「別に。ただボクはそんなに速く結論を出すべき問題じゃない、と思うだけだよ」
 苦笑気味に、ラズライトは頷いた。その頷きは言った自分への頷きだった。



「ラズの言うとおりだと思うけど。あ、もしかして私に気を使ってるとか? あぁそんなことなら全く無視しちゃっていいから」
 明るく笑う母は、本当に心の底からそう思っているようだった。
 いつか、ジュエルが、自分の産みの母は別にいるということを聞いたときに言ってくれた彼女の言葉は、今でも覚えている。
『ジュエルはジュエル。好きなようにしたらいいの』
 そう言って、笑った。父も又、隣で笑っていた。
(というか、絶対変わり者だね。あの二人)
 普通、こんな笑って和やかに話すような事じゃないのに、それをいとも簡単に自分に話した。
 話してくれたとき、自分は何歳だっただろう。まだまだ幼かった、という記憶しかない。
「わかった。もう少し考えてみる」
 その答えに、母と兄は満足そうに微笑んだ。






「そうして、ジュエルは産みの母と一度会うことを望んだ」
 ラズライトの声は、どこまでも落ち着いていて、聞いているアメリアの方が落ち着きが少ない。
「まぁ、それで最後にでた結論っていうか、最後って言うのも変な感じだけどね、ジュエルは産みの母と暮らすことになったんだ」
「それについては、ラズライトさん達は納得済みだったんですか?」
「勿論。その時は、確かにボクと母は納得していたよ。でもね、今はちょっと少し後悔してるかな」
「どうしてですか?」
「それからね、ジュエルは暫くしてまた戻ってきた。でもね、その頃のジュエルはもう今と同じだった」
「笑うことをしなくなった、と言うことですか?」
 こくりとラズライトは頷く。
「え!? ちょっと待って下さい。と言うことはジュエルが言ってた『母様』ってどっちのことなんですかっ?」
「あぁ、その事は簡単だよ。ジュエルが『母様』ってよんでいたのは産みの母の方だね。育ての母の方は、母様だなんてよんでなかったから」
「好奇心で聞いてみますけど、なんて呼んでたんです?」
「クオネさん。クオネって言うんだよ、名前。ちなみに、父親の名前はロード―――――でも、もう呼ぶことはほとんどないと思うよ」
 ラズライトの表情には曇りがかかる。
「もう、二人とも亡くなってしまったからね」






 再び戻ってきたジュエルは、以前のジュエルとは変わっていた。
 戻ってきた理由は、産みの母の死だった。
 性格は、まぁかなり根性が曲がったというか、それは前からなので益々口がたつようになったというか、そのような事はおいといたとしても、何よりも変わったことがあった。
 笑えなくなっていた。
 何度か笑いかけたり、笑ったことがあったのだが、ジュエルはそれを酷く拒絶した。
 何度か調べていくうちに、その理由は解明された。
 それは、母からの拒絶だった。




 産みの母とジュエルは、よく馴染んでいた。だからこそ、ラズライトもクオネも安心していた。
 初めのうちは、何度か会いに行き連絡もとっていた。その時のジュエルが、ごく普通に産みの母を『母様』と呼ぶ様子を見て、ジュエルが彼女と暮らすことは正解だった、と何度か確信していた。
 半年もたつと、段々と連絡を取ることが少なくなっていった。それでも、彼らはうまくやっているのだと信じていた。
 誰一人、気付いていなかった。
 ジュエルの産みの母が、段々と狂っていった事に。

 
 彼女は、ジュエルの父――――ロードとジュエルを一緒にしてしまうことがあった。でも、それは仕方がないだろうと思うほど、外見上ジュエルと父はよく似てきていた。
 違いを一つ挙げるとしたら、それは瞳の色だろう。
 ジュエルの瞳は、彼の産みの母親に似ていたし、ロードの瞳はラズライトと似ていた。
 初めは、ただの名前の呼び間違え程度だったのだ。それは、ラズライトやクオネも知っていたし、皆たいして気にもとめていなかった。
 だが、それが序章だったのだ。
 それからは、どんどんとエスカレートしていっていた。
 気付いた頃には、もう手遅れ。
 彼女は、狂おしいまでにロードを愛していた。








**************************************  

死ぬなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!父っ!!
あぁぁ、なんで死ぬんだよ。生きてよ。あいらぶ父(をい)
母も死ぬなよっっ!! お願いっ!!生きててよっっ!!
とゆうわけでして、ブラッドはこの夫婦が大好きです。クオネさんとロードさんv
書いてるうちに、もうかなり好きになってしまいまして、最後の最後まで殺さない方法を考えたんですけど、やっぱりそうすると話が変わってしまうので(汗)
くそうっっ!!いつか絶対この二人の話をかいてやるっ!!

ブラッドはこうゆう関係が大好きなんですよ。
なんていうんでしょう。こー雰囲気というか、こうゆう一見淡々とさえ見える空間というか、微妙で絶妙な感じ。バランス。何時崩れてもおかしくないような、でもなりたっている奇妙。
あー難しいなぁもう(ちょっとテンション高いです)
この母のほうも、初めはもっと淡々としたかっこいいお姉さんだったんですけど、ブラッドの趣味で(をい)変わりました。
馬鹿そうに見えてて、実はそれは計算よっふっ!!みたいな(違)ふわふわしてるんだけど、ちょっとマッドでクレイジーってような(訳ワカメ)
ちゃんとわかってる人なんです。きっと彼女はいろいろと苦労をしてきた人でしょう。
そして、あいらぶ父(をい)
彼はジュエルとラズの父親です。彼らをたしたらこうなりました。あぁ、やっぱりごぉいんぐまいうぇい☆


ジュエ母の方も、一度ちゃんと書いてみたいですねー。
狂おしいまでに人を愛する、恋愛皆無のお子ちゃまブラッドが書くにはすごい難しいですね。
でも、一度ちゃんと書いてみたいです。
とりあえず。

なんで死んだんだっ!!お三方っっ!!

無意味にあとがきが長いです。ブラッド語り癖発覚ですな。

それでは、よろしければ次回もお読み下さいませ。
ブラッドでした。


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18673微笑みの傷跡 12ブラッド 2001/12/5 22:18:33
記事番号18550へのコメント






        
                  だから、私は笑っていた。
 






      +++++++微笑みの傷跡 第12話++++++++




「そもそもの原因は父親なんだよね」
 溜め息が漏れると同時に、苦い表情を浮かべながらラズライトはもう一度深く椅子に掛けなおした。
「彼女と父の間に何があったのかは、そう深くは知らないんだけどね。聞きたくても、もう聞けないし――――――でも」
 気付いた時には、死んでいた。
 それは、彼女にとっては納得できた事なのだろうか。例え、納得はできたとしても、はたしてそれが受け入れられたのだろうか。彼女の思いを今更詮索してみても、答えなんてわからない。
「彼女は、父が凄く好きだったんだろう。それだけは、確実だと思うよ」
 狂おしいまでに愛した心の行き先は、何処なのだろう。愛すべき人を見失って、その行き先は何処へ行き着くのだろう。その愛しい想いが行き先を見失って、狂って、狂気を産んだのだろうか。
「考えてなかった。ジュエルが彼女と暮らすことについては、よく考えていたんだけどね――――――彼女がジュエルと暮らす影響については、深く考えてなかったんだよ」 
 ジュエルと暮らすようになってからも、彼女のロードに対する想いは消えることは無かった。誰一人、それを消そうとするものもいなかった。ジュエルも、そんな母に何を言うことも無かった。
 だが、ロードはもういないのだ。
 それは、変えられようのない事実。
 例えそれを受け入れることができなかったとしても、どうすることもできないのだ。
「死んだ人は生き返ることは無いんだよ」
「そう――――ですね」
 俯き、頷く。
「もう、気付いた時には遅かった」
 死と言う存在に直面した想いは、あらぬ方向に向かっていった。
 愛した男に恨みの言葉を吐き、愛した男に愛を伝えようとする。
 矛盾だらけ。
「ジュエルは、それでも母と呼んでいたよ。母を慕っていた」
 そして、いつしか彼女は弱々しく倒れてしまった。
 それでも、倒れてしまっても止まぬ愛しき想い。
「ジュエルは、倒れてしまった母をもちろん看病した」
 恨みは激しくなり、その行き先はラズライトやクオネにも向かった。
 そして、『スノー・ジュエル』と『イプセン・ジュエル』を知った彼女は、その花さえも見ることを嫌がった。
 いつしか口癖のようになっていた言葉。
『表と裏。うちのジュエルはいつまで立っても影。まさに花の通りね』
 ジュエルを『イプセン・ジュエル』ラズライトを『スノー・ジェエル』に例え、罵る。
 その先が、ラズライトの方の時もあったが、主にジュエルへと向かっていた。
 いつしか、ジュエルは『スノー・ジュエル』を嫌うようにまでなっていた。
「どうしてだろうね」
 ラズライトの声は、少し弱々しい。
「僕達の父親がこの名前をつけた意味は、本当にそんな悲しいものだったのかな」
 その言葉に、アメリアはただ黙した。
 



 彼らの家には、花が飾られていた。
 二種類の白い花。『スノー・ジュエル』と『イプセン・ジュエル』
 ジュエルは、その微笑みが特に父親に似ていると言われていた。
 ある日、ジュエルはいつものように母に微笑みかけ、花瓶の水をかえる。
「ジュエル」
 その直後、冷たく自分の名を呼ばれジュエルの身体はびくついた。
 その母の声は、どこまでも冷たい。
 ぴしゃっ
 瞬時、ジュエルは何も出来なかった。
 花瓶の水が自身にかけられたのを確認することしかできなかった。
「ジュエル……笑わないで」
「え?」
「そう、あなたは笑わない方がいいのよ。笑ったらあなたまであの醜い人と同じになってしまうわ。だから、そう……ほら、2度と私に笑顔を見せないでちょうだい」
 ジュエルの両頬に手を添えて、彼女は笑った。
 何が起こったかわからないまま、ぺちゃんと座り込んだジュエルの周りには、白い花弁が転々と散らばっていた。
 ジュエルが笑うたびに彼女は狂った。ジュエルがロードの面影を見せるたびに彼女は苦しんだ。時には、ジュエルをロードと思いこみ、その想いを語り、時には罵り、時には手を挙げることすらあった。
 そして、ついにジュエルは笑うことをやめた。
 笑うことを脅えた。
 笑ってはいけない。 
 そう、理解した。
 それでも、ジュエルが母を責める事は一度として無かった。



 弱々しく、やせ細った彼女は死んでいった。
 その死を見届けると、ジュエルはラズライトやクオネのところへと戻ってきた。
 その後も、ジュエルは笑おうとしなかった。
 自分は笑ってはいけないのだ。
 その意識が消えることは無かった。
   


 
「これが、ジュエルが笑わなくなった理由だよ」
 黙したまま、アメリアは俯く。
「大変だって言うことは至極承知の上だよ。でもね、ジュエルはもう笑ってもいいんだよ。誰も責めたりもしない。もう、いい加減彼の母の言葉から解放されたっていいと思うんだ」
 次第に、声は強くなる。
「誰も笑ってはいけないだなんて言わない。それなのに、ジュエルはいまだに笑わない。まだジュエルの心はあの時から止まったままだ」
 何度、何も出来ない自分を悔やんだか。
「一応、ボクは免許を持っていないとはいえ、医師として生活してきた。様々な病を治してきた。万能か、だなんて言われたこともあった」
 それでも。
「ボクは、万能ではないんだ。否、万能なんてきっと無いと思うね」
「ラズライトさん……」
「アメリアちゃん。ジュエルがね、人の前で笑うって言うこととかここまで自分から話すっていうのって本当に少ないんだ。少ないというか、ほとんど皆無。でも、アメリアちゃんには話した」
「それは私が聞いたからです」
「それも確かにあると思うけどね、それでもジュエルは普通答えないよ」
「でもっ」
 言いかけた言葉をラズライトは静止させる。
「アメリアちゃん。協力してほしい」
 真剣な表情に、アメリアは少し気圧されてしまっていた。
 少し――――否、かなりの沈黙の後、アメリアは口を開いた。
「わかりましたっ。私に出来ることなら、是非協力させて貰いますっ!! 絶対ジュエルを笑わして見せましょうっ!!」
「ありがとう。アメリアちゃん。あ、でもこのことはジュエルには内緒だよ」
 人差し指を口元に持っていき、ラズライトは笑う。
 そんな様子にアメリアも笑う
「約束ですっ」









「今思えば、かなり軽々しくいってしまったのかもしれませんね。私」
 アメリアの口調と表情はかなり重い。
「何もわかってない部分もたくさんありました。でも、安っぽい博愛主義の偽善では、何も解決なんかしないと言うことはわかってました」
 それなのに、引き受けた。
「何もわかってなかったんです。ただ、ジュエルの笑顔を取り戻したい、その一心。でも、それが、悪いことかどうかはわからないです」
 でも、悪いことではないと思いたい。
「それを決めるのはあんたでしょ?」
 思考をよんだかのように、リナは言う。 
「その悪い事というのは、誰が判断する悪いことなんだ? 自分だろう」
 ゼルガディスの言葉に、アメリアは黙した。
 何も語らずに、ガウリイはアメリアの髪を撫でる。
 それぞれの優しさに、アメリアは笑った。
「大丈夫です。もう、ちゃんとわかってますから」






「さむっ」
 足下の冷たさで目がさめた。
 目覚めの朝は、何かが足りない気がする。酷く感じる焦燥感。それは見た夢のせいなのだろうか?
 見た夢はなんだったのだろう? 思い出そうとしても、儚く消えてしまったそれは容易には思い出せない。
 それでも、どうしてその夢を思い、自分は涙するのだろう。
 何かに追いかけられ、急き立てられ、何かに怯え、目を覚ますと心臓がこれ以上無いというくらいの速さで鼓動を打つ。まるで全速力で何百メートルも駆け回った後みたいに。でも、夢の内容は…もう忘れてしまう。残ったのは怖かったということ、それだけ…。 
 頭の中は、鈍く痺れたようになんの状況も把握できていない。何処かに何かを置き忘れてきたような感覚。強く感じる倦怠感。
 軽く舌打ちして、ベッドからゆっくりと出てカーテンを開く。差し込む日の光は、ジュエルのミルクティー色の髪を輝かせ、暗い部屋にさっと明かりを灯す。
「朝……か」
 階段を下りて、無意味に広いリビングに行き着くと、其処には待ちかまえたように見事な朝食がそろっていた。まだ湯気がたってるスープから見ると、これは作られてからさほど時間が経っていないと言うことがわかる。いったい誰が作ったのだろうか?
 不思議に思いつつも、とりあえず椅子に座る。すると、ギギィーと耳障りな音を立て、ドアが開いた。

「やぁやぁっ。ジュエルっ!! どうだいっ、この朝食は? 素晴らしいだろう。すごいだろうっ!! そうさっ、これはこのボクが作ったのだよっ!! どうだいっ、さすがボクは天才だねっ! こんな料理くらい敵じゃないねっ。あぁジュエルっ、君もこのボクに感嘆の言葉をかけていいのだよっ!! ん? なんだいなんだい、その辛気くさい表情(かお)は。朝から暗いよ、いけないねっ! うむ、もしや遠慮でもしてるのかい? いやいや、なにも言わずともわかっているとも。ジュエルっ、遠慮などしなくてもよいのだよっ。さぁっ!!」 
 一人で勝手に喋り、両手を広げて駆け寄ってくる得体の知れない生き物――――――兄に向かって、ジュエルはとりあえず手近にあった辞書を投げつけた。
「近寄るな」
「おやぁ。ジュエル君ったら相変わらずに低血圧なんだねっ!!」
「五月蠅い、ラズライト」
 妙に機嫌の良いラズライトは、軽く椅子に腰をおろし、なおも続ける。
「そぉかいそぉかいっ。この素晴らしい兄に嫉妬をする気持ちはよくわかる。あぁ、ボクは完璧だからねっ!! だがジュエルよっ、案ずることはないっ!! 君もこのボクと同じ血を引いているんだっ。すなわちっ、君もボク動揺天才になる可能性があるわけさっ」
「はっ。運動音痴の動物嫌いの癖に」
 吐き捨てるように言う。すると、目の前のラズライトも全く動じず、はらりと銀色の髪をなびかせて堂々と立ち上がった。
「それは言わない約束さっ。それにねっ、運動音痴がなんだいなんだいっ。人にはそれぞれ向き不向きがあって、当然だとは思わないのかいっ? あぁそうともっ、そのとおりさっ。だからボクは断固運動音痴を貫きぬこうともっ!! 否、貫いてみせようともっ!!」
 立ち上がったまま、拳を握って決意の炎を燃やすラズライトを無視し、ジュエルはテーブルの上に置いてあるグラスに水を注いで飲み干した。そのひんやりとした冷たさが、ぼやけた頭の中をすっきりと覚醒させる。
 嘆息し、ジュエルはもう一度深く椅子に腰をおろしなおして足を組む。半ば諦めるような気持ちで、ラズライトを一瞥し、尋ねた。
「ご用件は?」
 この男が自分を訪ねてくるときは、大抵何かあるのだ。それもほぼ確実に迷惑を引き連れて。
「そうそうっ。今日ねっアメリアちゃんを夕飯にお招きしたからっ」
 ラズライトの口から、思いもよらなかった知っている名が発され、それにぴくりと動揺してしまったのだが、それを表情には出さずに淡々と疑問を述べた。
「アメリアを?」
「そうっ」
 楽しそうに答えるラズライトは、一見馬鹿みたいに見えるが案外馬鹿では無い―――――むしろ、頭のよいことをジュエルは知っている。自然と、視線はラズライトに探りをいれるのだが、その視線に気付いているのかいないのか、ラズライトの表情はずっと変わらず、テンションもまたずっとそのままであった。
(なにか企んでるね)
 あえて、それは発声させなかった。気付かれぬよう、表情、態度、声色様々なモノに気をつけ、言葉でも探りを入れてみることにする。
 不思議と、妙な高揚感がわいてきた。
 このような頭をフル回転させて行う駆け引きの時間は、昔から好きだった。これは、きっと父親譲りのものだろう。
「ところでラズ。それは誰の家に招待したのかな? まさか、この僕の家に勝手に招待したんじゃないだろうね」
 答えは予想できていた。聞くまでもない。きっとそれは自分の家だろう。だが、あえて聞いてみる。
 お互いの腹を探り合うような静かな間のあと、ラズライトは急にぱっと立ち上がった。
「さてっ、ボクはもう伝えるべき事は伝えたからねっ!! それじゃぁ夕飯はボクもお呼ばれするからっ! あぁ、遠慮は入らないよっ。ちなみにそうだね、夕飯は魚がいいねっ、それもムニエルでっ。あとは〜、パスタなんかも食べたいねっ。そうそう、パスタはアルデンテで頼むよ。野菜は勿論有機野菜で、肉の脂身がある場合はきっちりと抜いてくれたまえっ。実は近頃少々太り気味でね。あとは、忘れちゃいけないデザート。これは……うむ、そうだねぇ、おやっ? これはいけないっ。そろそろ患者がくる時刻だ。残念無念っ。それではデザートはジュエルに任せるとしよう。では失敬っ」
 疑問に答える間もなく、言いたいことを言うだけ言ってラズライトは颯爽と去っていった。その反応から、答えは自分の予想通りだったのだろうと読みとる。
 そして、これから自分が作らないでいけないのであろう料理を想像し、額に手を添える。
「……頭痛い」
 









「お久しぶりです。ジュエル」
「あぁ、久しぶり」
「やぁっジュエルっ。今朝ぶりだねっ」

 シュサッッ 

「むぅ〜。酷いじゃないかっ、ジュエル。こんな見るからに刺さったら痛そうなナイフを投げるだなんて、当たったりでもしたらどうするんだいっ」
「あぁ、外れたの。それは残念。安心して、ラズを狙って投げたから」
 ジュエルの表情態度全てから見て取れたのは、明らな機嫌の悪さ。とことこと無表情でラズライトに近づき、彼の頬のすぐ横に刺さった鋭利な刃物を見つめ、ふっと溜め息を吐く。鬱陶しそうにジュエルは耳にかかった髪に振れてからそのナイフを抜き取り、既にその場を離れて自分の5歩辺り後ろにいるラズライトにもう一度投げようかと思ったのだが、やめる。
(馬鹿馬鹿しい)
 ナイフに傷がついていないかを確認して、ジュエルはごく普通に自分の部屋へと歩いていった。
何も話さず、アメリア達を部屋へと案内すらせずに行ってしまったジュエルに、アメリアは怪訝な表情で視線をラズライトへとうつした。
 一度この家に来たことがあってわかるのだが、この家は広い。
 確かに、自分の家の方が遥かに広いというのはわかっているのだが、ジュエルの家も十分に広かった。
 一度呼ばれた時は、案内してくれたジュエルの後をおって部屋へと入った。つまり、全くわからないのだ。今いる玄関からどうしようもできずに棒立ちになっていると、そんなアメリアを無視してラズライトはスタスタと中へと入っていった。
 ついていっていいのか判断を悩んでいるとき、自分を呼ぶ声が聞こえた。その声の主、ラズライトはにっこりと笑って手招きをしていた。
 どうやら、彼が案内してくれるらしい。
 少し迷ったが、ここでじっとしているわけにもいかない。アメリアはラズライトの後をついていこうと判断し、その後をてくてくと歩いた。
 案内された場所は、この間きた場所と同じ。見覚えのある風景。違うことといえば、前はティーセットを並べていたテーブルに、今はまるでフルコースのような料理が並んでいたこと。
 全てがまだ作られてから間もないのだろう。美味しそうな匂いを漂わせる食べ物からは、まだ暖かな湯気がたっていた。
 アメリアは椅子へと上品に座り、ジュエルがいつ戻るのかと扉を見つめていると、ラズライトがクスリと笑った。
「ジュエルはナイフを片づけにいったんだよ。あれは、確かジュエルも結構気に入ってたヤツだったと思うから、きっと自分の部屋になおしにいったんじゃないのかな」
「気に入ってる?」
「あぁ、アメリアちゃんは知らなかったっけ? うちの家族ね、みんな何かのコレクターなんだよね。ナイフはジュエルのコレクション。他にもいろいろジュエルは集めてると思うよ。あれで結構熱心なコレクターだったりするから」
 クスクスとラズライトは笑う。
「ここに来る前に、一回り大きな扉の部屋があったでしょ。あそこは書室。もういろんな本が図書館なみにそろってる。父も熱心なコレクターだった。うん、確かにジュエルは外見だけでなくいろいろと父親似だね。ジュエルのコレクションは、父の続きのものも結構多いから。ちなみに僕はねっ―――――」
「あぁ、そうだ」
 ラズライトの言葉を、アメリアは無理矢理遮って話をずらした。このまま止めずにいると、彼はきっと延々と話し続けるだろう。自分が満足するまで。
 それは、なんとしても避けたかった。
「どうしたんだいっ?」
「えっ、あ」
 後の言葉を考えずに言ってしまったので焦る。慌てて、頭の中で何か無いかを探し、なんとか会話を続けようとする。だが、焦れば焦るほど、余計焦ってしまう。
「えっとですね、んと………あ、この料理すごいですね。いったい誰が作ったんでしょう」
「この料理はねっ。全部ジュエルは作ったんだよ」
「ジュエルがっ!?」
 驚く。
 絶対料理などしなさそうな不器用な人に見えていた。というより、そう思いこんでいた。人は見かけによらないというのは、どうやら本当らしい。
「で、それだけ?」
 これで会話が膨らむと期待したのだが、それは自分の判断間違えだった。
「あの……そう………ジュエルは……」
「ジュエルは?」
「あの……えと……ジュエルが―――――――そうです。そんな大切なナイフを投げたって事は、もしかしてジュエルは今かなり機嫌が悪かったんですよねっ?」
 それは、確認をせずとも先ほどの彼の様子ですでにわかっていた。だが、そんな事は別に関係なかった。 
「あのねぇ、朝起きたら急にこんな馬鹿がいて、言いたいこというだけ言って去っていって、尚かつ今日の夕飯作らされて、あぁその夕飯メニューの我が儘だって言われまくってね。材料費全部こっちもちだよ? あぁ、疲れた。これで機嫌悪くならない方がおかしいだろう」
 ギィィィと扉が開き、そのアメリアの声が聞こえていたのか、ジュエルはその疑問に返事を返して入ってきた。
 カタリ、と椅子に座る。
「それは、お疲れさまです。ところで、ジュエル料理作れたんですね」
「今時料理くらい作れなくてどうするの」
「大丈夫だよっ。アメリアちゃん。料理の味はボクがばっちり保証するからっ」


 楽しい食事時間の中も、相変わらずジュエルは一度も笑うことが無かった。
 そんな様子に肩をおとすアメリアを気遣うように、ラズライトは微笑む。その仕草にアメリアは「大丈夫」と言われたような気がした。
 

 後かたづけも一通り終えて、さぁもう帰宅時間。
「そろそろ帰りますね」
「送っていこう」
「へ?」
 言い出したのは、かなり以外にもジュエルだった。多分、普段の彼なら絶対に自分から送っていこう等とは、例え人に言われたとしてもしない彼が自分から言うということに、アメリアもラズライトも目を見開いて思わずジュエルを凝視する。
 その様子をみて、何かを感じとったのかジュエルは落ち着いて肩を竦めた。
「勘違いしないでくれるかな? 僕はこの馬鹿――――――実名をだして言ってあげた方が親切かな? ラズライトと同じ空間からさっさと抜け出したいんだよね。ただそれだけ」
「そうですか――――――ありがとうございます」
 ふわりとした笑みを浮かべると、アメリアは玄関へと歩いた。
 きっと、小さな気遣い。それが、嬉しかった。
(一歩前進ですかね?)
 




 
 もう暗い帰り道をてくてくと歩くこの静かな時間。ジュエルは一言も何も話さない。何故だか、こうゆう空間は緊張する。嫌になるくらい静かな時間。
「あの……」
 その空間を少しでも和らげようと、自分から言葉を発したその時だった。


「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 高い、女の悲鳴声が響いた。
 考えるより先に、アメリアの身体はその声の元へ走り出していた。













「お待ちなさいっ!!」
 其処にいたのは、お約束通りの怖い顔約数十人。その怖い顔に囲まれた女は震えていた。多分、モノトリの盗賊さんの集団だろう。
 木の頂上――――――つまり、ただ単純にいうならば高い所なのだが、彼女のベストポジションぼ高い場所で胸をはり、腰に片手をあてて、もう片方の手をぴっとその集団につきつける。
「か弱い女性を囲んで何をしてるんですかっ!! 悪ですねっ、あなた方が悪ですっ!! 仕方ありません。このアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが悪に裁きの鉄槌をくだして差し上げましょうっ。とうっ」
 そのベストボジションから、スタっと勢い良く飛びくるっと一回転。さぁ、後は着地するのみ。



 ドスッ


「……まぬけ」
 アメリアと違い、ゆっくりと歩いてきたジュエルの一言に皆が頷いたところでアメリア復活。
「あぁぁぁ、もうっ! そんな事より、あなた方っ! 今からでも遅くありません。さぁっ共に正義の道を歩みましょう」
 一応、交渉から入ってみたのだが、やはりそれは一瞬のうちに決裂。
 返事の言葉の変わりに飛んできたモノは、ナイフ。それを軽くよけて、アメリアは軽く息を吐いた。
「仕方ありませんね。あっ、そこの貴方。大丈夫ですか? ここはもういいですから、さっさと逃げちゃって下さい」
 言いながら戦闘態勢に入り、襲われていた女に声をかける。女は、一瞬困惑の表情を浮かべその場にぺちゃりと座り込んでいたのだが、すぐに立ち上がり、ぺこりと一礼してすぐに何処かへと駆けていった。
「――――少し、数が多いですね。ジュエルっ手伝って下さいっ!」
「イヤ」
「は?」
 張りつめた緊張感漂う空気が、一瞬のうちにまぬけな空気にかわってしまっていたことに、この時何人の人が気付いたのだろうか? その間抜けな空気にかえた張本人、ジュエルは悪びれもなくごく普通の態度で、退屈な時間を持て余すかのように自分の髪をいじり、なおもアメリアをそっちのけで、近くにあった大木にゆったりともたれかかった。
「あのさ、勘違いしないでくれる? 僕はね、別に君みたいに悪に鉄槌をくだしてやろうだなんて全く思わないし、いっとくけどそんな七面倒くさいことって嫌いなんだよね。疲れるし。だからさ、そんな戦闘方なんてまったく必要がないごくごく平凡な一般庶民なわけ。そんな僕がなんで戦わなくちゃいけないのさ。それに君を手伝う義理なんてものもないし。馬鹿?」
「最後の一言余計です」
「はいはい。んじゃ、そういうわけだから頑張ってね、アメリア。僕はゆっくりと見物させてもらうとするよ。あぁ、ほら前からなんか飛んできた」
 手をピラピラを降り、ぴっと指さす。
 

 ヒュゥゥッ

 
 風を切るような音と共に、アメリアの頬の横を鋭利な刃物が過ぎゆきた。紙一重の差で、アメリアはそれをよけたのだが、相手の攻撃は止まない。何度も繰り返される遠距離攻撃を次々と避けていき、同時に思考を働かせる。
(せめて、もう少し数が少なければ)
 いくら腕に自身があるといっても、十数人の大の男を相手に、たかが十代前半の女の子が相手をするにはきつい。横目でジュエルを見ると、彼は先ほど宣言したとおりのんびりと、まるで芝居でもみているかのように見物していた。
「ジュエルの馬鹿っ!!」
 とりあえず叫んで、戦闘に集中する。
 
 シャッ
 
 また同じような刃物か――――多少飽きてきた同じ攻撃を、同じようにひょいっとよけようとしたのだが、違った。
(砂っ!?)
「ちっ」
 軽く舌打ちをすると、予想通り誰かが向かってきた。だが、先ほどから続く遠距離攻撃も止まない。ナイフ。鈍器。石。刃物。爆薬。霧や手裏剣じみたもの。様々なモノが投げられてくるのだが、まだ一度もない遠距離攻撃があった。使える人物がいたとしたら、普通あるだろうと思う攻撃―――――魔法。 先ほどから、誰一人呪文を唱えないところから見て、やはり魔道士はいないのだろう。
 それを確認しながら、武器を持って自分に向かってくる人物達を片づけていく。別々に自分に向かってくる人物達は、不規則に動く。とりあえず、自分に近づいてきた奴らから一人ずつ片づけていく事にした。
「っつ――――」
 避けきれなかった刃物が頬を掠める。ふいっと身体が勝手に動いたかのように素早く動き、ザッと勢い良く、だが正確に相手の腹部に蹴りを入れて、手刀で刃物を落とす。落とした刃物は、相手に取られないように素早く自分の手に握らせる。あとはひょいっと腕を捻って相手を地面へ投げ付けた。
(一人、終わりっ)
「ガキだと思って甘くみてりゃぁっ!」
 別の奴がお決まりの台詞を吐いてつっこんでくる。無謀にも素手で、しかもでたらめな動きで挑んでくるモノだから、少し呆れる。
 呼吸を整え、数歩手前で待ちかまえる。
 片腕を握り拳で振りかざし、今にも襲いかかってくるその一瞬。アメリアはふっと身体を屈め右拳を突く。
「がっ!」
 ストレートにくらって、男は地面へとばったり倒れ込んだ。
 息つぐ間もなく次のお相手登場。
 
 ヒュイッ

 相手の蹴りを避けて、身構えようとしたとき、ふいっと何かが来るのを感じた。
「――――くっ」
 それは、足下に感じた。
 蹴りを避けられて、バランスを崩した相手が、そのバランスの崩れに逆らわずに自らしゃがみ、アメリアの足下をすくおうとしたのだ。
 予想よりも、相手の随分頭の良い動きに少々焦りつつも、身体を器用にひねって攻撃をよける。ぎりっと歯の奥を咬んで、すぅっと息を吸う。
「はっ」
 高く、足を振り上げて相手の肩へと落とす。狙い通りそれは命中し、相手はばったりと倒れ込んでくれたのだが、その拍子に自分までがらりとバランスを崩してしまった。

 ぞくり

 イヤな感覚がする。
 また、今度は別の男が今度は剣を振りかざして飛びかかってきていた。
(間に合わないっ!)
 なんとか避けようとしてみるのだが、それは今更しても間に合わないということは明らかにわかっている。ならば、どうする? 
 急速に頭をフル回転させる。
 苦し紛れに右隣を見てみると、そこにはきっと今戦っているうちの誰かが落としたのであろう鉄パイプのような棒が転がっていた。
 急いでそれを取ってきつく握りしめ、振り下ろされた剣をそれで受け止める。


 ギイィィッン


 鋭い音が響き渡り、ジィィーンとした痺れるような衝撃が全身にも伝わり、思わず手を離しそうになってしまったのだが、歯を噛み締めてぐっとこらえ、なおも強く握りしめる。
 アメリアは、半歩下がりもう一度呼吸を整え構えなおす。標的を視線に捕らえて、目をかっと見開く。
 右。左。前方。斜め―――後ろっ!
 金属音の混じり合いはなかなか止まない。相手はこいつ一人ではないのだ。いつまでも時間をかけている場合ではない。
 改めて理解させ、今度は勢い良く自分から突っ込む。
「これでっ!」
 相手が向かってきたところで、ふいっと身体を低くし、握りしめた鉄の棒で相手の臑の辺りをガツッと殴り、バランスを崩したところで、脇腹に拳を突く。苦痛の声を漏らし、ゆっくりと倒れていく男の手から、アメリアはさっさと剣を奪い取って地面にグサリと突き刺した。
 全ての動作をほぼ一瞬でこなし、ヒュウと息を吸い込む。






 余りの予想外の出来事に、状況判断をできずに直立不動でつったっている奴らは無視し、なおも挑んでくる奴らに溜め息を吐く。
(これじゃぁ、いくらやってもきりがないですよ)
 悔しいが、それが本音で現状だった。
 ぎりっと、歯を食いしばる。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 かけ声と共に向かってくる奴に、先ほどまで堅く握りしめていた鉄の棒を投げ付ける。すると、それは命中し相手は地面にごろりと転がり込んで、その周りを仲間らしきモノ達が取り囲む。その様子に、ふっと頭の中で何かが閃いた。
 クスッ
 にやりと笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。わざわざ一カ所に集まって下さって」
 にっこりと笑い、素早く呪文を詠唱する。
「炎に燃える精霊達よ、我に従い力となれ」
 目を見開いてしっかりと標的を捕らえ、放つ。
「爆煙舞(バースト・ロンド)っっっっ!!」







 アメリアの行動は、最後まで素早かった。呼吸を整え直し、パタパタと服についた埃を払って目の前で倒れている人物達に一瞥する。
 ふっと力を抜いて、お決まりのポーズ。
「ビクトリー♪」
 
 パチパチパチ

「さすが、アメリア。のんびりと見物させてもらったよ」
 拍手と共に、凛とした張りのある声が響いた。芝居の終演を終えた、役者を迎えるようにジュエルはパチパチと手を叩いた。
「なんだかんだいって、一人でなんとかなったじゃないか。すごいすごい」
 ごく普通に感嘆の声をあげるジュエルは、傷一つおわずにサラリとしていた。近くで見物していたのだから、少しくらい攻撃をうけてもおかしくは無いだろう、とは思ったのだが、アメリアの予想は見事に外れたようである。
 木にもたれていたためか、背中についたゴミなどを払っているジュエルにふ、とアメリアは唐突に何かを思い出した。
 そうだ。この人は自分が必死になって戦っていたときに、のんびりと見物して今平然と拍手なんかを送っていたのだ。それを思い出して、少しむっとしたのだが仕方がない。
(戦えないのなら、仕方ないですよね)
 納得させるかのように、一人ごちる。
「ジュエル。一つ聞きますけど心配とかしてくれました?」
 一人で、複数の大の男と戦っていたのだ。少しくらい心配してくれたってバチは当たらないだろう。そう思い問うてみたのだが、
「全然」
 きっぱりと答えたジュエルに、期待した自分が馬鹿だったと考え直した。
「まぁ、アメリアならあれくらい大丈夫だろうと思ってたしね」
「へ?」
「誉め言葉は素直にうけとるものだよ」
 思いも寄らない―――――――全く想像すらしていなかった言葉にリアクションできなかった。これぞ、まさにカウンターパンチといったところだろうか。ジュエルが人をけなすならともかく、人を誉めるなんて考えもしなかった。その表情もまた、いつもからは想像もできないほど随分と穏やかで、それにも益々驚く。
 そんなアメリアの様子を知っているのか知っていないのか、ジュエルはやれやれと肩を竦めた。
「あのねぇ、人を血も涙もない鬼みたいに思わないでくれる? 僕が人を誉めちゃいけないわけ?」
 いまだに目が点になっているアメリアに嘆息し、まるで彼女の考えをよんだかのように言うジュエルにアメリアは首を横にぶんぶんと振った。そんなアメリアを一度軽く睨み付け、次に戻った表情は、先ほどの珍しい穏やかな表情かとは違い、いつもの表情だった。
 その小さな変化に気付き、やっといつもの表情を取り戻したアメリアは、ファサリと艶やかな髪をかき上げ、確認した。
(また一歩前進しちゃってません?)
 自分に聞いてどうするんだと、少し馬鹿馬鹿しくなりながらも、アメリアは素直に喜んだ。そして、案外ジュエルもいい奴だと再認識をするが、それもつかの間。
「そもそも、アメリアはなんでそう危ないことに首突っ込みたがるの? ちょっと腕っ節に自信があるからってね。まぁ確かにその自信は認めてあげるけどさ。そうか、セイギノミカタ気取り? あぁ正義の使者とかいってたっけ。うーわ、やだやだ。そんな奴が一番マヌケな死に方するんだよね」
(前言撤回っ!)
 顔の筋肉をぴくりと動かして、アメリアは心中で思いっきり怒鳴り声をあげた。  








「さて、ここまででいいかい」
「あ、はい大丈夫です」
「そう。それじゃぁ僕は帰るから」
「はいっ。ありがとうございましたっ」
 アメリアがぺこりと下げた頭が上がってから、ジュエルは背中を向けた。
「あのっ」
 くるりとまたジュエルは振り向く。
「何か?」
「また、遊びにいってもいいですよね」
 それを聞いたジュエルは、珍しく驚愕の表情を見せ、しばし考え込んで答えた。
「遊びに、ね」
 ざわりと、冷たい風が過ぎ去る。
「そうだね。それも――――――悪くない」
 その返事に、アメリアは満足そうに笑った。











それからは、アメリアは再三、ジュエルの家に会いに来た。その度に、少しずつだがジュエルの表情は軟らかくなっていった。
 ラズライトは、満足げに頷く。
 














 時間は流れる。














 いつまでも、まだ大丈夫だと思われていた時間。














 誤算。









 そもそも、初めから気付かないといけなかったのだ。
 つい、自分サイドを中心にモノを考えて、それで終わらす癖があるのを自覚し、悔やむ。余りにもアメリアが素直に、笑顔で受け入れてくれたものだから余計考えていなかった。
 ラズライトは、改めて思い出す。
 彼女の名は、『アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン』白魔術都市、セイルーンの姫君。

 ――――――そもそも、彼女はいったい何をしにこの地へ訪れた?

 
 








 タイムリミットが近づいてきている。







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18728初めまして♪蒼杜 2001/12/9 02:30:36
記事番号18673へのコメント

 こんにちわ。ブラッドさんv
そんな貴公にレス返しです♪
実はですね、ざーっとしか読んでなかったので、もう一度ゆっくり読ませてもらったんですが、やはりすっごく良かったです。

 あのアメリアの一人称と三人称の交じり合った独特の雰囲気もそうなんですが、「オリキャラが動きまくってるぅ〜!!」っていう感じで。その上、二癖も三癖もありそうなオリキャラさんにココロ奪われましたわv 特にMYブームがクオネさんですね。パパリンに辞書を投げつけるさまがもうvv格好よすぎ(おいおい)
でも、確かジュエルもラズに辞書投げてたんじゃぁ… 辞書投げはクオネさん譲り??(笑)

 あと、一つ気になったんですが、(言っていいのか分からないですが)
各話の最初の一言って、プロローグのやつですか?
(あれ、最初は画面に一言しか書かれてなくて、ドキリっとしてしまいました)
最初に気になった言葉とかが書かれてあって、「あれ?」と思ったんですが。
違ってたら御免なさい。

では、頑張ってくださいませ。これからの御話を、どきどきしながら楽しみに待ってます♪
蒼杜でした

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