◆−朧夢月爪痕奇譚・四(再掲載)−ろれる(8/19-00:44)No.16632
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16632朧夢月爪痕奇譚・四(再掲載)ろれる E-mail 8/19-00:44


誰が覚えいるだう、三ヶ月以上も中断していた小説を……(滝汗)
皆様お久しぶりです。出戻ってまいりました。いや、来ることは来てたんですけど、読んでばっかで書いてなかった……唯一つけたレスはツリーごと削除されたし(^^;
投稿し始めた頃から季節はずれまくることは決定事項だったのですが、当初の予定より更に遅れてしまいました。外じゃあ既に蝉が鳴いてるし。話の中じゃ、まだ早春なのに(爆)
『しょーがねーな、読んでやっか』というお心の広い方、もしいらっされましたらば、まずは一晩保たずに落ちた第四話からお付き合いくださいませ。

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     朧夢月爪痕奇譚(おぼろゆめづきつめあときたん)・巻の四

 殺された文吉とよく組んでいたという浅吉さんから、話を聞くことにしたあたしたち。とりあえず、被害者に殺されるような理由……つまるところ個人的な恨みを買ってたか、というのを知りたかったのだが、こちらが何を尋ねても、彼は『話すことは何もない、いいから帰ってくれ』との一点張り。
 ここまで意固地になられると怪しいことこの上ないが、押しかけたのはこちらのほう。あまり強く出られた義理でもないので、結局埒があかず、それ以上の追求は断念することとなった。
 かわりにお鈴ちゃんが話してくれたが、やもめ二人はもっぱら外で遊ぶほうが多く、年に一・二回ほどの割合でこの家に来ることはあったが、そのときも子供は邪魔とばかりに追い払われるのが常だったとか。
 浅吉さん本人からなら、もうちょっと実のある話が聞けるのだろうが……これじゃなぁ。
「ごめんね、愛想なしのとーちゃんで。変なんだよ、昨日っから。
 まぁ、文吉のおいちゃんとはけっこうよくつるんでたから、驚くのもしょーがないんだけど」
 済まなさそうに茶をすすめるお鈴ちゃん。小兵衛さんは、お土産の蓬饅頭をよほど気に入ってくれたのか、口いっぱいに頬張って、あたしとめりあもそのお相伴にあずかっていた。約一名を除いては、和やかなとすらいえる雰囲気である。
 ……まあたしかに、長年の知り合いが死んだというのに、赤の他人と気安く打ち解けられるのは、それはそれで問題ある気もするが──文吉の死に動揺して、というにはあまりにも、彼の警戒振りは度を超していた。これはもぉ、『怪しんでくれ』と言っているようなものである。
 まさかとは思うが、この人──
「おかしい、か。そりゃそうじゃろう。
 なぜなら……文吉を殺したのは、この浅吉に他ならんのじゃからなっ!」
 なっ……っ!?
 がたたたたっ!
 両手をちゃぶ台をしたたかに打ち付け、即座に立ち上がるお鈴ちゃん。
 そして……あたしの胸の内に芽生えたかすかな疑念を先取りし、断言したのは、その朝吉の父……すなわち、小兵衛さん!
 引き絞られた弓蔓(ゆんづる)よりも張りつめた空気の中、さらに語を継ぐ小兵衛さん。
「……なぁ〜んてな。
 冗談じゃよ、冗談」
 ………あ………
「あほかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ずぎゅりぃぃぃぃぃぃぃっ!
 お鈴ちゃんのまな板に、あたしと浅吉さんの飛び蹴りが、ただ一点に炸裂したのは、次の瞬間のことだった。
「冗談は時と場合と相手を選べって、いっつも言ってるだろーがこのじじいっ!」
 ……普段っからこんなことやってるのか……? この家族は……
「くくぅ、腕上げたの、お鈴。
 お客人もいい蹴りをしておる」
 額に青筋浮かべて怒鳴る孫娘を慈愛に満ちた眼差しで包み、さらに鼻血を振りまきつつ、よくわからない感慨に浸るご老体。
 さっきの飛び蹴り、けっこういい手応えだったんだが……意外と頑丈なじさまである。
「今日はもう、お暇(いとま)したほうが良さそうね」
 ひとり冷静に、台所から借りた布巾でこぼれた茶をふき取ったみりなの提案に、あえて異を唱える気力は残っていなかった。

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「……って、結局分けわかんないまま出てきちゃったけど……
 ありゃ絶対なんか知ってるわよね」
 せいるんへと戻る道すがら、昼下がりをふたり並んで歩きつつ、今日の収穫を振り返る。……とはいえ実質的には、互いの意見を交換、というより確認するだけなのだが。
「考えられるのは二つね。
 ひとつは彼が犯人で、小兵衛さんの冗談は、あたしたちの気をそらすための目眩(めくらま)し。
 もうひとつは──」
「誰かに口止めされている。多分、脅しつきでね」
「そういうことね。もしかしたら、それなりの見返りも用意されてるのかもしれないけれど……
 それだけなら、あそこまで怯える必要はないはずだわ」
 ふむふみ。するってぇと……
「ん?」
「あら、あの子ね」
 そう。三つ編み揺らし小路の角から現れたのは、先日知り合いになったくそ生意気な少女、しえらだった。
 向こうもこちらに気付いたか、一瞬顔を強張らせ、開口一番
「おっ、お前たち! こんな所まで来て、いったい何を嗅ぎ回っているっ!?」
 ……おいおいおい、いきなりこれだよ。
 むろんあたしたちは、どこに何しに行ってきたか、まだひとことも言ってない。
「あら、奇遇ね。あなたもこの界隈にお知り合いが?」
「お前たちには関係ない!」
 ……まあ相変わらず、おじょーひんな口の利きようで。
 からかいの言葉が喉まで出かかるが、ここで引き止め無駄口叩いて、わざとさらりと流してくれた、みりなの手柄を無駄にするのも忍びない。
 ……絶対気付いてないもんな、この子……。さっきの発言、『この近辺に秘密があります』とバラしたも同然だってこと……
「いい、自分の身が可愛いんなら、余計な真似はするんじゃいわよっ」
 ご丁寧にも去り際に、あたしたちの疑惑を確信へと変える言葉を残して、あたし達が来た道を歩み去る三つ編み頭。
 ありがとう。猪突娘。
「……それじゃ明日、誰か男手連れて、も一度来るってことで。
 やっぱ豪あたりが適任かしらね?」
 十中八九、とゆーかもう確実に、浅吉さんが何者かに脅されている。そして、好きで脅されるとゆー特異な趣味の持ち主でもない限り、その状況から抜け出したいと願っているはずである。
 清らかなあたしに儚げなみりな。見るからにか弱そうな乙女たちが相手では、期待しろというのが無理な話だが……腕の立つ連中が味方につくと知れば、話のもっていきかた次第で、こちらに引き込むことも可能なはず。
 剣の冴えならがうりも相当なものだが、いかんせん彼の外見は、その実力から程遠い。まずは豪の強面(こわもて)で圧倒して、あんまし好きなやり方ではないが、六の名前をちらつかせてやれば、わりと簡単に落とせそうな気がする。
 むろん、浅吉さんは犯人ではない、という前提に立ってのことだが。
「任せるわ。私は明日は、別の線から探ってみるつもりだから」
「ん、わかった。気をつけてね」
 それほどじっくり観察した訳ではないが、浅吉さんはかなり体格の良い方だった。まあ、船乗りなんて肉体労働していれば当たり前なのだが。それにあたしたちへの態度からして、肝が据わってないにしても、誰彼構わず白旗上げるほど気が弱いわけでもなさそうである。
 そういう人間が脅されているとすれば、おそらくその相手は単独ではなく集団。そして浅吉さんと文吉の両方にかかわりを持つ……となると一番臭いのは、他でもない、勤め先の廻船問屋『青菱屋』。
 さもなくば、遊び歩いた先ででも、二人まとめてそこらのヤクザもんと悶着があったか……だが、そっちの筋にはあたしたちより、裏街道驀進中の六に尋ねたほうが早いだろう。
 ところで……気をつけるといやぁ、さっきのはなんなんだ?
「あのしえらって子、あたしたちに手を引かせたいみたいだったけど……
 やっぱし、どっかの回し者だったりすんのかしら?」
「どうでしょうね。
 あの言い方から考えて、何かを知る立場にいることは間違いないでしょうけど……
 はじめからあたしたち──とは限らないけれど、とにかく他の人間が浅吉さんに近づくことを想定していたようでもなかったわね。
 彼女自身、あの先──十中八九浅吉さんでしょうけど──に用があったと考えていいと思うわ」
 たしかに、誰かがやってくることを見越していたなら、あんなに動揺はしないだろう。つまり、別に浅吉さんを見張ってるとか、そういうことではない。
「……まさか、あの子が脅迫している張本人、なんてことは……
 なさそうだし。いくらなんでも」
 年齢や性別を別にしても、そんな芸の出来そうな感じじゃなかったもんなぁ……。あの何も考えてなさそうな活きの良さ、もしあれが全部演技だとしたら、それこそ大したもんである。
「でも、よ。あの子が脅迫してる連中と無関係で、なおかつ何かを知ってる、ってことは……」
 あたしたちのように、文吉が殺されてから動いていたのでは間に合わない。もっと前から調査していたか、あるいは……また別の、とてつもない規模の組織による支援があるか。
「どうやらこの事件……思ってたより、根が深そうね」
 どちらにせよ、殺しに先立ってなんかの事件が起きている──もしかしたら今回の殺人は、その一部が表面に現れたものに過ぎないのかもしれない。
「お互い、慎重に事を進めたほうが良さそうね」
 みりなの言葉に深く頷きはしたものの、あたしの胸のうちでは期待が渦を巻いていた。
 理由は言わずもがな。事が大きいということは……
 解決した時の謝礼も、それだけ期待が持てるはず!
「じゃあ、また」
 ──唐突に言われ気が付けば、既にみりなの家の前。
「あれ? 寄ってかないの?」
「長居してしまいそうですから」
 うーみゅ。また何か、仕事抱えてでもいるのだろーか?
「そいじゃね」
 なんだかきな臭くなってきたのに、あっさり一人にしてだいじょーぶか? と思ったそこのきみ。いい読みしてるがまだ浅い。
 むろん護身の範囲のうちだが、こう見えて、みりなはけっこう強いのである。
 最近は六がにらみをきかせるせいで、少なくなってはいるのだが……なまじ色白美人なだけに、通りを歩けばみりなはよく、行き擦りの男に声をかけられる。むろん中には柄の悪い奴もいるのだが……
 ことごとく素気無くあしらわれる無謀な男が十人いれば、そのうち三人ほどは逆上し、身の程知らずの報いとして、これまたあっさり返り討ち。
 いずれ手出しがあるにせよ、はじめは向こうも侮って、そこらのちんぴら風情と大差ない連中を送りつけてくるだろう。二度三度と繰り返した後ならともかく、しばらくはみりなひとりで充分である。
 直接現場を見ない限り説得力がまるでないので、浅吉さんには黙っていたが。
 足取り軽く「せいるん」の暖簾をくぐり……
「おおっ、ようやく戻ったか!」
「りなさぁぁんっ、がうりさんをどうにかしてくださぃぃぃぃぃぃっ!」
 半泣きのめりあに抱きつかれたのだった。
 や……やっぱし、がうりに給仕させるってのは無理があったかも……

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 ──堅跡城──

 背に海原を透かし見る一面の松林が、その部屋を囲んでいた。──実のところその風景は襖(ふすま)に描かれた絵にすぎないが、初代将軍が何かと好んだ画家の筆は、渡り行く風の音さえも再現するかのごとく真に迫っていた。
 現在の仮の主にこの部屋が割り当てられたのも、その見事な建具に因(ちな)んでの事である。
 伊豆守・松平九郎世良。歳は数えて二十八。若輩ながら怜悧にして鋭敏、老中筆頭をも兼任し、病床の将軍に代わって政(まつりごと)を執る彼は、実質上の江戸の支配者でもある。家督を継いで十年、元来、ともすれば文弱とも見られがちな端整な容貌であったが、歳を経るに連れて生来の凛々しさに威厳と風格を備え、紛う事無き重鎮として辣腕を振るっている。
 黄昏が忍び寄る早春の夕。江戸の中心に聳え立つ、壮麗にしてだだ広い城の一角で、彼は碁石を手にしていた。
 盤を挟んで差し向かうは、将軍嫡男・一二千代(ひふちよ)。
 形式の上では未だ元服も済ませぬ子供だが、その利発そうな瞳の輝きに目を留めたなら、あるいは盤上で黒白の織り成す模様を読み取れば、彼の真価の一端なりとも感じ取ることは出来るだろう。
 無造作に、気まぐれなように見えながら、彼の打つ手はことごとく、理に適った隙のない図形を描いていたのだから。
 石置く音があるいは軽く、あるいは鋭く続けざまに響くなか、それとよく似た物音が、彼らの頭上でただ一度。
「──しえらか」
 低い声に答えるように、再び天井板が鳴る。
「上様のお越しだ。降りてきて報告せよ」
「──承知いたしました」
 押さえ気味だが明瞭な返答に続き、かすかな足音を残して隠密の少女は──
 ごぢっ。
「にゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜」
「……頭、ぶつけたみたいだね……」
 七年前の政変の折、市井(しせい)に難を逃れた少年は、私的な場では庶民と代わらぬ喋り方をする。それと関係あるのかどうか、相手をいびる場合は別として、あまり歯に衣を着せない。特に近しい者に対しては、身も蓋もない言い様をするのが常である。
 今回もその例に漏れず……平静な指摘を受け、手にした扇子を意味もなく閉じたり広げたりする世良だった。
 ほどなくして、墨で出来た松林が横にすべり、あでやかな(しかしあまり似合っていない)腰元姿に身を包んだしえらが現れ、部屋に灯を入れる。すべての行灯や蜀代に明かりをともしたそのあとは、種火を消し、主の傍らにて膝をつき、報告を始めた。……きつめに編んだ三つ編みに蜘蛛の巣が絡み付いていることには、あえて誰も触れようとしなかった。
「例の件──
 証拠となる品は、未だ所在が知れませぬ。人手に渡ったものと思われますが、浅吉ではない模様。
 少なくとも、青菱屋が取り戻したわけではないようです」
 吉報とはいえぬその内容に、視線は盤上に据えたまま、唇に親指を当て、しばし世良は黙考する。渋さ漂うその仕草に、しえらの表情が幸せそうに緩んだことには、まったく気付いていない。
 仮に気付いたところで、省みることはなかろうが。
「で、どうなのだ?
 首尾よく運びそうでないのならば、手を引いても別に構わぬ。もともと、さほど重大な件でもない」
「も、申し訳ありません!
 私の手際が至らず──」
 突き放すような物言いに、しえらは恥じるように平伏したが、言ったほうではそれほど失望していた訳ではなかった。
 たしかにしえらの働きは、目覚しいとは言い難いが、初めて一人で任された仕事としてはさほど悪くはないだろう。潜入して三日と立たずに鍵となる人物が殺されたとあっては、どう考えても派遣の時期そのものを逸していたとしか言いようがない。
 充分以上に有能な彼には、己の失策を部下になすりつける趣味も、その必要もなかった。
「取り立てて危険がないならば良い。そのまま続けよ。
 ──他には?」
「はい、鼠が何匹か──
 素人のようでしたので、係わり合いにならぬよう、それとなく警告いたしましたが、聞き入れる気配はなさそうです」
 その『鼠』の一人が耳にしたら、「あれの一体どのあたりが『それとなく』なわけ?」と突っ込まれること間違いなしの言いようだが、本人がそう思い込んでいるものはしかたない。
 よって上の反応も、
「ふむ、素人か。ならばまず、捨て置いてよかろうが……
 如何いたしますかな? 一二(ひふ)様。」
「いいんじゃない?
 まあ、出来るんなら、これ以上の騒ぎにはしないで欲しいけど」
 ……というものであった。
 結局のところそれ以上の沙汰はなく、
「その者らが引かぬとあらばそれでよし、逆に利用するという手もある。さし当たっては、青菱の猜疑心を引き受けさせる、というあたりか。
 よい、さがれ」
 との世良の言葉に、もう一度深く頭を下げると、しえらは退室した。
 ちなみに襖をぴっちり閉めたあと、ずどでででっ、という物音と、『わきゃぁっ!?』という短い悲鳴が聞こえたが……やはり両者とも、その件には触れなかった。
「して──讃岐の件は?」
「せらのばん。」
 一瞬戸惑う老中に、指の間に挟んだ石を打ち鳴らして急(せ)かす一二千代。
「だから、世良の番だって。早く打ってよ」
 碁の話だった。
「一二様……悠然としていらっしゃるのは宜しいですが、優先順位というものが……」
 呑気な物言いに、わざとらしくこめかみを抑えた彼だったが、実に風雅な所作でもってお世継ぎ様は無視された。
「だってさ、まさか本気で謀反を起こすとは。世良だって考えてないだろ?
 あそこはたしか中立だよね」
「……現藩主の正室は、紀州に縁(ゆかり)のものですが」
「あれぇ? ……そうだったっけ。
 でも、いなくなったのは側腹の姫なんだろ」
 初めて碁石を手放して、前髪を掻き揚げる幼い君主。
「ええ。それに、正室は既に亡く、子もおらぬそうですから……
 浦葉(うらば)殿としても、さほど頼みにしてはいないでしょうが」
 世良が出した名は、次期将軍職の第二候補として、最大の政敵となっている少壮の男のものである。堅跡の分家筋に当たり、一二千代から見れば大叔父でもあるこの人物には、本家に世継ぎ不在の場合、将軍の座に就く資格がある。
「……だったらいいじゃん。お互い、騒ぎ立てて得することなんかないんだからさ」
 あっけらかんとお気楽に決め付ける一二千代。しかし状況判断は的確である。
 一二千代の陣営にしてみれば、弱点はただひとつ、彼の年齢のみである。もう二・三年もすれば自動的に解決する問題である。むろん降りかかりそうな火の粉は払い、火種は完全に潰したりもするが、基本的には『待ち』の姿勢である。
 逆に言えば、対立する浦葉側は焦っているわけなのだが、いきなり武力反乱などという過激な手段に訴えるには、なまじ権力の座に近すぎて歯止めがかかる。仮にその気があったとしても、準備が整っていない。それぐらいの情報は彼ららの方でも掴んでいる。
 肝心の讃岐としては、ことが公になればむろん処罰は免れないから、なんとしてでも早く姫を連れ戻し、口を拭っていたいことだろう。
「──誰ぞ、息のかかった者を新たな藩主に据える、というお考えは?」
「誰がやるんだよ、誰が」
 むしろ彼自身の現状を茶化すように、小さな体全部から、大きく息を吐き出す一二千代。弱点というほどではないが、彼らの陣営には駒が──ことに、表舞台に立って動ける人材が不足がちであった。付け加えて一二千代は、あくまで緻密に綿密に、万事計画的に進めることを好む。年齢を考えれば、異様なほどの策士であった。
「下手に刺激して、大叔父様に妙な気を起こされるのも困りものだし。
 しばらくあそこには、どっちつかずでいてもらうよ。
 人事は君が握ってるんだから、向こうに取られるってことにだけはならないだろ?」
 得意げに言いながら、どこで覚えた仕草だか、団子にした手で扇子を握り、顔の横でぴっぴ、と左右に振る。
「──御意。
 では今しばらく、そ知らぬ振りをしておりましょう」
「……まだなんかあるの? 難しい顔だけど」
「ええ、実に厄介な問題が」
「ええええええええっ!?」
 ようやく緊迫した顔つきになった一二千代に向け、満足げに唇を曲げる世良。
「──次の一手、どこに打てばよろしいのでしょうね?」
 ささやかなお返し、であった。
 ちなみにこのとき、しえらの調査や讃岐の姫行方不明事件より、よほど真剣に世良は悩んでいたのだが──幸い関係者一同、最後まで知ることはなかった。

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16633朧夢月爪痕奇譚・五ろれる E-mail 8/19-00:54
記事番号16632へのコメント

 とゆーわけで、数ヶ月ぶりの続きです。話ん中じゃあ、まだ三日ぐらいしか経ってないのに、なにやってたんでしょうねこの作者は。
(答え・ゲームとかゲームとかゲームとか。)
またまた前倒しで原作キャラが出てきているのですが、今回は難易度が高いです。なんせ名前が出てません(滅)。まあ、一応ヒントは出してるつもりなので。
そーゆー主旨の話だったかはさておき、でわでわスタートっ。

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朧夢月爪痕奇譚(おぼろゆめづきつめあときたん)  巻の五

「……まだついて来る気か?」
 名は知らず、早春の冷たい風にさわさわと鳴る樹木の影が、彼を月から隠していた。
 そして──彼女の視線からも。
「私(わたくし)にとって、今はそれが一番安全ですから」
「嘘をつけ」
 隠すのにわざわざ影を選ばずとも、大部分を頭巾で覆った彼の顔が、ただひとつ外気に触れる部分から。軽い忌々しさの込めて放った視線を、真綿を思わす柔らかさで、しっかりと受け止める一人の娘。
 楚々たる風情の中にも匂い立つような色艶、なかなかに気丈な性質とみえて、にべも無い男の言葉にも、怯んだ様子はない。
「嘘ではありません」
 重たげに首を振ると、手入れの良い黒髪が肩口からさらりとこぼれる。
「確かに、屋敷に戻れば私の身は守れましょう。ですが……『視て』しまった以上、そのまま放って置くわけにも行きません」
「……実は『今家に帰ると怒られるから、もうしばらくくっついていよう』とか思ってないか?」
「ま……まあそれもありますけど」
 さすがに後ろめたいのか、微妙に目などそらせつつ、わけも無く微笑んだ娘に、彼は深い深いため息で応えた。
 連れて行くのが面倒くさければ、このまま撒くなり置き去りにするなり、どうとでも出来るはずなのだが……
「今ここで切り捨てるような真似はしない。一応は恩があるからな。
 ついて来るのも勝手だ。
 ──だがな。
 余計な面倒に巻き込まれるのはごめんだし、俺があんたの期待通りに動くと思われても困る」
 一昨日(おととい)の夜更け、彼はとある相手と闘っていた。不覚にも、いささかまずい状況に陥りかけていたときに、ひょっこり紛れ込んだこの娘のおかげで、勝負はなし崩しにお流れとなったのである。なんとか切り抜ける自信はあったからも実のところ、それほど助かったというわけでもないのだが、妙に義理堅いところのある彼は、どうもこの娘に対して強気に出れずにいた。
 それに……
「心得ております。
 万が一言えの者に見つかっても、あなたに咎(とが)が及ばぬよう良く言い聞かせます。
 それに、先程の物の怪を相手にとるならば、多少はお役に立つ自信がありますわ」
「……まあ確かに、眼力だけなら大したもんだがな……」
 渋々と認めたそのとたん。半ば以上を闇に食われた月の下、切り結ぶ影が人ではないと一瞬にして見て取った、そら恐ろしいほどの深い瞳に、悪戯っぽい光が浮かぶ。
(まずい……)
 後悔しても、もう遅い。
「私も聖(ひじり)の血筋に連なるもの。人に仇なす妖(あやかし)を放ってはおけません。もうしばらくご一緒させていただきます」
「ちょっと待て、勝手に決めるなっ!」
「勝手ではありませんわ。殿方が、一度口にしたことを翻すものではありません」
「いつ言った、いつっ!?」
「『ついて来るのは勝手だ』と、先程」
「………………」
 冷たく突き放したつもりが、まるっきり効いていなかったことをようやく思い知らされて、男は頭巾の上から頭を抱える。
(もともと、運の良いほうだとは思っちゃいなかったが……
 俺はひょっとして、とてつもなく不幸な星回りの下に生まれたんじゃないだろうか……?)
 あたかも彼の困惑を楽しむかのような娘の物言いに、そんな感慨が沸き起こったりしたのだが……それがまた、あながち外れていないあたり、どうにも救いがないのであった。

   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 細かいことは省かせていただくが、午前いっぱい店に出たあと、予定通りあたしは今日も、浅吉さん──小兵衛じーさんのほうがよっぽど印象深かったりするが、一応──の住まいへとやってきた。
 そしてこれも予定通り、豪を隣に引き連れて、である。──しかし、横で並ぶとひときわでかいな、この男。故郷じゃあ一体なに食ってた?
「で、事情は大体こんなところなんたけど……
 向こうを安心させるためにも、あんたは喋れないってことにしとこうと思ってんのよ」
「秘密は守る、ってか? 口の軽さでいきゃあ、お前さんのほうがよっぽど危なさそうだと思うんだがな」
 なにを言う。人品が自然と表に出ているこのあたしは、人に信頼されやすいんだぞ。特に、見た目に弱い男には。
「って、……そーゆー意味じゃなくて。
 確かにあんたは見るからにごっつくて意味もなく強そうだし実際強いけど……
 ただそれだけじゃあ、こんどは逆に、警戒されるだけで終っちゃうかもしれないじゃない。
 ましてあんたは、一目で異人とわかる風貌だし。人肉を食うとか生き血を絞るとか、つまんない誤解してる奴等だって、まだけっこう残ってんのよ」
「そりゃーまあ……今更お前に言われるまでもねぇが」
 顔を前方に向けたまま、見事な赤毛を撫で付ける豪。
 心当たりがあるというなら、彼にとってはあまりいい思い出じゃあないだろう。……悪いことを聞いてしまったかもしれないが、気付かぬ振りであたしは話と足を進めた。同情されて喜ぶ奴じゃないだろうし。
「で。いくらあたしの愛嬌で誤魔化すにしても、限度ってがあるわ。
 けどね……
 人間、いくら力がありそうでも、『こいつ頭弱いな』と思えば途端に油断してくれるもんなのよっ!
 大男、総身に知恵がなんとやら、って言葉もこっちにはあるし」
「こら待てェっ!」
 人情の機微を知り尽くした作戦に、何故かいきなり抗議の声を上げる豪。
 もしや……彼の地元では、そういう風習はなかったのだろーか?
「とにかく今回の訪問は、浅吉さんに信用してもらうのが目的よ。
 となると、向いてるのはあんたぐらいしかいないわ」
 がうりは、腕の方なら申し分ないが、いかんせん見た目がふやけてる。そこらのちんぴら相手に取って見せても、逆に八百長を疑われかねない。
 ──強すぎるのだ、がうりは。俄(にわ)かに信じられぬほど。
 戦いそのものに手加減は出来ても、そこそこの強さに見せかけられるほど器用でもないし。
 それに、何かと不穏なこのご時世、侍が軽々しく刀を抜くのは何かと問題が多い。
 本当は昼さんにご登場願えれば一番なのだが、
「こう見えてもワシは平和主義者でな。荒事には関わりたくない」
 と断られては、それ以上の無理は言えない。
 ちなみに彼が平和主義者というのは、嘘でも方便でもなく、まったくの事実である。……言われて即座に頷いた人間は、今のところ一人もいないが。
 張や次郎は問題外だし、となるとこいつぐらいしか……
 何故か脳裏によみがえる、めりあの声をねじ伏せて、あたしは足を止める。
「また来たわよ。今日は、ちょっとばかしでかいの持ってきたから」
 戸を開け放し、土間で莚を編んでた小兵衛さんに、そう声をかけたらば。
 豪の赤鬼を思わせる風貌に、驚きもせず指さして、
「こりゃまた、たいそうな手土産じゃのう。ちと固そうじゃが、さぞ食いでがあるだろうて」
 などといきなり真顔でぶちかまされて、さすがに返答に詰まったもんである。
「……笑えない冗談だな、じーさん」
 そのあおりをくらい、よくよく言い含めておいたのをあっさり破って、いきなり突っ込む豪。
 気持はわからんでもないが……あたしの緻密な作戦はどーなるっ!?
「ま、本物の土産も一応あるがな。とりあえず邪魔するぜ」
 言うなり、大股に突っ切って、言葉どおりに上がりこむ。以前昼さんから、異人は家の中でも履物を吐いたままだと聞いていたが、しっかり下駄を脱いでるあたり、長年の江戸暮らしの賜物なんだろーか。
「しかしあんたらも物好きじゃのう……こんな他人の事情にいちいち首を突っ込むとは。
 ま、食い物持ってきてくれるからには悪人ではなかろうし、深いことは聞かんが」
 うみゅ。江戸っ子として正しい態度である。こちらとしてはありがたい。
 あまり……口にするべきではないだろう。「解決したらこれをネタに六にたかれるうえに、悪党を成敗すればそいつらの持ち金ぶん取り放題だから♪」などとゆー事実は。
 がめつい、などと云う莫(なか)れ。年頃の娘とゆーもんは、何かと物入りなんである。
 まあそれはそれ。みたらし団子を山分けに、突然押しかけてた豪にビビリまくった浅吉さんの、途切れ途切れの念仏聞きつつ、小兵衛さんの淹れてくれたお茶をずずっ、と啜ったのだった。
「……そういえば、お鈴ちゃんは今日はいないのね」
「まぁ、あの娘もそろそろ年頃じゃからのう。親に隠れて逢引の一つや二つ」
 ……どー見ても、十年以上生きとるようには見えなかったんだが。いくらなんでも、あんなお子様に先を越されたくは……むぐむぐ。
「それにしても遅いのう……」
「残念ねー、黒部さんのお団子おいしいのに、食べ損ねるなんて運がないわねー」
 残しておいてやらないのか、などと思った君はまだ甘い。世の中の厳しさを教えるのに、早過ぎるということはないのだ。それになんでもそうだがお団子は、取っておいても固くなるだけである。いらぬ情けをかけて、せっかくの職人技を駄目にする、などとゆー無粋な所業、このあたしに出来る筈がない。
「くぅむ、このタレがまた絶品」
 などとのんびり会話を交わしつつ、じいさまと二人、ひたすら茶菓子にかぶりつく。
 しかし。破局は思わぬところで訪れた。
 あたしと小兵衛さん、伸ばした手と手が目指すのは、ただ一本の串の端。
 二人がそのことに気づいた瞬間……周囲の空気が一変するっ!
「こりゃうちへの土産じゃったな、などといういみじいことは言わん。
 ところで最近の若い娘には、今一つ年寄りを敬うという心が欠けておるが……
 むろん、あんたはそんな事はなかろうな」
「もともとあたしが持ってきたのよね、なーんてことは今更言ったりしないけど……
 食べ過ぎはよくないわよね。特にお年寄りは」
 互いに牽制は無意──ならば、正面からの実力勝負あるのみっ!
 もらったっ!
 一瞬の隙を見逃さず、白魚の如き指が空を滑り──
 げしっ。
「あいたたたたたたっ!」
「人に慣れねぇ役させといて……いい根性してるじゃねぇかよ、え?」
 いつのまにやら背後に忍び寄っていた豪に腕を捻られ、あがくあたしの白い頬に、ぽたりと落ちる茶色いしずく。
 人の頭上で物を食うんじゃない。
「できるの、異郷の御仁……」
「つまんねぇことで感心してないで、あいつをどうにかしてくれ。
 人の話を聞きゃしねぇ」
 団子を歯でしごき取り、あっという間に裸になった串で示すその先に、どこから引っ張り出したのか、破魔矢を抱えて震える浅吉さん。
 ……たぶん効かないと思うぞ。
「まったく誰に似たんだかのぅ、この小心者は」
 ぼやきながらもどうにかこうにか、息子を宥める小兵衛さん。だがしかし、あまり効果はないよーだ。
 みゅーむ、こりゃ、単に怯えさせただけかな……?
 やっぱり、豪には阿呆の振りをさせておくべきだった。こんな形であたしの正しさが証明されるとは、世の中皮肉なもんである。
 しかし、今更言っても詮無いこと。すまんが少し外してくれ、という小兵衛さんの言葉に従い、長屋を出るあたしたち。
 ……仕方ない、また日を置いて来るとするか。
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 豪の文句を聞き流しながらせいるんまで戻る道すがら。昼下がりの道を歩いていると、俄(にわ)かに彼方が騒がしい……と思いきや。騒ぎの元はぐんぐんこちらに近づいてきている。
 あっという間にそれは一人の女の子と、彼女を追い回す二人組みの男となって、人通りもまばらな道を一直線に駆け抜けていった。
「……って、お鈴ちゃんっ!?」
 そう。後ろの二人に見覚えはないが、今しがた走り去った幼い顔、あれは確かにあの気丈な少女のものだった。
「……さっきんとこの娘か?」
「そうっ」
 問答ももどかしく、裾を跳ね上げ走り出す。幸い、まだそれほど離されているわけではないが……いかんせんこの格好じゃあ、速さもたかが知れている。
「豪、任せた!」
「おうよっ!」
 既にして五歩以上も先んじる、豪の背筋が大きくうねり……
 どごばしゃっ。
 こんなときまで持ち歩いていた大徳利が、前行く男の片方に、もののみごとにぶち当たるっ!
 砕けた破片と酒飛沫に、もう片方も思わず咄嗟に足を止め、追いついた豪の拳骨食らって地に沈む。
「……あーあ、勿体ねぇ。まだ半分以上残ってやがったのに」
 酒の恨みか単なる趣味か、倒れた男の腰のあたりをぐりぐりと、下駄の歯の角でえぐる。かなり痛そうだが、街中で女の子を追い回すような悪党に容赦する必要はないからよし。
「あんがと、たすかったよ。そっちの赤毛のおっちゃんも」
 ようやく人心地ついたか、荒れる息をなだめつつ、懐っこい笑顔を向けるお鈴ちゃん。いきなり豪が割って入ったときにはさすがに驚いていたようだが、みだりに怯えた様子はない。
 ……なかなか胆が据わったお子様である。ほんとーに、あの浅吉さんの娘なんだろーか……?
「お礼ならあと。それより、なんだってこんなのに追いかけられてたの?」
「なんで、っていわれてもねぇ。あるいていたら、いきなりいんねんつけられて……」
 ふーむ……
 こいつらが単に、血の気を持て余した挙句、自分より弱そうな相手にぶつけるよーな、ただの低脳ならこれっきり。今後の心配はないだろう。
 しかし、浅吉さんが握っているらしい、秘密にかかわることで、お鈴ちゃんが狙われたとしたら……
「ま、わからないものはしょうがないわね。とりあえず、今日は送ってくわ」
「そーしてくれる?」
「当たり前でしょ。行くわよ」
 二人組の懐を漁り終えた頃合を見計らい、手でお鈴ちゃんを、視線で豪を促す。お鈴ちゃんをあいだに挟み、横一列で手近な角に入り込むと、あたしは後を豪に任せ、足早に小路を回りこんでもとの場所へと舞い戻った。
 こっそり瞳を巡らせば、案の定、何やら盛んに毒づきながら、ふらふら歩く二人組。
 只で帰してやる訳がない。こっそり尾(つ)けて、背後の事情を暴いてやるのだ。さいわい──とはあんまり言いたくないのだが──この手の技術は郷里で叩き込まれている。何の為かは未だに判らないのだが、あまり突き詰めて考えたくないのだ、正直言って。
 とまあそれはそれとして、はじめは充分に間を置いていたのだが、大きな通りに向かうにつれて次第に人が増えていく。やがて贅沢を言ってもいられなくなり、見失わぬよう距離を詰めた。むろんできる限り自然に、である。
 一向に尾行がバレた気配はない。悪態からだんだんと愚痴をこぼし始めた二人組は、川のほうへ向かっているようである。この辺りの地理にはさほど明るくないもので、口での説明は出来かねるが、ああいった手合いが好んでうろつくような界隈ではない。ましてやあの歩き方は、あたりを散策するふうでも、馴染んだ場所を気ままにぶらぶらと……といった感じでもない。
 明らかに、どこかを目指しているのである。
 そして、足取りが目に見えて遅くなる、ということは……恐らくは、『しくじりました』などと報告するのは気が進まないから。
 間違いない。目的地はこの近くである。
 どんっ。
「おうおう、ぶつかっといて挨拶も無しかよ、このブスっ!」
 などという、悲しくなるほど型どおりのごろつきどもが、いきなり絡んでさえ来なければ。具体的な場所を突き止められたのだろうが。
 無論この程度の雑魚をあしらうなぞ、あたしにとっては朝飯前。軽く流して、そのまま尾けて行っても良かったが……
 聞き捨てにはできない台詞を、連中の一人が発したのだ。
「ブスだろうがかまわねぇさ。ちっとばかり面がまずくたって、女には違いねぇからな。
 けどよ、こいつぁブスじゃねぇ。それ以前の餓鬼じゃねえか」
 ……くっくっくっくっ。
「今の──もう一遍言ってみなさい」
「上等だ、何遍でも言ってやらぁ。このチビ。ガリ。ジャリ餓鬼」
 ──かくて喧嘩の華が咲く。
 娘相手と侮った、そのごろつきどもにお灸を据え、詫び金をせしめたころには……
 無論、例の二人組なぞ影も無かった。
 ま、ここまでわかれば、後は難なく割り出せる。そう判断してのことだから、別に落胆したりはしない。両方とも、顔はしっかり覚えたし。
 帰りしな、と言うにはずいぶんと方角がずれていたが、豪を拾って再びせいるんへと足を向ける。むろん、情報の交換も怠らない。
「で……結局、まだ信用してもらえないわけ?」
「ちまっこいのとじーさんは完全に手懐けたんだがなぁ。あの親父、よっぽど後ろ暗いところがあるんじゃねーか?」
 んーむ、それもあながち冗談じゃあなくなってきたが……仮に小兵衛さんが言ってたように、彼が下手人だとしても、それが事件のすべてではないだろう。
 絶対に、もっと大きな何かが絡んでいる。
 つまりそれだけ、謝礼にも期待できるとゆーもんであるっ!
「この件……なんとしてでも、あたしたちの手で解決するのよ」
 決意も新たに、あたしは暖簾をくぐるのだった。

 むろん──例の二人組が、揃って翌朝、魚の餌になっていようとは、知る由もなかった。

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 ああやっと、ストーリーの展開らしきものが……
 これで第一の目標はクリアしました。次なる俺的使命は「がうりを活躍させること」なんですが……どーだろうなぁ。
 亀のごときこのペース、上がる見込みはまっったくないのですが、あともう一話ぐらいはこのツリーにつけられるよう頑張りますので、気長にお待ちください。
 でわでわ。

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