◆−世界を変える者−三剣 綾香(9/30-09:22)No.12055
 ┗世界を変える者・後編−三剣 綾香(9/30-09:24)No.12056
  ┗世界を変える者・前編・ガウリイ編−三剣 綾香(9/30-09:26)No.12057
   ┗世界を変える者・後編・ガウリイ編−三剣 綾香(9/30-09:28)No.12058
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12055世界を変える者三剣 綾香 9/30-09:22


今日こんばんわ三剣綾香です。
…………って、最近のおひと達は私のことなんぞご存知ないに違いないですねぇ。
寂しいなあ。……いや……久しぶりに書いたもんだから……投稿してみようかなぁ……なんて、……ね。
ちなみにこれはガウリナなのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『世界を変える者』     三剣綾香


――夕刻。

家路を急ぐ人々の群が一日の終わりを告げる。
ざわざわと喧噪が立ちこめる通りも何処か昼間とは違う趣を湛えているようだ。
一日の仕事を終え、疲れたような、それでいて穏やかな表情の人たち。
これから帰る家を思ってのことかもしれない。

あたし達は帰る家を今は持たない旅人だ。
それでも、夕暮れ時の優しい喧噪は遠い昔を思い出すようで少し懐かしい。
ふらりと立ち寄っただけのあたし達にも等しく一日の終わりを教えてくれる夕闇は、
やがて行く先を示す街明かりへと取って代わる。

さっきまでの喧噪がまるで嘘のように静まり返る町並み。
その明かりの一つ一つでは、団らんの一時がもたれているに違いない。
でなければこんなに優しい気持ちになるわけがないのだ。

「そろそろ宿に戻らないか、リナ」
丘の上で一緒に日の入りを楽しんでいた相棒がそう言って促す。
少し小高いここにだけ、わずかに残った夕日にさえもきらきらと映える金の髪が本当
にきれいで、少し羨ましいような気もする。

「そうね、もう行きましょうか」
答えて街の中へと足を踏み入れた。
闇に覆われた通りを二組の足音が進む。

宿へと向かう道。もう何度となく繰り返してきた一日の終わり。
でも、以前はこんな気持ちで歩いてはいなかった。
少し感傷的になって、取り留めのないことをつらつらと考えていたのだ。

夕日は人に考えると言うことを教える。朝日が人に忘却をもたらすのと同様に。
忙しい一日の始まりに棚上げした悩みや問題を夕日は人々に思い出させる。

それはあたしにしたって同じ事なのだ。
普段のあたしはぼんやりと考え事をする暇がない。差し迫った状況や、強大な敵、そ
れらから身を守り、事を治めるためには些末な考えに捕らわれているわけにはいかな
いのである。
物事を様々な角度から観察して分析し、先を読む。そしてそれにかなった戦略を導き
出して策を打ち出す。
そういうぎりぎりの判断と選択には、小さなミスも許されない事が多いのだ。

歩きながらの考え事もそういえば出来なかったような気がする。
女の一人旅は気の抜けない危険を孕んでいるからだ。――ガウリイはあたしがそれを
わかっていないと思ってひやひやしているみたいだけど、そんなわけはない。
あたしだってガウリイと逢うまではずっと一人旅だったんだから。

まあとにかくそんなこんなで、あの頃のあたしには夕暮れ時以外に物思いを許された
時間はなかったのだ。
なのに今はこんなに心穏やかでいられるのはなぜなんだろう。

…………なんて、我ながら愚問だけど。
そりゃ当然、あの頃にはなかったものが今はある、居なかった人がいつも側に居てく
れてるからに決まってる。

二人だから、や、ちがうね。……ガウリイと一緒だから、手強い相手と対面したとき
でも、どんな場面でも、あたしはある程度の余裕を持っていられる。あたしでいられ
る。
普段でも、もう今までみたいに気を張って歩いていなくても危なくない。ガウリイが
居てくれるから。

わかってたけどねそれは。

今まで黄昏時にしか出来なかった些細な物思いをそこまで我慢しなくても良くなっ
た。
それだけじゃない、その物思いさえもする必要がなくなりつつあるのだ。

あたしはもうあの頃みたいに何処か不安定なあたしじゃない。ガウリイが一目見て
ほっとけないって思ったあたしじゃないんだ。

変えたのはガウリイ。

でも悔しいから認めてやんない。

「ぼんやり歩いてるとぶつかるぞ、リナ」
斜め上から降ってくる声。

「わかってるわよ」
振り仰ぎもせずに答えた次の瞬間、すいっと腰を引き寄せられる。

「なに?」
「わかってないから言ったつもりなんだが」
言われて前を見ると、目の高さに食堂であることを示す看板が下げられていた。
あと一歩かそこらで正面からぶつかるところだったようだ。

「な?」
引き寄せたままで何だか得意げにガウリイが聞く。

まあ、ぶつかる前に制止をかけたのは彼にして上出来かもしれない。
前はそうじゃなかったしね。

ぶつかる直前に忠告して、ぶつかった後"だから言っただろう"みたいなことへーぜん
と言ってたんだ。
世界中の人間が自分と同じ反射神経をしてるわけじゃないことがわかってないみたい
に。

――まてよ?

って事はガウリイがあたしを止めるようになったのは自分よりもあたしが鈍いって
思ってるから?
……なんかむかつく。事実かもしんないけど。

「…………」
黙り込んだあたしの顔をガウリイがのぞき込む。

「リナ?」
「……わかったわよ。もうぼんやりしないからいい加減放してよ。」
誰かに見られたらどうするのよ。
腕から抜け出そうとするあたしをガウリイは軽く目を細めて見おろす。
「突然機嫌が悪くなったな。どうした?オレ何か悪いこと言ったか?」
「別に」

心の中を見透かされたようで悔しいだけ。

「じゃあなんですねてるんだ?お前さん」
何でガウリイにはわかっちゃうんだろ。
あたし自身がまだ気付いていないあたしの事にまで。
そう。あたしは考えを読まれてすねてるんだろう、たぶん。

「リナ?」
が、我ながら子供っぽすぎる感情なので言う気はないけど。
「――ほんとになんでもないの。……大丈夫だから」
言って腕から抜け出す。
誰かに見られたら恥ずかしいんだってば。なにしろここは道ばたなのだ。

くいっ
抜け出しかけた腕の中にもう一度引っ張り込まれる。
「ほんとに?」
低い声が耳元に。
あたしは溜息を吐く。
「ほんとに」
答えながらも半ばあきらめていた。ちゃんと答えるまで、絶対に放す気はないと目が
言っている。
とは言え、看板が示すようにここは食堂の前、誰が出てきても不思議ではないのであ
る。

「ガウリイ、ここがどこだかわかってるんでしょうね?」
「オレの腕の中だろ」
すんなりと答えが返る。
誰がそんな近距離の話をしてるってのよ。
「だから食堂の前なんだってば。」
まだ気付かれてはいないけど、タダ見させる趣味はあたしにはない。

「こんな目立つトコで妙なことしたらあたしにも考えがあるわよ」
取りあえず脅しを。
が、やっぱり引き下がる様子はない。

「へぇ。たとえばどうするんだ?」
おもしろそうに目を細める。

「泣く」
きっぱりと答えたあたしにガウリイはまともに困った顔をした。

そう。最近知ったのだが、ガウリイは涙に弱いようなのだ。
たとえ嘘泣きでも、泣かれるとどうしていいかわからなくなるらしい。

あたしが初めて泣いたときはちゃんと慰めてくれたのにね。

ガウリイは溜息を吐き、ほんとうにしぶしぶと言った様子であたしを放す。
まるで大きな坊やだね、まったく。

最近ガウリイは暇さえあればあたしに触れてくる。
さっきみたいな場面でも、前のガウリイなら腕を引っ張るとか、マントを掴むとか、
襟首を引っ張るとか――思えばひどい扱いだけど――していたはずだ。

でも今は、肩を抱くように引き寄せられることが多い。
引っ張るんじゃなくて引き寄せるってかんじに、優しく。
どういう風の吹き回しか知らないけど、そういうのって無茶苦茶大切にされてるみた
いで嫌いじゃない。

ましてや相手はガウリイだし。

でも、それでも目立つのは"のうさんきう"なのだ。

「それよかお腹も空いたし夕飯ここで食べていかない?」
宿まで待てないほどお腹が空いていたわけではなかった。
取りあえず場の雰囲気変えたかっただけ。
話の展開がシリアスに走るのを引き留めたかっただけだ。
ころっと態度を変えて誘うあたしにガウリイはちらりと苦笑を見せて頷いた。
「お前に任せるよ」
その言葉を受けてあたしは看板の側にあった扉を開く。

あたし達が入ったとたん、室内のざわめきが一瞬消える。
いつものことだ、ガウリイと一緒だと。
ガウリイが扉を閉めると、その音にはっとしたようにざわめきが戻る。
たとえ中身がぼけぼけさんでも顔のいいやつは目立つもんなのである。
ま、今更嫉妬もしないけど。

でもガウリイが側にいるとあたしに恋人が出来るチャンスは巡ってきやしない。
ガウリイに気圧されちゃって声なんてかけてこないし、あたしだって周りの男どもと
ガウリイの顔をつい比べちゃうしさ。
やっぱりガウリイよりもいい顔じゃないと恋人にはならないだろうなぁ、自分がメン
クイだって自覚はあるし。
わかってんのかな、ガウリイ君は。"そんなことじゃ嫁の行き手がないぞ"とか言うけ
ど、その責任の一端は自分にあるって。
……べつに他に恋人が欲しいとも思わないけどさ。

………………はっっ!!?

あたしってば今何を!?
他にって何、他にって!!?
ガウリイは恋人でも何でもないじゃない!!
――――そりゃ、最近スキンシップが多いような気はするけど、恋人同士になったわ
けじゃない。

「――ナ」

……あたしって自意識過剰の気があるのかもしれない。
思い込み過ぎないように気をつけないと今の関係を壊しかねない。…………危ない
な。
もう、ガウリイ以外の人と旅をする気にはなれないと思うし。
ガウリイにとってあたしが子供でも、あたしはガウリイしか考えられない。

わかってるのかな、ガウリイは。
ちゃんとはっきりさせないと、あたしはそろそろ引き返せなくなる。ううんもう引き
返せなくなってるのかもしれないけど。
でも、今は居心地のいいガウリイの側を離れたくない。

…………我が儘なのかな、あたしは。

「――リナ。こら、聞いてるのか?」
へ?

「はい?なに?」
「なにってお前なぁ……」
慌てて顔を上げるとガウリイが呆れたような、笑みを堪えるような複雑な表情で見下
ろしていた。
「"もうぼんやりしない"んじゃなかったのか?」
う、そりゃ言ったけどさ。

ガウリイは、堪えきれないと言うように表情を緩める。
くすくす。
あ、笑った。

「ほら、あそこに席が空いたみたいだから行くぞ」
言いながら、あたしの腰の辺りに手を添えて導くように歩き出す。
これだよ。こういう行動の所為であたしがやんなくてよくなったはずの物思いに耽る
羽目になってるって気付かないのかね、この男わ。
ぼんやりしてるな、なんてセリフは普段ならあたしがガウリイに言うことだ。

やれやれ、日の入りを眺めたのなんて久しぶりだったもんで、思考回路が物思いモー
ドに切り替わっちゃってるようである。一旦こうなってしまうと、もう思う存分考え
事してるより他はない、困ったもんである。

「で、何にする?」
メニューを片手にガウリイが聞く。
「任せるわ。」
ガウリイはあたしの言葉に驚いた顔をしたが、まあいいかというように頷いて、重そ
うなメニューが並ぶ中から軽めのものを頼んでくれる。
確かに今日は軽めに食べたいとは思っていたけど、ガウリイには言った記憶は無い。
何でわかるんだろう。

ウェイトレスのおねーさんがガウリイに意味ありげな視線をあてて去っていく。
そこであたしは気が付いた。側にいると恋人が出来ないって言うのは、ガウリイにも
当てはまるんだって事に。
さっきみたいな場面でも、ガウリイ一人ならバッチリモーションかけられてたはず
だ。
なのに何も起こらなかったのは、一緒にあたしがいたからだ。

「リナ。また何かどうでもいいこと考えてるんだろ」
あたしの前に水の入ったカップを置いてくれながらガウリイが苦笑する。
そんなこと無い、そう言おうとしてガウリイの瞳が心配そうにこちらを見ていること
に気付いた。
「確かにそうかもしれないけど、いいじゃないたまには」
最近はここまでぼんやり出来る事なんて無かったんだから。

「お前に考え事されると、オレの事なんて忘れられちまいそうで怖いんだよ」

「な……」
んてこと言うんだろこやつは。
口説き文句みたいでどきどきする自分がちょっと悔しい。

ガウリイのことだからそんなつもりは無いんだろうけどね。
「リナ?」
どういうつもりでそんなこと言うんだろ。聞いてやりたい気もする。
でも、聞けないんだろう、あたしは。……それこそ怖くて。

「あんたみたいにでっかい図体してるやつのどこをどうすれば忘れていけるっての
よ」
夕方の穏やかな気分は今はもう無い。

今夜は本気で眠れない夜になりそうだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
と言うところで前編終了。
ちょっと長かったかなぁ。
どうなんだろ。


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12056世界を変える者・後編三剣 綾香 9/30-09:24
記事番号12055へのコメント

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

世界を変える者・後編
                 三剣綾香



お風呂上がりの火照った肌を夜風にあてる。宿の二階から見えるのは静まり返る町並
みだけ。
濡れた髪をそっと揺らす夜風も、あたしの気持ちを落ち着かせてはくれなかった。
今考えてもしょうがないことばかりが頭に浮かんでは消える。
庭に降りて少し木々の香りを嗅いでみよう、気分も持ち直すかもしれないし。

着替えて庭に降りる。
辺りは初夏の清々しさで満たされていた。
打ち水がしてあるらしく、涼やかな空気が気持ちいい。
夜半に散策する客のためなのか、庭のあちらこちらにぽつりぽつりと魔法の明かりが
灯っている。
隅々に心配りが行き届いている趣味の良い庭。気持ちよく過ごしてもらおうという思
いが伝わってくるようだ。
宿泊代がそんなに高かいとは思わなかった。偶然とは言えよい宿に巡り会ったらし
い。

月は程良く満ちて、おぼろに雲がかかった様子は優しい誰かの瞳を思い出させた。
誰か、なんて思わせぶりだね。
こういう月の夜はガウリイに見守られてるみたいで何となく落ち着くのだ。
盗賊いぢめに出かけてもこういう月に出合うと、それだけで何となく満足して帰って
来ちゃったりするくらいに。

ガウリイは気付いているのかな、あたしが朧月夜には盗賊いぢめには行かないって。
朧月夜の晩には彼に出合ったことがない。
その瞳に似た月が出ているときは、瞳の主は現れないのである。

そして。

ガウリイを思わせる月が今夜も出ている。
きっと、今日はもうガウリイに会えない。

今は……会いたくないし。

柔らかな月光に包まれて、ぽつぽつと灯る光を辿るように庭を散策する。
塀に手をついて、あたしは今自分の前に立ちはだかる壁に思いをはせた。
あたしが直面しているものは、今までの戦いの中で感じた、純然たる能力の壁とは違
う。
命のやり取りに直結しているような、そう言った類のものではない。
だけど、同じくらいに差し迫っていて、同じくらいに切実だった。
なんとしてでも乗り越えなければ命に関わる。――少なくとも、今のあたしにとって
は。

――――――――怖い。

魔王を前にしてもこんな気持ちにはならなかった。戦慄しても余裕があった。
言葉の応酬や、いろんな策を巡らす、そういう冷静さが味方してくれてたから。

でも、今はそれがない。
ことガウリイに関して、あたしは冷静さとか、客観的思考とかとは無縁の場所にい
る。

今までどんなに困難な場面でも手放さなかったそれらの味方が、よりによって一番必
要なときに一番遠くにいるようで、心許ない。
自分で自分が頼りないと思うなんて今まで一度も無かったから、どんなことにも自信
と実力を持ってあたってきた自分にも、普通の女の子と変わりない、弱い一面があっ
たことが驚きだった。


思えば、こんな自分に気付いたのは、フィブリゾの一件が最初だったかもしれない。

思い出したくもない、でも忘れることが出来ないあの事件の最中、あたしは生まれて
初めて「我を忘れる」という経験をした。
そのときはただ、人が、仲間が殺されそうになったからだと思っていた。
無我夢中の、極限での判断にこんな思いが絡んでいるとは思いもしなかった。
実際にあの一件以降あたしとガウリイの関係が変わったなんてことは無かったし、そ
れでいいと思っていたから。

でも。
それからしばらく時がたって、つい最近あたしは気付いたのだ。これまでいろいろ
やってきた無茶な行動、それらのほぼ全てに彼が係わっていたと言うことに。
それに気付いたとき、愕然とした。そして恐れた、戦慄したと言っても良いほどに。

だってそれは、あたしの理性を崩すのは、ガウリイだけだって言うことを意味してい
たから。
いままで、どんな戦いの中でも我を無くすなんてことはなかった。
無茶苦茶をやる傍らで全てを客観的に見つめられる、揺るぎない冷静さ。それがあた
しのアイデンティティーの源でもあった。
自らの腕一つで生きるあたしにとってあたしらしさは唯一の財産だと言っても良いも
だったから。
それを根底から覆すガウリイの存在はまさに脅威という他は無い。
いままでの自分を貫きたいのなら、ガウリイとは別れた方がいいのかもしれない。

でも、そんなことは、出来ない。

ガウリイが…………――――――――好きだから。

自分がどうしたいのかわからないなんて、覚えてる限り初めてのことだ。
一緒にいたい。でも側にいればいるほど自分が自分じゃなくなっていくようで怖い。

…………こう言うことには慣れが必要だと誰かに言われたことがある。

だとすれば、こうして悩むことが今のあたしには必要なことなのかもしれない。
そう思っても気持ちは楽にはならないけど、こういう時間が無駄じゃないって信じて
なければ一歩も進めなくなりそうだった。

あいつはあたしをどう思ってるんだろ。
どういうつもりで側にいるんだろ。
前なら、「仲間」とか「保護者」とかでうち切っていた答えも、最近はどうなのかわ
からない。

気のせいじゃなく最近ガウリイは優しくなってる。―――そりゃもともと優しかった
けどさ。
そうじゃなくて、何だかあたしを見る目が今までと違うような…………変な感じなの
だ。
だからこそあたしは困っている、迷っている。
こうして想うことが一方通行じゃないのかもしれないとか、いやそんなはず無い保護
者なんだからとか、行動を伴わない非生産的なことばかり考えている。
一刻も早くこの状況から抜け出さないと、近い将来あたしは…………

あたしが押せばガウリイは応じるかもしれない。優しいやつだから。
でも、あたしのためにガウリイが何かを犠牲にするところは見たくない。
自分の気持ちを相手に押しつけるだけなんて絶対に嫌だった。


月を見上げる。優しくぼやけた金の光に問いかける。

あたしは、聞いた方がいいのかな…………?

何でそんなに優しいのかって。あたしを……どう思っているのかって。

ね、どうしたら…………いいんだろうね。

問いが口に出そうになる。
相手が月とはいえ、決定を他者にゆだねるなんて、やっぱりあたしはどうかしてい
る。
あたしはそのときそれほどまでに不安定だったのだ、一歩先の地面が途方もなく高い
壁に見えて。
一歩踏み出せば今までの平穏が崩れてしまいそうな予感さえした。
思わず自分を抱きしめる。

そのとき、ふと馴染んだ気配が近づいてくるのに気付いた。
あたしが物憂く黙り込んでいるのを察してか、静かな足取りでこちらへと来る。

「――リナ」

そっと、かけられる声。
ゆっくりと振り返ると、朧月のあえかな光の向こうにガウリイが佇んでいた。
こうしてこの月の下で見比べると、やはりその穏やかな光が両者は似通っている。

「……ガウリイ……」
あたしは余程頼りない表情をしていたのだろうか、ガウリイは物問いたげにこちらを
見つめているだけでなにも言わない。
所在なく視線を動かしかけてあたしの髪に目を留めた。
そう言えば洗った後拭いただけで乾かしてもいなかったっけ。
そしたら今度はこう言うんだろう。

「風邪引くぞ、こんな所歩いてると」

ほらね。

「そうね……」
軽く微笑んで答える。

そのセリフはどういう気持ちから出たものなんだろう。
保護者としての責任感からだろうか。それとも………………?

「大丈夫か?リナ、お前さん今日はおかしいぞ。何を悩んでるんだ?心配事か?」
思い切ったように切り出してくる。ごまかされないというような強い瞳がまっすぐあ
たしの心に差し込む。

「何でもない…………なんて言っても……」
「――信じるわけないだろう。オレには話せない悩みか?」
わずかな苛立ちを込めて言葉を継ぐ、心配だと大書きされた顔で。

話せない、そう言えばそうなのかもしれない。話せばガウリイに決断を求めることに
なる。
どんな返答にしろ今までのような関係は望めないんじゃないだろうか。

…………そんなのやだ。

「乙女の秘密に踏み込もうっての?」
話さないでおこう、今は。
弱虫だって言われても良い。
振り返らずに立ち止まらずにずっと走り続けて来たんだ、少しくらい休んだって、居
心地の良いところで微睡んでいたって、許されるはず。

だから言わない、今は。

くるっと背を向けて、あたしは再び歩き出す。
と、

くいっ

ガウリイの腕がさっと伸びて腰の辺りを引っ張られる。
「オレはそんなに頼りないのか?」
腕の中に深く引き込まれて言葉がとぎれる。
「乙女の秘密?踏み込むさ、決まってるじゃないか」
この腕が優しいのは何の為?
思わず体ごと降り仰いだ先に、こちらを見つめる蒼い瞳があった。
月光に輝く瞳の奥底にある真意を掴みたくて、あたしは目を凝らす。

じっと見つめるあたしの視線に、優しい目がほんの一瞬つらそうにすがめられた。
そのままゆっくりと口づけされる。

え!?

なに!?

力が…………抜ける。

意識が闇に溶けて――――。

しばしの時。
ガウリイはゆっくりと顔を上げる。

「ガ……リ、イ?」
我ながら頼り無げな声だ。

「――お前の悩みが何なのか、おれは知らない。だがお前がそんな顔をしているの
は、見たくない」
引き寄せられて抱きしめられる。

あ…………まさか。

優しい腕は……もしかして――――あたしの、ため?

ガウリイは、あたしが――――好き………………?

とことこと心臓が踊る。
目の前にあるガウリイの服を掴むと、ガウリイの鼓動が伝わってくる。
初めて聞くガウリイの鼓動を感じながら、あたしはいつの間にかガウリイの胸に頬を
寄せていた。

なんか……落ち着く。

木々達のひそやかな話し声が聞こえる。そう思えるほどに、ここは静かだった。
誰もいない広い庭。月影が辺りを霞のように包んでいる。
そして、あたしはガウリイの腕の中にいる。

こういう現実離れした状況が、周りの風景をより幻想的に見せているのかもしれな
い。
ちろりとガウリイを盗み見る、と、あたしを見つめる真摯な瞳にぶつかった。
あたしが抵抗も怒りもしなかったことへの微かな戸惑いが見て取れる。

その瞬間にわかった。
間違いじゃない、ガウリイはあたしのことが好きなんだ。
「ね。きいてもいい?」
ガウリイの服を掴んだまま頭を持たせかける。
そんなあたしを見てガウリイは心持ち瞳を和ませた。
「…………何を?」
あたしが落ち着いたのを感じたのか口調が柔らかなものに戻っている。
今なら聞ける、と言うか聞かなくてももうわかっちゃったけど。
でも、それでもちゃんと聞いておくってのがこの場合望まれる行動だろう。
小さく深呼吸する。よし。
「ガウリイは…………あたしのことどう思ってるの?」
やや唐突な問いにガウリイは溜息を吐く。
「行動で示してみたんだけど…………それじゃだめなのか?」
「だめ」
きっぱりとしたあたしの言葉にガウリイは微かに思い悩むような表情をする。
あれ?
やがて思い当たったというように苦笑した。
「お前、オレの答えがわかってて言ってるだろう。」
うん。
わかってていってるよ。
「……だめ?」
教えて欲しい、その声で。
軽く上目遣いにおねだりしてみる。
棚ぼたみたいに降って湧いた状況を何となく受け入れるなんていやだった。
周りの情景は幻想的で現実感に乏しい。
ちゃんとはっきり言ってくれれば、明日の朝目が覚めたときに、今夜のことは夢だっ
たんだなんて、思い込み激しさに自己嫌悪に陥らなくて済む。
ガウリイはあたしの視線を受けてやや困った顔をしていた。
とたんに不安になる。あたし、勘違いしてたかな?ガウリイの気持ちがわかったって
思ったのは、気のせいだったかな?
「あ、それじゃあ」
不意にガウリイがにっこりする。
良いことを思いついたとでも言いたげに。
「オレが言ったら、お前も言うか?オレをどう思ってるのか――――それならオレも
真面目に答えるけど?」
ああ、気付かれちゃったんだな、あたしの気持ちも。
ガウリイはあたしと同じように確証が欲しいのかもしれな…………
思いかけてガウリイの頬が微かに赤いことに気が付いた。
どうやら予測はちがったらしい。
これは、
「…………ガウリイ、恥ずかしいんでしょ」
からかいを込めて言ってみる。
「ぎく…………で、でもほら、取引はフィフティなんだろ?」
と、慌てたように小さく呟いた後、軽く肩を竦めていなしてくる。
普段あたしが言ってきかせてるセリフ。ちゃっかり引用しちゃって、まったく。
でも。
「わかった。約束するから。」
にっこりと笑って頷く。
あたしの望む答えを手に入れるためなら何だってする、してやろうじゃないの。
たとえ答えが予想と違っても、そんなのは後で考えればいいことだ。
聞いてもみないで落ち込むなんて、ばからしいこと。
手が体が震えてるような気がするけど、そんなの気にしない。
予感は悪くない、きっと良いことが起きる。
ガウリイはふっと微笑みを返してあたしを少し体から離した。
軽く身をかがめるようにしてあたしの目をのぞき込む。
縁の溶けた月が背後にかかっていて、本当にきれいだった。
ガウリイには普段の、飄々とした雰囲気がない。戦いの時にだけ見せる怜悧な表情で
あたしを見下ろしている。
見守る内にそれがすうっと溶けて、普段の何処かつかみ所のない彼に戻る。
ただ、蒼い瞳は普段よりも数段強い輝きを浮かべて。
ぼんやりと思う。
朧月のイメージってもしかして表面だけだったのかな……?
ガウリイがこんな目をしてるところなんて初めてみるよ。

「オレは……リナを大切に思ってるよ。なによりも、誰よりも。束縛できないほどに
深く想っている」
そこでもう一度引き寄せられる。ごく自然な動きでガウリイの腕に抱かれた。
「昔ばあちゃんに言われたことがあるんだ。いつか出合う“世界を変える者”の事
を」
「“世界を変える者”………………?」
それって、まさかあたしが世界をどうにかするとか……言いたいの?
慌てたようにガウリイが言葉を継ぐ。
「お前又妙なこと考えただろう。――――違うよ、そう言う意味じゃない」
「じゃあ……」
「“オレの”世界を変える者って事だよ、リナ」
あたしと視線を合わせてにっこりする。
「オレは今まで自分の見えているもの、感じているものこそが世界だと思っていた。
流されるままに生きている今に満足していたんだ。でもちがった。お前に会ったと
き、お前の心に触れたとき、その度に世界は意味のあるモノへと変わっていったん
だ」
ガウリイが、こんな風に思いを語ってくれるなんて思わなかった。
「そしてある時気付いた。オレの世界がオレが知っていた世界とはまるで違ってし
まっていることに」
こんなにも真剣に想われる日が来るなんて、全然期待してなかった。
「愛してるよ、リナ。本当はこんな言葉でくくってなどしまいたくないほどに、本当
に本当に愛している」
うん、知ってる。わかってるよ、ガウリイ。
そんな言葉では語りようがない程のあなたの想いも。
「その……オレは考えることがリナほどうまくないから…………ちゃんと伝わったか
な?」
涙で視界がかすんで、ガウリイがよく見えなかった。
それでもあたしは目の前の金色の影に微笑んでみせる。
ちゃんと伝わったって事を教えたくて。
…………ちゃんと、笑えてると良いんだけど。
微かに苦笑するような気配と共にそっと涙が拭かれる。
澄んだ視界にこちらをのぞき込むガウリイが映った。
「今度はおまえのばんだぞ、リナ」
――わかってる。
逃げたりしない。
あたしだって会ったんだもの、あたしの世界を変える者に。
「あたしは――――」

声がとぎれる。
気が付くと辺りの虫の音が途絶えていた。
ガウリイに目をやると無言で頷き返してくる。
さわやかだった風が殺気を帯びて木々をさいなむ。
同時に生まれた一つの気配は、人のそれとは明らかに違っていた。
――――魔族。
殺気の向かう先が一定していない所を見ると、別に誰かをねらっているものではない
みたいだけど。
あそこまでの殺気を垂れ流してるやつが何も企んでないと思うほど魔族を甘く見ては
居ない。
ここはやっぱり、
「――先手必勝かな」
呟いたのはガウリイだった。
――――――あたしに毒されてきたんじゃ…………
「ほら、行くぞ、リナ」
あたしは大きく頷く。
「わかってるわよっ!!」
駆け出すと同時に辺りの様相が一変する。
結界に取り込まれたんだろう、たぶん。
そんじゃまずは結界を破るところがら行ってみようかなっと。

あたしはすっかりいつものあたしに戻っていた。
…………やっぱりこっちの方があたしらしいな。行動して考えて、結果を手に入れ
る。
考えてばかりじゃ意味がない。恋も戦いも商売も、行動したもん勝ち!!……ってやつ
よね。
いい女は行動力も抜群でなくちゃね、やっぱり。

「さっきの続き、後でちゃんと聞かせてくれよな」
ガウリイの囁きが耳に届いた――――――

                                      
             END
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一応ガウリイ視点の物もアリマス。

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12057世界を変える者・前編・ガウリイ編三剣 綾香 9/30-09:26
記事番号12056へのコメント

世界を変える者のガウリイ視点ヴァージョンです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「世界を変える者」


夕闇の垂れ込めるこの時間帯になると、リナは何
か考え込むように黙り込むことが多い。
話しかけても上の空で、まるで空気に話しかけてでもいるような気になる。
普段何か考えているときとは違って、どこか覇気がない。
そのまま闇に取り込まれてしまいそうに思えて、オレはそれが怖かった。

だから引き寄せた。

守護する娘が消えたりしないように。

「それよかお腹も空いたし夕飯ここで食べていかない?」
けれど今のリナはすっかりいつもの彼女に戻っている。

炎のような命の輝きを放つ愛すべきリナ=インバースに。

オレは、出来ればそんなリナをもう一度引き寄せてみたかったが、痛い目を見ること
はわかっていたのであきらめるより他はなかった。

「お前に任せるよ」
思わず苦笑が出る。
リナはさっきの、見方によっては濡れ場に見えなくもない場面をさして気にもとめて
いないようだ。
最近よく引き寄せたりしてるから、単に慣れてしまっただけかもしれないが。

リナはよっぽど腹が減っていたのか、単なる習性か、妙に元気良く扉を開いてさっさ
と入っていった。
入ると同時に食堂の中が静まる。

最近では良くあることだ。
リナが部屋に一歩踏み込むだけで、そこから空気が変わるように場の雰囲気が止まる
のだ。
入り方が目立つということもあるとは思うが、やはり何処か人を惹きつけるその容貌
の所為が大きいだろう。

どちらかというと可愛らしい顔立ちは、整ってはいるだろうが絶世と言うほどではな
い。
けれど瞳には、実力に裏打ちされた自信が輝いている。それがリナの魅力を何倍にも
しているのだと思う。
後から入ってそっと扉を閉じる。
その音にほぼ全員がはっと我に返ったのがわかった。
オレを見て諦めたような残念そうな気配が伝わってくる。

それもいつものことだ。
オレが側にいれば妙な輩はリナに近づけない。リナの交友範囲を制限しているようで
可哀想な気もするが、本人が気にしていないようなので気付かない振りをさせてもら
うことにしている。

部屋を一渡り見回して、端の方にテーブルが一つ空いているのを見つけた。いつもな
ら、オレよりも目敏く見つけてさっさと行ってしまうリナが気付かなかったのだろう
か。
傍らを見やると、リナはまた何か考え事をしているようだった。考えることに集中し
ているリナは全ての感覚が内向きに作用しているらしく、周りが全く見えなくなる。
専門用語で言えばぼんやりしているってことになるんだろう。

だが…………今はオレがいるからいいとしても一人で旅してた時はどうしてたんだろ
うか。
こんな風にぼんやり歩いていたら危ないことこの上ないじゃないか。
普段のリナは年よりもしっかりし過ぎるほどしっかりしてるが、こういうところで、
やっぱり目が離せないな、などと思ってしまう。

「席が空いてるみたいだぞ、リナ」
「…………」
反応がないリナを見下ろす。
考え込んでいるのかと思えば突然顔を赤くしてみたり、少しおかしい。
オレの声も聞こえていないようだ。
赤みが引いたと思ったら、今度は寂しそうな顔になる。
瞳が遣る瀬なさそうに光を放つ。
オレはそんな顔を見ていたくなくて、慌ててもう一度声をかけた。

「飯食うんじゃなかったのか、リナ。こら、聞いてるのか?」
強めの問いかけに、リナはきょとん、と顔を上げた。
「はい?なに?」
あどけないと言って差し支えない表情。
「なにってお前なぁ……」
こういうのを可愛いって言うんだろうな、きっと。
思わず笑みが漏れる。

よかった、ちゃんとリナだ。

「"もうぼんやりしない"んじゃなかったのか?」
からかいをこめて言ってやると決まり悪げに笑ってみせる。

「ほら、あそこに席が空いたみたいだから行くぞ」
物思いの中から浮上したリナは、のびをしてオレの示す方向を見ようとした。
その腰を引き寄せるようにしてエスコートする。
とまどったような瞳が一瞬オレに向けられたが結局何も言わなかった。

引き寄せても迷惑そうにしない。怒らない。振り払わない。
こいつの方からくっついてきたりは絶対しないけど、それを嫌がってはいないよう
だ。

本人はそこまで――とまどってはいても、嫌がってはいないってことに――気付いて
いるのか。
……たぶん気付いていないのだろう。

こうして引き寄せる本当の意味さえもわかっていないのかもしれない。

出来ればそうであって欲しい。
今の関係を崩したくないと願う気持ちがそう思わせるのだろうか。

リナをイスに座らせて向かい側のイスを引く。
メニューを片手にリナを振り返る。

「で、何にする?」
リナは何だか溜息でもつきそうな風情で素っ気なく答えた。
「任せるわ。」
食べ物に異常なほど執着するリナのセリフとは思えなかった。
ここに入ったのは何か他に理由でもあったんだろうか。
自分から言い出してこの食堂に入ったくせに、そんなに食欲があるようにも見えな
い。
今日は口数も少ないし、重いものは食べないんじゃないだろうか。
そう思い、取りあえず軽めのものを頼むことにした。

オレのオーダーを聞いてリナは何だか不思議そうにしている。
口を開きかけてオレの背後に目を遣り、去っていくウェイトレスを見送って口を閉ざ
した。
そしてまた物思いに耽ってしまう。本当に今日のリナはおかしい。どうしたって言う
んだろう。
夕日の丘では同じ物思いでももっと穏やかでのんびりとした表情をしていたのに。

心を何処かに置き忘れたようなリナは頼りなげで、初めてあったあの頃のリナを思い
出させて不安になる。
振り返らずに走り続けて、足下の危うさに気付かない、あの頃のリナに姿がだぶる。
何か思い詰めてるんじゃないだろうか。聞いてみたほうがいいのかもしれない。
……もっとも聞いたところで答えてはくれないと思うが。

だとしたらオレに出来るのは泥沼の思考から引っ張り上げる位のことだ。

リナにちらりと視線を流して、深呼吸。よし。
「リナ。また何かどうでもいいこと考えてるんだろ」
苦笑しながら声をかけると、はっとしたようにリナは顔を上げる。
言い返そうとした口を途中で止めて、オレの顔をまじまじと見る。なんだ?
ふう。
肩で一つ息をすると、リナもまた苦笑を浮かべて水を手元に引き寄せた。
「確かにそうかもしれないけど、いいじゃないたまには」
取りあえず物思いは中断したらしい。リナの注意を自分に向けさせることに成功した
オレは少し満足する。
「お前に考え事されると、オレの事なんて忘れられちまいそうで怖いんだよ」
とか言っておこう。
「な……」
そう呟いたきりリナは黙り込んでしまう、ちょっとだけ顔が赤くなる。
そういうリナも可愛いと思うけど、また黙り込んでしまったら意味がない。
「リナ?」
「――あんたみたいにでっかい図体してるやつのどこをどうすれば忘れていけるって
のよ」

リナらしいと言えばリナらしい言い方。
ほっとしかけてリナの目が寂しそうなのに気付いた。気になったが聞くのは躊躇われ
る。
丁度食事が運ばれて来たところだったから。
後で聞こう、そう思った。断って置くが別に飯が来たから中断したわけじゃないぞ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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12058世界を変える者・後編・ガウリイ編三剣 綾香 9/30-09:28
記事番号12057へのコメント

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「無題」後編

宿に戻って、風呂を使って。
髪を拭きながら窓辺にたったオレの目に、宿の庭をとぼとぼ歩くリナの姿が映った。
普段の自信に満ちあふれた歩調じゃない、思い悩む今のリナの心情を表すような頼り
ない、寂しげな歩みだ。
夕刻の物思いをこの時間まで引きずっているのは――少なくともオレと会ってからは
――初めてだ。

内容を尋ねたことは無い。
一度だけ聞こうとしたとき、リナが言っていたからだ、"人に話せない個人的なこと
だ"と。
オレは保護者を名乗っている。
だが、だからといって彼女の心に踏み込むようなまねをしていいはずがない、そう
思ってそれから聞こうとはしなかった。
けど、今回は本当に様子がおかしい。リナがストレスに弱いとは思わないが、やはり
心配になる。
少し話してみよう。


「――リナ」
着替えて庭に出て、リナの姿を探す。
馴染んだ気配はすぐに見つかった。塀に沿って歩いて行ってるようだ。

そっと近寄って静かに声をかける。

「……ガウリイ……」

オレが来ていることに気付いていたらしいリナは別段驚く様子もなくオレを迎えた。
もしかしたらそろそろオレに問いただされる頃だと思っていたのかもしれない。
寂しそうな様子を隠そうともしない。取り繕う元気もないのか、オレ相手に隠すだけ
無駄だと知っているのか。
何にしてもらしくないリナを見ているのは正直つらかった。
「風邪引くぞ、こんな所歩いてると」
リナの髪が濡れているのを見てついそんな言葉が出る。
子供扱いするな、普段のリナならそう言うところだ。
だが、

「そうね……」
今日のリナは軽く頷いただけだった。
やっぱりおかしい。

「大丈夫か?リナ、お前さん今日はおかしいぞ」
遠回しに言ったところで、相手が勘の良いリナだとはぐらかされるのがオチだ。
「何を悩んでるんだ?心配事か?」
聞きたいことをはっきり言ってしまった方がいい、ごまかせないくらいはっきりと。

「何でもない…………なんて言っても……」
「――信じるわけないだろう。オレには話せない悩みか?」
こういう言い方リナを追いつめる、そうわかっていたが止められなかった。
今日みたいなリナは見ていたくない。オレはそんなに頼りないんだろうか。
今日の月は霞がかかったようなぼやけた光しか発していない。
そんな月明かりの下のリナは、儚げで、見ていられなかった。
「乙女の秘密に踏み込もうっての?」
軽く小首を傾げるように見上げた後、くるりと後ろを向いて先に歩こうとする。
その肩がいつもより小さく見えて、オレは不安になった。
引き留めないとリナが居なくなってしまうんじゃないかという、確信にも似た予感。
失えない、リナだけは。
歩き出そうとしていたリナを思わず引き留める。抱き寄せる。
「オレはそんなに頼りないのか?」
リナの反論しようとしていた口が止まる。
こんなに想っているのにどうしてこいつは気付こうとしない?
「乙女の秘密?踏み込むさ、決まってるじゃないか」
一人でこんな時間にこんな顔して庭を歩かなきゃならない“乙女の秘密”なんて必要
ない。
いや、そうじゃないな。――オレ以外のことに、リナの心が捕らわれているのが許せ
ないだけかもしれない。
くるりと体ごと降り仰いでこちらを見つめるリナは、普段より数段大人びて見えた。
何かを見透かそうとするように目を見開いてオレを見上げる。
腕の中から逃げ出そうとしないのはなぜだ?
そんな顔でオレを見つめるのはなぜなんだ?
――――期待してもいいんだろうか、オレは。
ゆっくり構えて、少しずつ近付ければいい、そう思っていた。
でも、こんな月の下で、オレの腕の中でこんなに無防備なリナを見ていたら、リナを
欲しいと思う気持ちは止めようがなかった。
心持ちリナを引き寄せて、ゆっくり顔を近づける。リナが抗えば中断できるくらいの
間を持って。
リナは抵抗しない。なにをされようとしているのかわかっていないだけかもしれない
が、やめる気はなかった。
そのままゆっくりと口づける。
リナの体が一瞬ぴくりと震えたが、やはり抵抗はしない。
瞳がゆっくりと閉じられる気配。
すうっと気を失うようにリナの体から力が抜ける。
しばしの時。
ゆっくりと顔を上げてリナを見る。

「ガ……リ、イ?」
震えるような小さな声。しっかりしがみついている手も心なしか震えているような気
がする。
こちらを見つめる瞳にも力がこもっていないように思える。
その様子は普段のリナとはがらりと違って、ひどく頼り無げで。
こわしてしまいそうで怖かった。消えてしまいそうで……怖かった。
「――お前の悩みが何なのか、おれは知らない。だがお前がそんな顔をしているの
は、見たくない」
引き寄せて抱きしめる。
どこにも消えたり出来ないように。
リナがいつものリナに戻れるように。
そして。
――――――オレの想いが少しでもリナに、彼女に伝わるように。

ふと、リナは目を見開いた。瞳にあるのは驚きの色だった。
体を支配していたふるえが止まる。
我に返ってオレを突き放すのかと思えばそう言うわけでもない。彼女の体は変わらず
にオレの腕の中にある。
オレの服を掴んでオレの胸に頬を寄せて。その瞳は先ほどとは打って変わって穏やか
な光を湛えていた。

木々がかすかな風にざわめく。その音は辺りの静けさをさらに引き立たせている。
昔訪れたときと変わらぬ広い庭。月影が浮かび上がらせる辺りの情景もあの頃のまま
だ。
この町に来ることが決まったときに、是非もう一度ここに泊まりたいと思っていたの
だ、今度はリナと二人で。
なにか期待をしていたわけじゃない、ただこの静謐に包まれた庭をリナにも見せた
かっただけだ。

微かな身じろぎ。見下ろすとリナがこっそり、といった風情でオレを見上げていた。
すっかり物思いから抜け出したらしい、生気溢れる瞳。
どうやら落ち着いて、元の、いつものリナにもどっている。――――よかった。
リナの悩みは本当のところ知らなくてもよかったのだ、ただ彼女さえ元気になってく
れれば。
「ね。きいてもいい?」
こと
リナは逃げも怒りもせずにオレの胸に頭を持たせかける。
それがうれしくて、自然に顔が緩んでしまう。
「…………何を?」
リナは緊張しているのか小さく深呼吸する。
そして顔を上げると、挑むようにオレを見上げた。
「ガウリイは…………あたしのことどう思ってるの?」
やっとそう言う風に考える気になったのかよ。
…………と言うよりも、自分の気持ちを言わずにオレに言わせようとするところ
が、……リナだよなぁ、やっぱり。
「行動で示してみたんだけど…………それじゃだめなのか?」
「だめ」
だめかぁ……そういやオレはリナに言ったかなぁ?
いや…………言ってないような気がするが…………
というか、キスまでされてもオレの気持ちがわからんのか?
――――ああ、そうか。
「お前、オレの答えがわかってて言ってるだろう。」
言わなくてもわかったはずだ、オレがリナを愛していることは。
オレがリナの気持ちを確信したのと同じように。
そう……リナは俺のことを想っている。
つまりその……好きなんだろう。
「……だめ?」
言葉で言って欲しいって事なんだろうが…………そう言うのは昔から不得手。
なんか…………ものすごく期待されているような気がする。
あ、それじゃあ。
「オレが言ったら、お前も言うか?オレをどう思ってるのか」
おちゃらけずに。
いつもみたいに照れを何かでごまかしたりせずに。
「それならオレも真面目に答えるけど」
その位の見返りがなきゃやってられない。オレだって恥ずかしいんだぞ。

「…………ガウリイ、恥ずかしいんでしょ」
「ぎく…………で、でもほら、取引はフィフティなんだろ?」
楽しそうにからかいの言葉を呟くリナに普段の彼女の言葉を引用して切り返してみ
る。
「わかった。約束するから。」
にっこりとリナは笑ってみせる。
その手がかすかに震えているのがわかってオレは何だか心が暖かくなるような気がし
た。
わかってても緊張しているリナが愛しくて。
微笑みを返してリナを体から離す。こんなにくっつかれてちゃ真面目なセリフなんて
浮かんでこないからな。
軽く身をかがめるようにしてリナと目を合わせる。
月の環が瞳に映り込んでいていつにも増して惹かれる輝きを放っていた。

さて……とは言え、どう言えば良いんだ?
さやさやと囁きかける葉ずれの音。昔祖母の膝の上で聞いたロマンス。
そして教えられた、いつか出合う運命の人のこと。

かつて祖母は言ったものだ。
“お前の世界を変えてしまう誰かにきっとで会える”
と。
そして、
“出合ったときにはきっとわからない。でもほんの些細な瞬間に気付くでしょう。自
分の世界が今までとまるで違ってしまっていることに。そうすればわかる、その相手
が誰なのか”
とも言っていた。
言われたときは解しがたい事に思えたことも、今ならその真の意味が理解できる気が
する。

「オレは……リナを大切に思ってるよ。なによりも、誰よりも。束縛できないほどに
深く想っている」
リナが微かに身じろぎをして、オレは無意識のうちにリナを引き寄せていた事に気付
いた。
「昔ばあちゃんに言われたことがあるんだ。いつか出合う“世界を変える者”の事
を」
「“世界を変える者”………………?」
呟きと共に、リナの瞳に剣呑な、そしてとても寂しそうな危うい光が浮かぶ。
言い方を間違えたのだと悟って慌てて言い添える。
「お前又妙なこと考えただろう。――――違うよ、そう言う意味じゃない」
いままでリナの周りでは世界を巻き込むような事件が多すぎた。
こういう言い回しに過敏になるのだって無理はない。
「じゃあ……」
なんなのだ、と言いたげな目がオレを見上げる。
その目をのぞき込んで安心させるよう、微笑んで見せた
「“オレの”世界を変える者って事だよ、リナ」
よくわからない、と首を傾げるリナにもう一度微笑んで続ける。
「オレは今まで自分の見えているもの、感じているものこそが世界だと思っていた。
流されるままに生きている今に満足していたんだ。でもちがった。お前に会ったと
き、お前の心に触れたとき、その度に世界は意味のあるモノへと変わっていったん
だ。そしてある時気付いた。オレの世界がオレが知っていた世界とはまるで違ってし
まっていることに」
無目的に、ただ闇雲に生きていたあの頃、オレの目は見えないも同然だったのだと今
なら思う。
あの頃のオレには花はただの花でしかなかった。
綺麗とか良い香りがするとか、そう言った感慨を抱いたことは無かったからだ。
もっと子供の頃にはわかっていただろう事があの頃のオレには感じることが出来な
かったのだ。
でも今は違う。
リナと一緒にいるだけで自分の五感が常に無いほど澄んでいるのがわかる。
風の声に耳を澄ませたり、花の香りを楽しんだり。月の美しさに心奪われたり。
小さな変化から季節の訪れを感じて、世界は今までにないほどオレの近くにあった。
良い意味での余裕のようなものが持てるようになって、オレは初めて自分が広い世界
の一員として存在しているのだと理解できたし、そういったもの達もまた、同じ世界
にある友なのだと実感もできたのだ。
それがわかって、失えないと本気で思った。リナを失うときは世界を失うときだ
――――と。


「愛してるよ、リナ。本当はこんな言葉でくくってなどしまいたくないほどに、本当
に本当に愛している」
本当は言いたくなかった。こんな言葉で飾ってしまいたくなかった。誰でも言えるよ
うな愛の言葉など。
たった一つの言葉で表現できるほど、人の心は単純には出来ていない。愛にだって
色々な形がある。
だから、こんな事を簡単に言ってしまいたくはなかった。
けれどリナはそれを望んでいる。揺るぎない確信を。ただ一つの真実を。
「その……オレは考えることがリナほどうまくないから…………ちゃんと伝わったか
な?」
この言葉に込められた意味にリナは気付いてくれただろうか。
そっと見下ろすと、感慨深げな瞳がゆっくりと微笑むところだった。
大きな涙の粒が目の縁でふるふると震えている。無理に笑みを浮かべているのは一目
瞭然だ。
思わず苦笑して、その涙をはらってやる。
再び向けられた視線は、柔らかな光が宿っていた。
今まで見たことのない、ふっくりとした笑み。満足げで、優しくて。ちゃんと伝わっ
たことは聞かなくてもわかった。
ほっとして肩の力を抜く。
からかうように腰をかがめてリナを見つめた。
「今度はおまえのばんだぞ、リナ」
オレの促しに決意の瞳でリナは口を開く。
「あたしは――――」

――――――――――あ。

リナの声がとぎれる。こいつもわかったみたいだな。
向けられる静かな視線に頷き返す。
異形の者の気配。…………2つ、か――? 
間違いなく魔族だろう、これは。
リナは手前の一つにしか気付いていないんだろう、たぶん。2つ目の気配はまだだい
ぶ遠くにあるからな。
狙いはオレ達じゃないようだが、このリナが黙って見過ごすとは思えない。
そんなに危ぶむこともなさそうだが、一斉にこられると面倒ではある。
あの手の奴は個体撃破に限るとリナも言っていたし。
ここはやっぱり、
「――先手必勝かな」
呟き、剣に手をかける。
良いところでじゃまをされた、そう思わないわけじゃない。だが不思議と残念だとも
思わなかった。
わかっているから。
「ほら、行くぞ、リナ」
リナは大きく破顔する。
「わかってるわよっ!!」
オレ達は気配に向かってかけだした。
 

わかっているから。言葉など本当はいらないと言うことも。
二人で居れば、世界はオレ達とともにある。
このままの二人でいられるのなら、きっと後悔のない道を歩んでいけるはずだ。
それを“幸せ”というのなら、そうなんだろう――――きっと。

「さっきの続き、後でちゃんと聞かせてくれよな」
ささやきを風に乗せる。
折角のチャンスを逃す手はないだろう。
リナは照れた顔も可愛いのだ。
でもまあ、取りあえずお楽しみは後回しだ。

                                      
 END

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
………………書いてるうちに何が書きたかったのかぼやけてきちゃったなあ。
ハッピーエンドにしたいってところしか達成できなかった気がするですよ。
久しぶりって言うのがきっと良くなかったんだな。
またちょくちょく顔出そうかなあ。


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12060はじめまして羅紗 9/30-11:28
記事番号12058へのコメント

羅紗と申します。
「世界を変える者」読ませていただきました!
全体を通して、とても静かな作品ですね。
周りから音が無くなっていくようで。
作中のガウリイの言う「静謐」な雰囲気が私も体験できました。
私もこういう静かな作品を書いてみたい…。
そして最後で音が戻ってくる感覚。
なんかいい意味で酔っちゃった気分です。
はあ。ごちそうさまでした♪
それでは。

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12073はじめまして♪たかこ E-mail 10/3-17:32
記事番号12058へのコメント

はじめまして〜 たかこといいます。
「街角にて」「輝き・もり」などを書かれてらっしゃった方ですよね。
とっても楽しく拝見させて頂きました。
ガウリナ好きにはたまらない作品ばかり。よだれ垂らしながら読んでました。
今回の「世界を変える者」もいいですよねぇ。
リナちん可愛いし、ガウリイかっこいいし。
しっとりとしたステキなお話でした。(うっとり)


>………………書いてるうちに何が書きたかったのかぼやけてきちゃったなあ。
>ハッピーエンドにしたいってところしか達成できなかった気がするですよ。
>久しぶりって言うのがきっと良くなかったんだな。
>またちょくちょく顔出そうかなあ。


まじっすか!?
そんなこと言われたら、何時までだって待っちゃいますよ?(笑)
うれしい〜
これで楽しみが一つ増えました♪
また、作品が読める日をドキドキしながら待ってますね♪
それでは〜

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